2-5. 峠でのいざこざ(2)
崖に近い急峻な斜面の中腹、眼下に目的の村を見据えるような場所で、その儀式は行われていた。
直径数mにも及ぶ大掛かりな魔法陣を8人の神官のような人間が囲み、なにか呪文のようなものを唱えながら杖を地面に打ち付けている。
魔法陣はななんちゃんとかえっくんが見れば何かわかるのだろうが、ここにいるメンツではさっぱりだった。
「お忙しいところ突然失礼します。」
その儀式の背後にあたる崖の上から私は飛び降りて、なるべく驚かせないように落ち着いた声で話しかける。
「隠れて何かなさっているようですが、何をされているのでしょうか。特に私に被害が及ぶものでなければ見なかったことにしますので、教えていただければ幸甚に存じます。」
濃ちゃんとここちゃん、そしてふみちゃんも一緒についてきてくれる。
仲間NPCの存在は何とも心強い。
「さ、災厄の悪魔!?何故ここに!!」
指揮官と思われる、身なりの良い男性が叫ぶ。
「皆様が何かされているようですので、声をかけさせて・・・」
「寄る闇を主の威光にて祓い給え、ホーリーライトォッ!!」
相手は私の言葉を聞く様子はなく、突然魔法を放った。
まばゆい光に包まれるが、Lv.差もあるうえ、そもそも私は神性属性魔法に耐性があるので全くダメージがない。
「お前らの相手はこっちっすよ!」
薄ちゃんが魔法陣の右奥に現れる。いつも面倒がってつけていない兜もつけている。
ついてこないなって思ってたけど、あらかじめ回り込んで奥に陣取り、敵の護衛と思われる剣士と戦士を引き付けてくれているようだ。
相手の攻撃を大盾で上手くいなして、相手の注意を分散させてくれている。
「怯むなお前たち!異教徒もろとも悪魔を滅ぼせ!我らが神の威光を知らしめろ!」
魔法陣の周囲にいた神官たちも、指揮官の声を皮切りにバンバン魔法を撃ってくる。
でも、ライトボールばっかり撃たれても神聖魔法耐性あるんだって。
それにしても、確かに急襲した形、しかも挟撃した状態にはなったが、こっちはなにもしてないのに、悪魔呼ばわりまでされてこんなに魔法撃たれることある?
「く、仕方ない。これを使うしか!!」
指揮官は懐から巻物を取り出す。
「グローリージャッジメントォッ!!」
あたり一面は眩い光で包まれ、あまりの光量にさすがの私も視界を奪われる。
「ははっ、災厄の悪魔もこれで・・・」
「すごい!グローリージャッジメント!上級魔法ね!!さすがにまぶしかったわ!」
アラクネ相手に神聖魔法の上級魔法を無駄撃ちする愚者はなかなかいない。
だから私は久しぶりにグローリージャッジメントを見た。
仲間NPCにもこの魔法撃てる子いないんだよな。
「なん・・・だと・・・」
どうやら相手は私たちに神聖魔法耐性があるのをわかっていないらしい。
どうしよう、そろそろ魅了<チャーム>かけちゃおうかな。
ドサッっと鈍い音がして、指揮官の前に大きな塊が横たわる。
護衛として連れていた戦士だ。
気絶しているらしく、動かない。
「おい、そろそろ俺っちの主の質問に答えてくんね?弱いやつを相手にすんのも飽きたんすよ。」
薄ちゃんのその言葉は怒気を帯びている。
いつもへらへらしている薄ちゃんが憮然としているから、それなりに怒っているようだ。
そこに
ザッ
とかすかな音がして、薄ちゃんの背後に黒づくめの人間が躍り出す。
跳躍して薄ちゃんに組み付く・・・と思いきや、そのまま薄ちゃんの横に倒れこむ。
背中には見覚えのある短刀が深く突き立っていた。
『すまん、薄墨、一人撃ち損じていた。』
どうやら相手方の探索係が何人か潜んでいたのをカラス君が裏で処理してくれていたみたい。
こっちを殺そうとしてきた人間とはいえ、こっちも相手を害しちゃったし、これじゃあ流石に友好的に話し合いで解決とはいかないかな。
「平和的に解決、というのは無理そうですね。申し訳ありませんが、強制的に口を割らせてもらいま・・・」
「グローリージャッジメントォッ!!」
私が話をしている最中だというのにもかかわらず、相手は懐から巻物を出したかと思うと、再度グローリージャッジメントを放ってくる。
「って、痛ぁっ!!」
魔法自体は先ほどと同じなのに、先ほどとは違って肌が焼けるように痛い。
ダメージ量としては微々たるものだとは言え、神聖魔法耐性を突き破ってこっちにダメージを通すなんて、どれだけ高レベルの魔術師だよ!Lv.35なんだよね??
