55.金色に輝く
ギニーからレースを観戦するのに誘われたが、あまり乗り気にならず大会前日の昼間は宿の部屋で寝て過ごした。とはいえ夕方になると流石に腹が減ってきたので、シルヴィアを誘って食べ物を出店している屋台を巡り買い食いをして回った。
夕方には街中、お祭り騒ぎだった。今年最速の馬が決まり、その馬の名前が書かれた垂れ幕がデカデカと建物と建物の間に掛けられている。レース会場の前で優勝馬の関係者と大衆を巻き込んだ祝勝会が行われている。明日もし優勝すれば、魔法演舞が行われるアリーナの前で祝勝会をするんだろうか。
宿に戻り騒がしい街の喧騒を聞きながら夜を明かす。
そして来る、本番当日。
いつもの早朝の時間に目を覚ます。相変わらず、俺は緊張していた。気を落ち着かせようと思い散歩しようと宿の外に出る。街の外の草原を見ながら散歩するのも良いが、ソラの姿を見たくなった。魔法演舞の本部が運営する厩舎に預けたソラの下に向かう。
厩舎には警備員の他には人気が無く、預かった馬の様子を見たいと言ったら通してもらえた。ソラの馬房の前に行くと、まだ目を覚ましておらず、静かな寝息をたてていた。本番に向けて、集中して気を溜めているという雰囲気だった。
「よお、本番当日だぜ。・・・調子はどうだ?」
馬房の前に胡坐をかいて座り込み、目を覚まさせないよう、静かに話しかける。
「お前とは・・・今日の魔法演舞が終わればお別れだ。寂しくなるな」
独り言を言うように話しかけ、ソラの顔、馬体まで、よく見る。毛並みの1本1本まで、しっかりと見る。全身の白い毛もそうだが、銀のたてがみや尻尾の色が本当に綺麗だった。そうしていると次第に気持ちが落ち着き、緊張もしなくなっていた。
「ここにいたんだ。おはようヒューガ」
足音がし誰か来ると思えば、シルヴィアだった。彼女も馬の様子を見に来たらしい。
「おはよう、シルヴィア」
彼女は俺の横で馬房の前に尻を地面につけないように腰を落とし、ソラの様子を伺う。
「ふふ、まだ寝てるんだ。今日が本番だって言うのに、落ち着いてるね」
「ああ」
「ねぇ。ちょっと街の外、散歩しようよ」
立ち上がり、珍しくシルヴィアの方からこちらに向けて手を伸ばしてくる。それに応えゆっくりと立ち上がり尻をはたいて汚れを取る。街の外に出るとそこには草原が広がっていた。天気は快晴。朝の陽ざしが眩しくて、静かで、草の匂いがして、爽やかな風が吹いていた。
いつものようにぽつりぽつりと無駄話をしながら、ゆっくり歩く。
「ソラは普段通りみたいね。ヒューガの調子は?」
「まあ・・・俺は乗るだけだし」
「緊張とかは?してない?」
「緊張はしていたんだけど、もう大丈夫。だけど別のことで、ちょっと」
「ふぅん。・・・まあ、全力が出せるんだったらいいんじゃない」
ソラが立派な風魔法を披露できる力を身に着けた今となっては、大会で好成績を残せるかどうかは大した問題と思っていない。
それよりも、大会が終わってソラやギニーと何の後腐れもなくお別れが出来るかどうか。そっちのほうが問題だ。出会いと別れは旅に付き物だと頭では理解しているけど・・・。シルヴィアはーーー彼らと別れることを何とも思ってないのだろうか。
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魔法演舞は昼過ぎから行われる。その準備のために、宿の食堂で朝食を取った後すぐにシルヴィアとギニーとの3人でソラがいる馬房に向かう。宿の外に出ると、魔法演舞が始まるまでまだまだ時間があるというのに既にアリーナがある前の道は人でいっぱいになっていた。
