1-1. 異世界転移(2)
「ま、平原じゃなく砂漠だな。最後に戦った飛竜の攻撃か?」
「転移魔法を使われて強制転移させられたのでしょうか・・・」
「だが、ふみ、座標が変わっていない。お前のステータスを確認させてもらったが、幻覚等のバッドステータスも確認できない。ちなみに、レベルアップもしているようだ。」
「とりあえずさ~ぁ?移動しね?」
私はというと仲間たちの会話をぼんやりと聞いていたのだが、カラス君が私の前に片膝をついてかしこまったので、つられて居を正す。
「少し周囲を探索してまいります」
「え、あ、一人で?気を付けてね」
「はっ」
軽快に走り出すカラス君を見送る。
こんなことになるなら自分のアバターも人間型にしておけばよかった、とそんな考えが頭をよぎった。
しかし、どう考えてもこんなことが起こると予想してゲームのアバターを設定する方がどうにかしている。
「砂が熱うございます。よろしければお乗りください」
ふみちゃんに言われて目の前の地面に目をやると、敷布団のような分厚い布の塊が敷かれていた。
「すごっ、これどこから?」
「私めの織糸スキルで作成させていただきました」
織糸というのは蜘蛛族のキャラクターが保有している初期スキルで、糸を操って落下を防いだり弱った敵を拘束するスキルだ。
正直ゲーム内ではほぼ死にスキルで価値のないものだったが、現実ではなるほど便利なスキルらしい。
なお、蜘蛛族の初期スキルは他に吸精というものもあり、それとは別にメスのアラクネの初期スキルに眷属作成と魅了のスキルがある。
そんなあらゆるオスを魅了するアラクネ族のメスであるはずの私はというと、はいはいができずにずりばいで移動する赤子のように、無様にも不器用な動きでなんとか提示された布に移動する。
布に乗ってみると、その肌触りはシルクのようで心地よく適度に柔らかい。
「すごい、触り心地も最高だね」
「光栄に存じます」
ふみちゃんの胸に手を添えかしこまる姿は優美そのものだ。
「みょんみょん様」
呼びかけに視線を移すと、もう探索を終えて帰ってきたらしいカラス君の姿があった。
「ホームにいるななんから伝達<コール>がありました。ホームの座標はろくろによりますと35.684、139.754と変化はないとのことですが、周囲の風景が様変わりしているとのことです。ななんが周囲の探索に眷属の数名を使わせてほしいと許可を求めておりますがいかがいたしましょうか」
ホーム、それは「メガラニカ」のゲーム内でプレイヤーが使用する拠点のことだ。そしてそのホームには仲間NPCを何体も控えさせていた。
本来「メガラニカ」では無料で仲間NPCが3体作成できる。仲間NPCも傭兵・部下・家族・友人・眷属などの分類があり、私の仲間NPCはみな眷属という分類となる。仲間NPC作成はその自由度の高さから「メガラニカ」内でも人気のシステムで、私も無理ない課金通称「無課金」を行い、総勢23体の仲間NPC、もとい眷属がいるのだ。
ななん、ろくろというのもその23体のうちの2体だ。
「探索かぁ・・・ホームには帰りたいし、この非常事態に情報収集は不可欠だよね」
といいつつも少し不安があった。
ななんちゃんは高INT、つまりステータスにおいて高い知力を保証されており、高火力の魔法をいくつも持っている魔法使い(キャスター)ながら軍師職も持つハイスペックな仲間NPCだ。
私の仲間NPCの多くは、推しアバター師に金銭を払うことを代償に眉目秀麗なアバターを召喚している。
ななんちゃんは中でもお気に入りなのだが、そのアバターはどう見ても
「物語中盤で華麗に裏切るキャラ」
そういうデザインなもので、私もゲーム内でその姿を見るたびに「いつ裏切ってくれるのかな~~」などと心の中でうそぶいていたものだ。
もしもななんちゃんが心の底から私を主人として慕ってくれているとしたら誠に申し訳ないが、あんなハイスぺキャラに不用意に権力を譲渡してホームや大切な仲間NPCを乗っ取られでもしたら・・・という不安が頭をよぎる。
「え、えっと、とりあえず私達がホームに帰るまで、最低限の探索にとどめておいてって伝えておいて?そうね、ろくろちゃんとはっちちゃん、よいっちゃんとえっくん、いよちゃんとひとじく兄弟の3組でホームの周りを中心に、無理ない範囲でね」
「はい」
私の言葉を受けてカラス君が額に手を添える。
おそらく、伝達<コール>の呪文だろう。
伝達<コール>は遠方にいる仲間にメッセージを送る魔法で、プレイヤーキャラは初期魔法として全員取得している。プレイヤー同士はゲームシステム上の回線で通話が行えるのだが、この魔法で連絡を取っているという設定だ。
もちろん、仲間NPCは取得する意義は全くないが、取得するハードルも低いのでエッセンスとして私は幾人かの仲間NPCに取得させていた。
「了解いたしました、とのことです」
すんなり了解してもらえたようでよかった。
高INTからすれば小手先の陳腐な手法でしかないかもしれないが、主導権は私にあるぞという主張はできたと思いたい。
「じゃあ、ホームの方向に走ればいいんだよな」
濃ちゃんが私の下に引いてある布を持つ。
「座標がわかるのに、門<ゲート>は開けないのかしら・・・」
困り顔でそう言うふみちゃんも同じように布をもつ。
そして二人は軽々とその布を私ごと持ち上げた。
しかも驚くことに、精密な機械のように水平に持ち上げられたので揺れはなく慣れないこの体でもバランスを崩すことがない。
「門<ゲート>をこの場所に開こうとしたが、出来なかったそうだ。一度行った場所じゃなければ門<ゲート>は開けないからな。やはりこの場所は我々の知るヨニ平原ではないということだ」
「それ以上高くなると俺っちの日傘が届かないじゃん!兄貴はもっと腰を落としてくれよ」
「ギリ届いてるんだからいいだろ、腕伸ばせ。カラス、どっちに行けばいいんだ?」
「東北東・・・向こうに見えるあの山よりやや右の方向だ。」
「おっけ~。・・・ではみょんみょん様、出発しますね」
濃ちゃんは一度振り返ってにかっと笑って見せ、そこから走りだす。