1-2. 山のふもとにて(2)
疲れるようなことは全くしていないはずなのに、寝床に落ち着くとすぐに眠気に襲われた。
人間としての神原美音は夜勤明けだったので当然なのかもしれないが、アラクネとしてのみょんみょんはというと今日丸一日運ばれて上げ膳据え膳だ。
NPC達はそれなりに重いだろう私を精密なガラス細工のごとく慎重に運び、休憩時間もせわしなく働き、私に仕えているというのにだ。
そのNPC達はというと、岩のくぼみの前で私を警護している。
幸い4人もいるので、交代で睡眠をとるように指示している。
きっと彼らもくたくたのはずだ。
「あ~あ、明日の朝には他の眷属と合流してホームに帰るのかぁ」
「それのどこが不満なんだよ」
うつらうつらしていると、薄ちゃん達の会話が聞こえてきた。
私に配慮して小声のようだが、アラクネになって耳がよくなってしまったのか、よく聞こえた。
「だってよ、みょんみょん様、ホームに戻ったらきっとお帰りになるだろ?」
「仕方ないだろ、いつものことだ」
「えぇ~今日はずっとお仕え出来て、めっちゃハッピーだったろ?最近はさ、来られてもすぐ帰られること多いじゃん」
NPC達は私がゲームからログアウトすることを「帰る」と表現しているのだろう。
確かに、最近は仕事が忙しくログインだけしてすぐにログアウトすることも珍しくなかった。
絶許コロナ。
それはそうと、ゲーム「メガラニカ」ではどこでもログアウトは可能だ。
しかしホーム以外でのログアウトにはいろいろ面倒があったのでホームでログアウトするようにしていたのだ。なんなら戦闘中でもログアウト自体はできる、仕様上パーティー全滅扱いになるが。
だが、少なくとも今ここで“ログアウト”することは出来なかった。
やり方がわからないだけで本当はここでもログアウトできるのかもしれないが。
どちらにせよ、ホームに帰ったからといって状況は変わらないだろう。
「なぁなぁ兄貴。明日みんなと合流してもさ、なんか理由つけて歩いて帰らね?門<ゲート>使ったら一瞬で帰っちまうだろ」
その言葉に空気が凍り付いたのがわかる。
その場にいない私でもわかるのだから相当なものだ。
「・・・この不敬な蜘蛛は処分したほうがいいと思うのですが」
昼間の雰囲気からは想像できないほど、暗く冷たいふみちゃんの声が響く。
「だ、だって、え、俺っち、そんな不敬なこと言った??」
「己の欲求を優先させ、いと畏きみょんみょん様のご活動を不遜にも抑制しようという不敬!聞き逃すわけにはいきません!!」
ふみちゃん、いと畏きはやめて、恥ずかしくて吐きそう。
それはそうと止めに入ったほうがよさそうだ。
「昼間だってそうです!みょんみょん様への態度!話し方っ!!全てが不敬!!不敬!!こんな蜘蛛、殺しましょう、殺すべきです!!」
「え、え、俺死んだ方がいい??」
「ちょ、ちょっと待って!!」
寝床から這い出てみると、ふみちゃんがすごい形相で双剣を振り上げているところだった。
頭を抱えていた濃ちゃんも、青白い顔で地面に四つん這いになっていた薄ちゃんも、静観していたらしきカラスちゃんも、そしてふみちゃんも、私の姿を確認するなり慌てて畏まり片膝をつく。
「お休み中だというのに大変申し訳ございません、お詫び申し上げます」
ふみちゃんは私の睡眠を邪魔したことに恐縮しているようだが、問題はそこではない。
「まだね、寝てなかったから大丈夫よ。そうじゃなくてね、えっと、確かに薄ちゃんは私に対してフランクだし、ちょっと考えなしに発言しちゃう節もあるんだけど」
そもそも、薄ちゃんの言葉遣いにせよ、軽率な発言が多いことも、すべて私が仲間NPCのフレーバーテキスト、つまり設定欄に書き込んだ通りなのだ。
薄ちゃんは何にも悪くない。
「薄ちゃんはそういう子だといいなって私が設・・・決めたんだし、ふみちゃんは真面目だから気になるのも仕方ないんだけど、大目に見てあげてほしいんだ」
ふみちゃんが真面目なのも設定どおりだ。
「えっと、眷属全員お互い心から仲良くしてほしいとまでは言わないけどさ、みんな私の大切な・・・えっと、眷属なんだし、その、お互いもうちょっと大切に思ってほしいな~なんて・・・せめて傷つけたりしないでほしいかな」
「はい、ご下命承りました」
うやうやしくふみちゃんは返事をする。
その様子は先ほどの獰猛さが嘘のようにたおやかなものだった。
ふみちゃんはこんな風に微笑んでいるほうがいいよね。
「みょんみょん様ぁ・・・俺っちは不敬な蜘蛛ではないですか?みょんみょん様のお役に立てる蜘蛛ですか?」
声を潤ませているのは、片膝をつくのを通り越して土下座みたいに姿勢を低くしている薄ちゃんだ。
「うんうん、薄ちゃんは昼間もずっと私を守ってくれたじゃない、とっても大切な役に立つ蜘蛛よ」
「みょんみょん様ぁ~」
私の下の方の腕に縋りつこうとする薄ちゃんの襟首を濃ちゃんがつかむ。
「お騒がせして大変申し訳ございませんでした。今度こそこいつを黙らせますんで、お休みください」
「大丈夫よ、あなた達が会話しているのを聞くのは楽しいもの。でも、お言葉に甘えて寝させてもらうね。おやすみなさい」
私が再び寝床に潜り込むと、
「役に立つ蜘蛛って言っていただいた」
という嬉しそうな薄ちゃんの声と、あからさまに不機嫌そうなカラス君の舌打ちが聞こえた。