4-7. 静寂は嵐の前に(5)
ニンゲンの街。
耳障りな狂乱の悲鳴。
濃墨が少し力を入れて腕を振るだけで、腐りきった果実を潰すがごとく容易く、それは汚い体液をまき散らして崩れ去る。
的が減って辺りが少し静かになると、大きく跳躍して濃墨はニンゲンの群れの中に踊り込んだ。
彼は主の願いを無視してここまで来た。
ただひたすら、彼の主を害したニンゲンが許せなかった。
ただただ噴きあがる感情に耐え切れず憤怒を吐き出した。
だがどれだけ激昂をぶつけても、怒りが枯れることはなかった。
1つでは到底足りない。
100でもまだまだ物足りない。
1000でも衝動は渦巻いてやまない。
では・・・どこまで?
否、命の続くまで。
ふと、濃墨は己の腕が蜘蛛の脚になっていることに気づいた。
もの珍しく思えてまじまじと見ると、肉片がこびりつき血液の垂れる醜い脚だった。
その醜悪さに、濃墨は思わず自らの脚を地に叩きつけてへし折る。
泥と人間の体液と己の血が混ざり、毒のように傷口から体の内部へ入り込む。
全身を犯すへどろは徐々に濃墨の体を蜘蛛の姿に変容させる。
うつろな目をした人間が濃墨の周囲にたむろし、悍ましい1匹の蜘蛛を見て薄ら嗤う。
憎い!
憎い!!
憎い!!!
濃墨が4対の脚を振り回せば腐肉が飛散し、体液が舞い散る。
その脚を振り下ろせば不快な音を残し汚物が潰れる。
どれだけ殺しても、どれだけ殺しても、決して心は晴れず、体は醜く汚れて墜ちていく。
「濃ちゃんがそれで幸せなら・・・いいよ。」
ふと、そんな声が聞こえた。
もう誰の声かもわからない、ただただ愛おしい透き通った声。
彼は曇天を見上げる。
その先にあるはずの光に、折れた蜘蛛の脚を伸ばした。