2-8. 森の東側(2)
『ふいに東の女王蟲に遭遇しても、まずは対話よ。今回は情報収集が目的なんだから。』
3日後、やっと歩いたり走ったりできるようになった私は、探索に出発しています。
薄ちゃんが先行して、私が少し離れて続いて、濃ちゃんがしんがり。
あとカラスちゃんが離れたところで辺りを警戒している陣形。
『メガラニカ』ではいつもの形だったんだけど、久しぶりだから懐かしい感じ。
『今までのパターンだと、こっちが友好的に接しようとしていても、向こうが急に攻撃してきて戦闘に突入することは十分に考えられるよね。』
流石に発語したり表情を変えたりすることはまだできないので、会話は伝達<コール>頼みです。
『相手がアラクネと仮定しますと、魔法による攻撃、毒による攻撃、糸による移動阻害などが考えられます。特に広範囲魔法攻撃は脅威ですのでご注意を。』
あと考えられる攻撃としては魅了<チャーム>のスキルだけれど、濃ちゃんは『天恵のフレクション』という全精神攻撃に完全耐性を得られる超レア防具つけてるし、薄ちゃんとカラスちゃんは精神攻撃耐性(上)という同格以下の敵の精神攻撃をほぼ跳ね返すスキルを持ってるから、魅了<チャーム>に対しても鉄壁です。
ほら、うちのNPC達は私にメロメロだから!他の女になんてなびかないもんね。
『あと、何より大切なのはみんな無事で帰ることよ、いいね。』
そんなことを言いながら進んでいると、小高い丘の頂上まで来たらしく、視界が開ける。
「この先は崖っすね。あっもしかしなくても、あれがそのくそでかい木っすか!?」
眼下には夏の強い日差しを受けて競うように枝葉を伸ばす木々の梢が海の様に見渡す限りに広がり、なだらかな丘陵が波のように曲線を描きながら地平線まで伸びる。
その地平線よりもさらに先、青い靄の向こうでうっすらと木のようなものが見える。
「まだ100km程あるが・・・ここから見えるということは600m以上の樹高があるんじゃないか?」
カラス君も近くまで来て“空の柱”と思われる樹を眺めている。
『ここまで全然蜘蛛には会わなかったけど・・・この先にはいっぱいいるの?』
「ここまでにもデスウィーバーはかなりの数がいます。しかし、我々を恐れて道を譲っている印象です。この先にも多くいますが、おそらく同じ反応ではないかと。どの個体も低レベルでLv.は高くても15程度です。」
「じゃあ、このまま“空の柱”まで難なく行けちゃう感じっすか?つまんねぇっすね。」
薄ちゃんはもう“空の柱”には興味がないらしく、足元の崖をみてどうやって降りようか考えているようだ。
『でも、それじゃあおそらく東の女王蟲は私たちが侵入していることには気づいているってことかな。』
「おそらく。」
『それなのに何もしてこない、か。罠には気を付けないとね・・・。』
私は頑丈で長いロープを織糸スキルで作り、近くの大きな木に一端を固定する。
それを伝って薄ちゃんは崖を降りる。降下先の安全を確認すると大きく手を振って合図してくれるので、私も慣れない手つきで不格好に降下する。
『それにしても、だいぶ慣れてきたとはいえ、私じゃこの体での戦闘は難しいわね。女王蟲に遭遇したら、ふみちゃんの体はふみちゃんに任せましょう。私はふみちゃんの眼の内で1つだけ支配させてもらって、伝達<コール>でみんなに指示させてもらう方が現実的だわ。』
「1つの目だけ支配する、とかもできるんですね。」
崖の中ほどから飛び降りて私を追い越した濃ちゃんが、降下した先でまごついている私の手をとって助けてくれる。
『こんな難しいことを毎日こなしてるふみちゃん、本当にすごいわ。っていうか、ふみちゃんに限らず私のNP・・・眷属の子達ってみんなとてもすごいのよ。ほら、濃ちゃんが簡単に使うから忘れがちだけど、治癒魔法って普通に奇跡の力だよね。それを使いこなす濃ちゃんもすごすぎる。薄ちゃんはこんなに気さくでいつも楽しい話をしてくれるのに、盾役<タンク>としても超優秀で、この前もタゲ取り完璧だったじゃない。カラスちゃんなんて深い知識と的確な判断力であんなに頼りになる探索役<シーカー>は他にいないわ!』
手を取ってくれている濃ちゃんに「ねっ!」って言うと、濃ちゃんは褒められた照れ隠しか「ま、まぁ、そうですかね・・・」って言って顔をそらす。
「お、俺っちも・・・、もっともっと楽しい話をいっぱいしますんで!もっと役に立つ蜘蛛になるっす!」
「まだこれ以上役に立つっていうの?薄ちゃんすご~い!」
「俺っちって、みょんみょん様の眷属たるすっごい蜘蛛なんで!」
薄ちゃんは褒められて調子に乗ってるのがかわいい。
『お話し中に失礼します。みょんみょん様、アラクネと思われる大型の蜘蛛の個体がまっすぐこちらへ近づいてきています。予想される接敵まで5分ほど。』
カラス君からの伝達<コール>に3人で口をつぐんで顔を見合わせる。




