1-1. 異世界転移(4)
岩陰は図体がでかくなってしまった私が一人ようやく入れるような大きさだった。
そこにランチョンマットが敷かれ、食事と飲み物が供された。
先ほどふみちゃんからアイテムボックス内の食料や飲み物を使う許可を求められたので、よくわからず許可を出したものの、自分の前に並べられるとは思っていなかった。
希少な料理や飲み物ではないとはいえ、バフを得られるアイテムを荷物のように運ばれるだけの自分が食べるのは忍びない。
横にはふみちゃんがうやうやしく侍っており、少し離れたところで残りの3人が何か話をしているようだった。
「えっと・・・ふみちゃんも食べよう?アイテムボックス内にはまだ料理はあるよ」
先ほどふみちゃんがしていたのをまねて右腕を振ってみる。すると箱のようなものが現れ、開けるとゲーム内で貯めこんだアイテムが取り出せた。どういう理屈かわからないが便利なものだ。
「このような異常事態に際しまして、次にいつ、みょんみょん様のお口に入れられるのに耐えうる食材を得られるかわかりません。お料理はみょんみょん様が召し上がっていただくために温存しておいた方がよいかと愚考いたします」
私がアイテムボックスから取り出したおにぎりはふみちゃんに首を振って拒まれてしまった。
ふみちゃんのいうことは一理あるが、それでは仲間NPC達が飢え死にしてしまう。
「ねぇ、みんなも、何か食べようよ!」
ふみちゃんは真面目なキャラクターという設定なので、もうちょっと説得しやすそうな他の3人にターゲットを絞ってみた。
私が大きな声で3人に話しかけると、みんなこちらに駆け寄ってきた。
「俺っちも腹減りですよ~~でも低INTの俺っちでも、みょんみょん様が持たれているおにぎりは俺にはもったいないってわかりますよ!」
「わかっているなら言うな、馬鹿」
本音を隠そうともしない薄ちゃんにカラス君が青筋を立てる。
「でも確かに腹減ったな、なんか適当に探して取ってきていいですか?以前からみょんみょん様は眷属たちに一日3回食えって下知されているし」
ゲーム「メガラニカ」において、仲間NPCはあらかじめ定型の命令を出しておかないとプレイヤーが留守の間にどんなに飢餓状態になっても料理アイテムを食べることはなかった。
その仕様を知らなかった私は、濃ちゃん薄ちゃんカラスちゃんの3人にひどい経験をさせてしまっていた。
以降、私は全仲間NPCに対して1日3回料理アイテムを消費するように設定していたのだ。
おそらく濃ちゃんはそのことを言っているのであろう。
「さっき遠くにサソリみたいなのいなかったか?」
「いたな。鑑定<サーチ>したが、種族名が読めなかった。Lv2だったから狩るのは容易だと思われるが」
「サソリか~毒がなければ美味そうっすね。みょんみょん様、俺っちと兄貴でちょっと狩ってきていいっすか?」
「いいけど、そんなよくわからないモンスター食べておなか壊さないかな・・・」
移動中は私も風景を見ていたが、モンスターの存在には気づかなかった。
濃ちゃんは私を運びながらでも、いろいろ見てるんだな。
「この二人は体力あるんで多少のことなら大丈夫でしょう」
カラス君はそう言い捨てると、あたりを見回しはじめた。
スキルの索敵<エネミーサーチ>を行っているのかもしれない。
「北の方向600mにいる。4体だ」
「ん~、俺はヒーラーだから、毒見は薄墨にお願いしたいなぁ」
そんな風に言う濃ちゃんだが、専用装備である釘バットを肩に担いで、やる気は十分のようだ。
「じゃあ俺っちが一番に食っていいってことで☆あ、みょんみょん様、行ってきま~す!」
大きく手を振って走り出す薄ちゃんたちの背中に手を振る。
「カラスちゃん、強敵はいそう?」
カラス君はまだあたりを見回して警戒を怠っていなかった。
「いえ、Lv5を超える敵はいまだ認めません。」
「そう、強いモンスターが出現しない地域なのかもね」
「それと歩測ですので正確性に欠けるのですが、今回の移動で座標における経度を1分移動するのに1.5kmほど要すことが判明しております。このことから今我々が立つこの星はおおよそ「メガラニカ」同様の大きさであることが推測されます。」
ちょっと待ってほしい。
地理の知識が十分ではないので、経度を1度移動するのに普通はどれくらいの距離なのか全く想像がつかないし、正直カラス君が何を言っているのかわからない。
しかしカラス君が地理的な知識が豊富だということ以外にわかったことがある。
歩測で1.5kmを測量したのすごくない??
うちの探索係<シーカー>超優秀じゃない???
さも理解しているかのように相槌を打っていると、カラス君は話を続ける。
「そうであればホームまではここからさらに600kmほどの道程が予想されます。現在は50km/時ほどで移動できていますが、この先山越えがあり、さらにななんの情報からホームの周辺は森であることを想定しますとホームに着くのに3日はかかるかと」
「3日かあ・・・遠いね。でも、えっと・・・もう少し、もう少ししたら、多分私も歩けるようになると・・・思うんだけどな」
私が歩ければ、もう少し移動速度も上がるはずだと信じたい。
「おみ足の件ですが、ホームにいるきゅ~が、一刻も早くみょんみょん様を拝診させていただきたいと申しております。眷属もみな、みょんみょん様を案じております。それを踏まえて提案があるのですが、眷属たちをこちらに向かわさせ、みょんみょん様は少し先の山のふもとで休養されてはいかがでしょうか。その方が結果的に早くホームに戻れるかと」
きゅ~というのは私の仲間NPC随一のヒーラーで、医者と設定としている。
だから私が歩けないということを聞いて診察させてほしいというのは当然だ。
だが、残念ながら私が歩けないのは病気じゃないのだ。
どうやら、そろそろ歩く練習をしたほうがよさそうだ。
このままでは大ごとになってしまう。
魔法がなんとなく使えるように、きっと少し練習したら歩けるはずだ。
ただ、こけたりするところを仲間NPCに見られると恥ずかしいし、沽券にかかわりそうなのでこっそり練習したい。
「つまり、私が歩けないの言っちゃったってことだよね」
「ななんにみょんみょん様のご様子を聞かれたので伝えました。」
「そりゃあきっと・・・みんな心配するよねぇ」
ななんちゃんも含め、他の仲間NPC達がどんな様子なのかはわからない。
ただ、ここにいる4人と同じように私を主と慕ってくれていると仮定すれば、きっと足に不具合のある主人を心配しているだろう。
少なくともそういうそぶりはしているはずだ。
「うん、わかった。じゃあ私たちは山のふもとで待って、他の子たちに来てもらいましょう。ここちゃんと合流できれば門<ゲート>でホームに一瞬で帰ることができるでしょうし。その前に・・・私から伝達<コール>でみんなと話をするね」
ちょうどその時、食料を調達に行っていた二人が、3匹の大きなサソリを抱えて帰ってきた。
二人とも怪我はなさそうだ。
「みょんみょん様、ただいま帰りました。サソリはそれなりの味だそうですよ」
「おかえりなさい。私は他の子たちに伝達<コール>でちょっと話をするから、その間にみんなで食べておいて」
「ご冗談を。みょんみょん様が召し上がる前に食事をするような者は、そこの不届きな毒見係以外ございません」
ふみちゃんは糸で作った扇で私を扇ぎながらもうすでに毒見を済ませたらしき薄ちゃんを睨みつけている。
もぅ、ふみちゃんは真面目過ぎて薄ちゃんと相性が悪いなぁ。