1-3. 急襲(4)
時間は少し前にさかのぼる。
みょんみょんの3番目の眷属であるカラスは、医務室の前で主が出てくるのを待っていた。
1番目の眷属である濃墨と2番目の眷属である薄墨、そしてカラスは主の護衛という仕事をすることとなったためだ。
今まで、眷属に仕事などなかった。
みな、主に言われたことを言われたままにしてきただけだ。
しかし、眷属として率先して必要な仕事をして主を支えなければいけない、そうななんに言われた眷属たちはとりあえずななんの言葉に従った。
そうしてななんの指示でみなに役割が与えられ、仕事が振られた。
主の親衛隊という光栄な仕事を任されたカラスに不満はなかった。
ただ、一部の眷属が不満を口にしているという。
主の指示であれば眷属たちに何も不満はない。
だが、平等であるはずの他の眷属に指示されたのだから不満も当然だ。
そのことについて、ななんが主に相談したいということで、ななんはカラスたちと一緒に医務室の前に控えていた。
ななんはいつになく上機嫌で、扉の向こうにいるはずの主が出てくるのを満面の笑みで待ち構えている。
それがカラスを苛つかせた。
「みょんみょん様はしばらく“お帰り”にはならないということだったが、“お帰り”になることができないんじゃないのか?」
「はっきりとはおっしゃられなかったが、そのようだね」
医務室に入る前、ななんが主に「診察の前に一度帰ったほうがいいか」という旨の質問をしたが、主は
「ちょっと・・・今はまだいいかな~」
などと困り顔で答えをはぐらかしていた。
「みょんみょん様がいつもどのようにしてどこにお帰りになられているのかは私には想像も及ばないけれど・・・その方法をお探しするのは最優先事項だと思っているよ。みょんみょん様は明言されなくとも、ね」
カラスが不機嫌なのを察したななんは少し困ったように肩をすくめた。
「で・・・」
薄墨が発言しかけたが、察した濃墨が薄墨の口を手で塞いで失言を防ぐ。
薄墨は昨日のことを全く凝りていないらしい。
カラスにとっては仕事などどうでもよかった。
カラスは主以外のことに全く興味がない。
今現在主の脚に異常があること、そしてどうやら主にも不測の事態が起こり未知の世界に投げ出されていること、主が主の世界に帰れないこと、どれ1つをとってもカラスを焦らせるには十分な非常事態だった。
「うん、ああ、よんよん、どうした?」
ななんが後ろを振り返ると、4番目の眷属であるよんよんが立っていた。
青色の少し癖のある髪に青白い肌をしたやせ型の眷属で、長い前髪のため常に表情が読み取りにくい。
頭の上にちょこんと乗っている紫色の小さなハット帽がトレードマークだ。
気配を消すのが上手いので、ふらふらと特徴的な歩き方をするわりにその存在に気づきづらく、カラスには彼が突然現れたように錯覚した。
「フットマンは全員Lv1ですしね、ホームをどれほど重要視するかにもよりますが・・・わかりました、門番に関してもみょんみょん様にご相談申し上げよう」
発声が苦手なよんよんは近くにいても伝達<コール>で話すことが多かった。
なのでカラスには二人が何を話しているかは、ななんの返事から想像するしかない。
ちょうどその時、医務室の扉が開き主が出てきた。
眷属たちは畏まって跪く。
「一つお願いしたき儀がございまして、お時間をいただけますでしょうか」
「そんなに畏まらなくていいのよ、それで要件は?」
だが主はそういった直後に顔をこわばらせて硬直した。
みるみる顔色が悪くなり、胸を押さえて体を折りかがむ。
「みょんみょん様・・・?」
ななんが声をかけるも聞こえないようで、主は呼吸を荒げ床の一点を凝視している。
「Bちゃんと・・・Dちゃん?」
2人のフットマンの名を呼ぶ主の唇が震えている。
ななんが目くばせすると、後ろに控えていたよんよんが軽くうなずく。
『B、D返事をしろ』
よんよんはその場にいる全員とフットマンのBおよびDに伝達<コール>でつなぎ、BおよびDに話しかけるが返事はない。
フットマンは全員Lv1のデスウィーバーというモンスターだが、知能は高く、発語はできないが言葉は解している。
BやDは門番という設定があるので、常にホームの入り口近くにいるはずだ。
異変を察して、カラスはホームの入り口の方へ走り出した。
主の体調も気になるが、医務室にきゅ~という医者がいる以上、カラスにはそこにいても役目はない。
「どいて」
だが、壁に押しつけられるようにカラスはその走りを阻害された。
そしてカラスには、己を押しのけて入口へ走る主の姿が見えた。
少し躓いたようにも見えたが、軽々と主が走っていた。
そもそも蜘蛛族はオスよりもメスの方が大柄で力が強い。
主はメスとしては小型だが、戦士職なのでカラスよりも断然力が強かった。
そして、主はどの眷属よりもAGI(素早さ)において圧倒的に勝っていた。
「みょんみょん様?!?」
素っ頓狂な声を上げるしかないななんを横目に、真っ先によんよんが主を追う。
カラスも体勢を立て直すと慌てて追いかけた。




