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幕間2. 疑念

 朝目覚めるとそこに居るはずの主人がいなかった、あの日から3ヶ月。

 朝食を摂るために寮の食堂に向かうと掲示板の前に人だかりが出来ている。その後ろから張り紙を遠目で見る。内容は1名の男子学生の訃報。まさかと思い人をかき分け掲示板に近寄りその紙を隅々まで読む。


 「・・・なんだ、これは」

 

 そこに書かれている死者の名はヒューガ・グロース。死因は魔力切れ。

 補足として他に書いてあることと言えば、学校を飛び出してその行き先で死亡が確認されたこと、亡骸が確保できなかったために葬儀は執り行われない、等。彼を知っている者は当然そこに書かれていることに疑念を抱いていた。


 真意を確かめるためには居てもたってもいられず、気が付けば学長室の部屋のドアをノックしていた。

 現在時刻は1日の授業の終わりを告げる鐘も鳴った、夕暮れ時。


 「誰じゃ~?入っていいぞ」

 ノックに対する学長室の中からの返事は快いものだった。ドアを少しだけ開き中の様子を伺う。


 「失礼します。お時間よろしいでしょうか」

 「おぉアイリさんか、掛けてくれ。菓子もあるでの」

 この老人からは前にご相伴に預かったことがあるので、先手を打つ。テーブルに予め用意された物を確認し、茶葉とポットに入ったお湯でふたり分の紅茶を入れ茶菓子の用意をする。誰かのために茶を淹れるなど久々のことだったが、体が覚えている。


 「ありがとう」「いえ」


 学長は書類仕事に一段落着いたのか、ふたり分の紅茶を淹れた頃に奥の机から部屋中央のソファに身を移す。私が入れた紅茶に口をつけ喉を潤しながら話し始める。


 「話はヒューガ・グロースの訃報のことかな?」

 「はい。居てもたってもいられなくて、押しかけてしまいました」

 「よいよい、気持ちはわかる。じゃが儂の方も事の真意はわからん。来てもらって悪いがの」

 「学長もですか?」


 他の教官ならまだしも学長なら何か知っているのではと思い訪ねたのだが、当てが外れてしまったようである。


 「して、真意がわからないとして君はどうする?儂のところに来てもわからなかったとて、ここで引き下がる者でもなかろう。儂は今週末にでもグロース領を訪ねようと思っておる。ちょうど馬車の中で話し相手が欲しいと思っておったんじゃ」

 「そう言うことであれば、是非」


 学長の言う通り、真相がわからないのであれば最も近しい人間に聞きに行くしかない。学長に付き添う形で、初めてあの男の実家に行くこととなった。


 週末の早朝。学長と共にグロース領行きの馬車に乗り込む。行く途中、学長とは自然とこれから向かうグロース領の話になった。ヒューガの父ライガ・グロースは剣術のギフトを授かり、先の大戦でモンテブルグを勝利に導いた功労者の一人。

 母フラウ・グロースは文字編みのギフトを授かり数々の名著の出版に携わった人物。彼女が表現する人柄を現すような柔らかい字体には人気があり、作家がわざわざ辺境であるグロース領の出版会社まで赴きわざわざ彼女に頼み込むこともあるそうである。

 そしてグロース領を取り巻く情勢の話。辺境伯として拝爵したは良いものの産業を起こしては失敗続き。戦争孤児を引き取って住居を与えるなど慈善活動もしてはいるものの、国からの評判は良くは無い。


 馬車の窓から広大な草原を見ながら、考える。ふとヒューガから提案された産業のことを思い出す。彼はその産業を私たちの祖国でやればどうだ、と言っていたが。この土地を現状無駄にしてしまっているのなら、成功するにしても失敗するにしても私たちにやらせてみれば良かったのではないか。いつもの向こう見ずな性格はどこに行ってしまったのだ。もしかして彼は私たちの身分のこともあって、言い出せなかったのではないのだろうか。

 彼が言い出した提案に乗ることはあったが、こちらから何かを提案したことはなかった。コーラリアが抱えている問題の解決も彼にすがれば・・・いや、これは甘えだ。これ以上は考えないようにしよう。