「ど、どうだ、これが神の威こぅっ!?」
私たちが悠然と立っていることに相手は驚いているようだが、私も結構驚いている。
「みんな、大丈・・・」
私の近くにいる仲間NPC達の無事を確認しようとしたら、そのNPC達が壁の様に私の前に立ちふさがり、NPC達の体に押しやられるように私は後退する。
「お下がりください。オス一匹残してあとは全部殺しましょう。ご許可を。」
ふみちゃんの声は冷たい。
私はちょっと痛かった程度のことなのだが、それでも仲間NPC達は殺気立っている。
一応、人間を殺すのに私の許可を得ようとする理性は残っているようだが、全員生け捕りにしてほしいと言っても納得してくれそうにない。
みんな目が据わってる。
ガンッと重く激しい音が響きわたる。
「俺を無視するな!俺を無視するな!俺を無視するなぁッッ!!」
薄ちゃんが大盾を地面にたたきつけて大声を張り上げる。
息を荒げ、歯を食いしばり、体中の血管を浮き上がらせて指揮官を睨みつける。
槍を握る腕が怒りで震え、身に着けた鎧が忿怒でカチカチと音をあげる。
肉と皮膚を引き裂く鈍い音を立てながら薄ちゃんの背中、白銀の鎧の隙間から3対の蜘蛛の脚が現れる。ゆっくりと伸びるその脚は、薄ちゃんの背丈をはるばると越えて悪魔の翼のごとく大きく広がり蠢く。
頚からも1対の触手のようなものが伸び、黒い大きな牙のように体液を滴らせて鈍く光っている。
「ヒィッ!!悪魔、悪魔だっ!!」
「おい、やめろ!」
魔法陣を囲むように立っていた神官たちが恐慌状態に陥り、一人が薄ちゃんに向かって杖を振りかざす。
すると、足元の魔法陣がほのかに光始め、同時に生暖かい空気が流れ込むような感覚を覚えた。
そして・・・
視界を奪う閃光とともにけたたましい轟音が耳をつんざく。
雷撃だ。
雷が直撃した薄ちゃんは何が起こったのかわからなかったようで、ぽかんと目を見開いている。
『メガラニカ』では現時点最強防具だったウィガールという鎧をまとった薄ちゃんの鉄壁防御は貫けなかったようだが、背中に生えていた蜘蛛の脚はボロボロだ。
「あ、これ、もしかして神罰ノ嵐<テンペスト>じゃ・・・」
私が言い終わるよりも早く、足元から渦巻く風圧に押し上げられて体が宙に浮く。
抵抗する間もなく暴風に吹き飛ばされて体が舞い上がる。
天と地が4回転半する合間に平衡感覚は失われ、私はなすすべもなく嵐に身を任せるしかない。
「みょんみょん様!」
暴風の中、わずかに耳に届いた濃ちゃんの声に、恐る恐る目を開けると、私の腕をつかんで耐えている濃ちゃんが見えた。
左手に装備していたナックルを石畳に食い込ませて風圧に耐え、吹き飛んできた石つぶてに打たれても気にする様子はない。
図体がでかいわりに体重が少なく風の影響を受けやすい私を、濃ちゃんは暴風の中ゆっくりと着地させた。
しっかり地面に体を密着させると、さすがに体が浮くことはなかった。
濃ちゃん、私よりSTR(腕力)が低いってのに、かっこいいことしないでよ。ドキドキするじゃない。
「濃ちゃん、ありがとう。助かったわ。・・・これ、7大魔法の神罰ノ嵐<テンペスト>だよね?濃ちゃんから敵はみえる?」
神罰ノ嵐<テンペスト>という魔法は、超上級の風系魔法だ。
初撃の雷攻撃は大したことないが、続く暴風で敵を行動不能にさせ、敵が動けない間にボコるという意地の悪い魔法だった。
しかも、この魔法による行動不能は暴風無効というニッチな効果を持つアイテムで防ぐしかないというところが余計にいやらしい。
『メガラニカ』では3分間、嵐により拘束される魔法だったはずだが・・・
「敵は見えませんっ!敵も!この嵐では吹き飛ぶか!少なくとも行動はできないのではないでしょうか!」
