2-1. 猫の村(2)
森の賢者の配下は逃げて行ったので、私は悠々と村に入る。
村は立派な3本の大樹を中心に作られていて、木々に寄りかかるように大きな葉を重ねて作った家だったらしいものが認められる。これらは残念ながら飛竜ゾンビの乱暴狼藉で無残な状態になっているものが多い。
しかしそれだけではなく、大樹の幹にはいたるところに梯子がかけてあり、数メートル上には大きなうろにランタンを掲げ、色づいた葉で飾られたしゃれた家もみえた。
そのさらに上には太い枝の間を利用して作った家や、大樹の間をツタで編んだ橋でつなぎ、イスや机を置いているような場所もある。
高い場所にあった建造物の多くは無傷だった。
村の中央に広場と思われるスペースがあり、本来は落ち葉なども取り除かれ清掃されていたのだろうが、今は見るも無残に飛竜ゾンビの足跡だらけになっている。
そして飛竜ゾンビの足跡の間には数体だがケット・シーの死体らしきものが転がっていた。
森の賢者の配下にやられたのだろう。
広場の中央に飛竜ゾンビと十数名の怯えきったケット・シーたちが居た。
「ジョルナード!」
薄ちゃんにおとなしく摘ままれていたメル君が薄ちゃんを振り切って走り出す。
そしてケット・シーの集団の中にいたメル君よりちょっと小さい可愛らしい猫ちゃんに抱きついた。
先ほどの話にあった妹だろうか。
「みなさん、驚かせてしまってごめんなさい。この飛竜ゾンビはあなた達に攻撃したりはしませんので安心してください」
ケット・シーの恐怖の対象である飛竜ゾンビはホームに帰ってもらってもよかったけど、敵の監視が戻ってくる可能性は高いし、このままここにいてもらう。
「た、助けてくださったのですか?」
代表者らしきおばあちゃんケット・シーが私のもとに近寄るが、
「それが崇高なお方に接する態度かよ」
と濃ちゃんが威嚇する。
濃ちゃんのその姿は完全にヤンキーだ。
「いいのよ、濃ちゃんは怪我をしているケット・シーさんの手当てをしてあげてくれない?」
「死んでんのはどうしますか。」
「こうなったら出血大サービスしましょうか。Lv.1は濃ちゃんが復活コスト肩代わりしてあげてもらってもいい?Lv.2以上は普通に復活させてあげて。」
それを聞いた濃ちゃんはすごく不服そうに何かを言いたげな顔をしたけど、私がほほ笑み返したら観念したようで無言で去っていった。
あの態度を見るに、「どうするか」という問いは食うために持って帰るか否かを聞いてたみたい。
こんなかわいい生物を食べたりしないよ?
「東の女王蟲様とお見受けしますが・・・まさか西の龍王を従えられたのでしょうか?」
「そうですね、それについてはこちらも聞きたいことがありまして。助けてさしあげたお礼と言っではなんですが、その話詳しく教えていただいてもいいでしょうか。」
村で一番の長老だというおばあちゃんケット・シーは快諾してくれて、立ち話も何なのでとのことでひときわ大きな木のうろに案内される。
中は十分に広く、柔らかい光を放つランタンが天井に数個吊り下げられていて明るい。
切り株で作られた机やツタで編まれた椅子、そして木の枝で組まれた箪笥があって、妖精の住処らしい可愛らしい内装だ。
すべてが猫サイズで、図体が大きくなってしまった私には小さすぎるのは残念だが。
すると、大柄なケット・シーが大きな座布団のようなものを持ってきてくれて、落ち着くことができた。
ちょっと気になるのは、その大柄なケット・シーが見るからにイケメンで、品格が漂うしなやかに立った耳、凛々しい口元と鋭い切れ長の涼やかな目、全体的には短毛だが首回りの毛はたてがみの様で風格がある。
体つきも精悍で、長い尻尾も力強さを感じる。
「女王蟲様?」
私がイケメンケット・シーを興味本位で観察していると、おばあちゃんケット・シーが声をかけてくる。
なにやらおばあちゃんケット・シーがイケメンケット・シーに目くばせしているような印象も受けたが、お茶を出せ的な合図だろうか。
「すみません、いい敷物ですね、ありがとうございます。まず初めに確認したいのですが、私は恐らくあなたたちがおっしゃる東の女王蟲ではないと思います。実は私はこの森にきてまだ間もないのですが、その女王蟲というのは以前からいたのですよね?」
そう、ここにきて2週間の私が東の女王蟲として存在が知れ渡っているのはおかしいし、メル君達が話す女王蟲と私には乖離がある。
「そ、そうなのですか??」
予想外だったようで、おばあちゃんケット・シーはかなり狼狽している。
「森の賢者とやらにケンカを売ってしまいましたし、できれば西の龍王、森の賢者、東の女王蟲について知っていることを教えていただきたいのですが。」
おばあちゃんケット・シーは少し迷ったようだったが、結局は知っていることをいろいろ教えてくれた。
まず、この森、アルジャー大森林には昔から西に龍王と名乗る龍、東に女王蟲と呼ばれる蟲がいて森の多くは龍王に支配下にいたらしい。
このケット・シーの村も西の龍王に長年生贄を送り、そのかわりその庇護をうけていたらしい。その龍王は生贄を受け取りに自らこの村に訪れることもあるが、外にいる飛竜ゾンビに姿がそっくりとのことだ。なぜか2週間ほど前から姿が見えなくなり、生贄として西の龍王のもとに送られていたケット・シーが逃げ出してきていて、そのケット・シーが先ほどのイケメンだということだ。
東の女王蟲は上半身が人間の女性、下半身が蜘蛛の姿をしていて、多くの蜘蛛型モンスターを従えていると噂されている。少なくともおばあちゃんケット・シーが子供の時にはこの地にいたとのことだからもう50年は森にいるのではということだ。西の龍王と同様かなり強いモンスターのようだが、他の種族を従えて支配するようなことはなく、縄張りに侵入したものはすべて捕まえて食べてしまうという。
南に住んでいる森の賢者は、黒い猿のモンスターで、いくつもの魔法を使いこなすようだ。種族名はポンゴというらしい。新興勢力で、以前は森の南側で多数の集落を形成して龍王に従って暮らしていた種族だったが、森の賢者が種族をまとめ上げて一大勢力となり今では龍王から独立し対立していた。それが、西の龍王が不在となったこの機に乗じ、龍王の支配下だった村を襲い従属化しようとしているとのことだ。先ほど村に来ていた未知モンスターは森の賢者本人ではないというものの、あれもポンゴであるらしい。
他に、最近森のいたるところで人間が目撃されているとのことだ。森の北側には人間の国があるものの、西の龍王が人間を毛嫌いして優先的に狩っていたらしい。龍王の姿が見えなくなったために人間が森に入り込んできているのだろうか、との話だ。
とりあえず、一緒に話を聞いてもらうために連れてきたのが薄ちゃんだけだったのを私は激しく後悔した。
薄ちゃん、私の代わりに一言一句覚えててね。
薄ちゃんINT 29(Lv.99としては激しく低い)だけど、頑張れば大丈夫!
「了解っす。とりあえず、全部ボコればいいってことっすね!」
ほら、な~んにも聞いてない!