 「そろそろ見えてきたのう。今日はどっちに居るかの」


 草原の中心に建つ、そこそこ立派な邸宅が見えてきた。学長が呟いた「どっちに」とはどういう意味だろうか。


 「学長様、御足労頂き感謝します」


 馬車から下車すると、邸宅に勤めていると見られる侍女に迎えられた。


 「うむ。領主のライガはおるかの?」

 「はい、こちらです」

 「君はヒューガ・グロースのことを聞きたいのなら夫人に話を聞きに行くと良い。儂は領主に用がある。君はもうひとつの家に行くと良い」

 「他に家があるのですか?わかりました」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「こんにちは。どなたかいらっしゃいますか」

 侍女に場所を教えてもらい、そこに足を運ぶ。もうひとつの住処となればさぞ立派な別荘が建っているのだろうと思いながら向かう。しかし本当にこの家に人が住んでいるのか疑わしいくらいの、ボロボロの木造の家屋の他に見当たらない。


 「はーぃ。あら、どちら様?」

 「ここを訪ねるように言われて来たのですが」

 「もしかして、貴女がアイリさん?」


 家事をしながらこちらを振り返るは、聞いただけで身を包まれるような優しい声をした女性。思わず安堵し、その整った顔立ちの目を見つめてしまう。


 「申し遅れました。コーラリア王室勤めの侍女、アイリ・ナイトローズと申します。こちら、手土産です。召し上がってください」

 「まぁご丁寧に。私が領主夫人のフラウ・グロースです。どうぞ、こちらへ来て座って」


 急いで我に返り挨拶をする。リビングと思しき空間のテーブルに座る様に笑顔で手招きされる。


 「この時期に訪ねてくるってことは、息子のことね?」

 「あの男が、魔力切れなどで死ぬわけがないので」

 「そうね。貴女になら話してもよさそうね」


 フラウさんは3か月前のあの日、ヒューガ・グロースが起こした行動の一部始終を話してくれた。今座っているテーブルを囲んで4人で話し合いをしたこと。1年の間グロース領で身を隠すのは難しいので、旅に出ることにしたこと。その後フラウさんとシルヴィア様のふたりきりで話をした事。内容は、ヒューガがこの家でどういった幼少期を過ごしたのかということ。シルヴィア様が将来グロース領の広い土地を使って牧場を始めたいと思っていること。

 そしてその翌日、西に向けて旅に出発したこと。出発する際に学校に残る私宛に手紙を送ってくれたこと。


 「その時の手紙は・・・、処分するなど私には出来ませんでした」

 手紙の最後に早めに処分してほしいと書かれていたが、肌身離さず持っておけば支障がないと思い常に懐に忍ばせていた。それを取り出し、フラウさんに見せる。


 「アイリさん、とっても主人想いね。その人を連れ去ったヒューガが倒れたって聞いて心配したでしょ?」

 「いえ。シルヴィア様の身は案じていますが、あの男のことは心配していません」

 「ふふ。あそうだ、手紙と言えばね。ちょうど今朝郵便が届いてて。シリィちゃん・・・じゃなかったシルヴィアさんから」


 宛先だけが書かれた差出人が書かれていない封筒。なぜ宛先だけを?と思ったが郵送元がわからないようにする配慮だろうという考えにすぐに至る。


 「便箋が3枚入っててね。1枚はシルヴィアさんから私宛てなんだけど・・・はいこれ、アイリさん宛て。書いてある字からしてヒューガが書いたみたいね」

 「あの男が、私に?」


 便箋には、〈アイリへ〉と宛名が書かれている。内容を予想しながら3つ折りにされた便箋を開く。

 シルヴィア様を連れて急に学校を飛び出したことに対する謝罪か?今更弁明するつもりか?さぞ長文が書いてあるのだろう、と期待を込めてそれを開く。


 ー 俺たちは皆元気です ー

 ー 心配しないでくれ ー


 だが、たったそれだけ。たったそれだけが書いてある。紙のほとんどが余白で特に苦労して書いた形跡もない、素っ気ない文章。

 

 「あの男は、こちらの気も知らないで・・・!」


 人の目が有るにも関わらず、魔力を込めた両の手でギリギリとその便箋を握りつぶしてしまう。


 「アイリさん、落ち着いて、ね」

 「はっ・・・失礼しました。お恥ずかしい」

 「やっぱり心配?」

 「いえ、そんなことは」


 怒りを顕わにした様子を領主夫人であるフラウさんに見られ、苦笑いされてしまった。


 「あとこれも同封されていたんだけど・・・誰のことだかわかる?」

 

 封筒に同封されている3枚目の便箋。

 その便箋には、〈ノウンへ〉と宛名が書かれていた。

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