『メガラニカ』は仕様により自分も含めフレンドリーファイアできない。つまり味方が撃った魔法はダメージを受けないため、神罰ノ嵐<テンペスト>も味方が発動させた場合はダメージもなければ行動不能にもならなかった。
だが、どうやらこの世界ではフレンドリーファイアは有効であるらしい。
私も仲間NPCが魔法を撃つときには気をつけなきゃな。
『薄ちゃん、カラスちゃん、ここちゃん、ふみちゃんは無事?』
『崖の方に吹き飛んで木に引っかかってますけど大事ないっす。』
『敵は全員吹き飛んだことは確認しましたが、見失いました。そのほかに問題はありません。』
『吹き飛ばされて少し後退しました。申し訳ございません。なんとか合流したく存じます。』
『と、とりあえず無事です。』
みんな無事なようだ。
薄ちゃんの声に元気がなかったけど。
『これが神罰ノ嵐<テンペスト>なら、あと数分で嵐は止むはずよ!嵐がやんだら態勢を整えましょう。』
濃ちゃんはじりじりと慎重に移動し、私のすぐ風上で屈む。
「濃ちゃん、血が出てるじゃない、大丈夫?」
「嵐で吹き飛んできた石やらを少し食らいましたが、大したダメージではありません。嵐がやんだら回復させてもらいますね。」
そうこうしていると、嵐が収まり、あたりは静けさに包まれる。
やはり、敵も吹き飛んだようで魔法陣の周りには私と濃ちゃんが残るのみだった。
「申し訳ございません。」
すぐにここちゃんとふみちゃんが駆け寄ってくる。
二人とも服やら髪やらが暴風ですごいことになっている。
そして少しして、崖の方から薄ちゃんが跳んで出てくる。
大きな怪我はなさそうだ。
「敵も吹き飛んじゃったみたいね・・・ほんと、何がしたかったのかな。」
「俺っちが威圧したから、向こうは驚いて儀式魔法を暴発させたみたいっす・・・。」
薄ちゃんがしょんぼりしている。
敵の魔法攻撃が私にダメージを与えることに焦って、薄ちゃんはスキルの威圧で自分に敵の注意を集中させようとしたんだよね。
だけど向こうは恐慌状態になって結果的にこうなっちゃった。
あるある、しゃあないしゃあない。
「相手の目論見はわかんなかったね、残念だけど。でも、これを完全に不意打ちでくらうよりはましだし、みんな無事だし、結果オーライじゃない?そんなことより、薄ちゃん、その脚みせてよ!」
私は薄ちゃんの背中でワキワキ動いている脚に目が釘付けだ。
薄ちゃん、設定に『威嚇するときなどに、普段は隠れている蜘蛛脚が出る』って書いてたんだけど、ちゃんと反映されていたのに私はすこぶる感動した。
薄ちゃんの背中・・・というより腰から生えている6本の蜘蛛脚を、私は無遠慮に触る。
敵の雷撃でボロボロになっちゃってるけど、黒くてツルツルしていてかっこいいね。
首から生えている鋏角も牙みたいで最高にクールだ。
テンションが上がった悪ノリで、一本の脚先に私は軽く口づけする。
「みょ、みょんみょん様っ、脚、脚をっし、仕舞っていい・・・ですか?じゃ、邪魔なので!」
薄ちゃんは声が上ずっている。
さらに言えば顔は真っ赤だし、目が泳いでいる。
しまった、パワハラダメって誓ったのに、またパワハラをしてしまったようだ。
しかもどちらかと言うとセクハラかもしれない!
『みょんみょん様、周囲に敵の反応はありません。数人の人間は生きている可能性がありますが、捜索を続行しますか?』
『そうね、お願い。手が空いているNP・・・子たちを呼ぼうと思うから、生きている人間見つけたら応急手当をしてここに連れてきてくれる?』
『了解しました。』
そして私はななんちゃんに連絡を取って、魔法陣を調べてもらうことにした。
ななんちゃんが異様に食いついてきて、どうしてもななんちゃん自ら見に来たいというから、ここちゃんに門<ゲート>を開いてもらってななんちゃんと護衛のはっち君、よいっちゃんに来てもらった。