「ふたりとも、いつもより入念に頼む」
馬房に入り、ギニーの厩舎でいつもやっていたようにソラの世話をする。大会本部から支給された飼い餌を与え、桶に水を張る。全身にブラッシング。白い葦毛の毛並みを揃え、たてがみの長さを切り揃える。目元、口元や蹄についた汚れを取る。大勢の人の前に出るというのもありいつもより入念に手入れをする。
「さて、そろそろだと思うんだが」
厩務員として最後の仕事を懸命にこなしていると、いつの間にか本番の時間が近づいていた。
「時間です!準備をお願いします!」
時間になり、大会運営のスタッフに声をかけられる。
「案内しますので、馬を引いてこちらへ」
「カイン、頑張れよ!ミアと一緒に客席から見てるからな」
いつでも跨がれるように馬具を装着し手綱を引いてアリーナに向かう。スタッフの後を付いていきアリーナの門をくぐる。見上げると超満員の観客席から歓声が聞こえる。アリーナの中央には既に他の3頭が揃っていた。
俺と同年代と見られる女の子の乗り手が手綱を引く、栗毛の馬。ギニーと同年代と見られる青年の乗り手が手綱を引く、青みがかったたてがみを携えた黒毛の馬。そして同じく20代前半とみられる青年の乗り手が手綱を引く、燃えるような色をしたたてがみの馬。
4頭出揃い、出走前のパドックのように円を描くように手綱を引いて歩く。
歩きながら、俺は他の3頭と乗り手の様子を伺っていた。
ー初めてだけど、緊張するなぁー
土魔法を披露する馬、その乗り手の女の子。こちらと同じく初めてなのか、緊張している様子である。
ー燃え上がるようなたてがみ、目の当たりにしてなんて迫力だー
ーだがこちらも全力を尽くすだけだー
水魔法を披露する馬の乗り手の青年。火魔法を披露する馬にしか眼中に無いようである。
ーチィッ、なんで葦毛の馬がここにいるんだー
ー安くは無い金を払ったってのに!あいつら失敗したのか?ー
そして、火魔法を披露する馬の乗り手の心中を覗く。
こいつだ!ならず者たちからの襲撃は、この乗り手が仕組んだことだったのだ。許せない。1発殴らないと気が済まない。手綱を握る手を離し拳を握りしめ、魔力を込める。そして円を描くために前を歩くこの男に向かって後ろから殴りかかろうとする。
しかし体が前に進まない。何者かに後ろに引っ張られている。振り返ると、ソラが首元の服の裾に噛り付き俺の体を引っ張っている。
「あれ、何してんだ?」
「ははは!見ろよ、人が馬にかじられてやがる!」
観客席から笑い声が上がる。ナニコレ、・・・超恥ずかしい。もしかして、シルヴィアとギニーももう観客席のどこかに座って、今のこの状況を見ているかもしれない。
ーおい、下らんことをするなー
ー私に敵う者などいない、大人しくしていろー
どうやら目の色を変え殺気を放ち、目の前の男に殴りかかろうとしていたところを止めてくれたようである。さらに首を持ち上げ、引っ張り上げようとしている。
「わかったよ」
拳を緩め、手綱に手を戻そうとするとようやく服の裾に噛り付く口から解放された。そうだ、どうかしていた。他の馬がどんなに強力な魔法を披露したところで、ソラの風魔法に敵うわけないだろ。
〈〈皆様、今年もサンセット・ダービー魔法演舞にお集まりいただきありがとうございます!〉〉
審査員席に座る者がラッパの形をした魔道具を通してアナウンスをしている。近年開発された、土魔法で起こる振動を利用した拡声器だ。各馬の紹介がなされ、1頭1頭の紹介が終わるたびに観客から拍手と歓声が沸き上がる。
〈〈それでは時間になりました!各馬四隅へ!〉〉
アナウンスに促されるまま、四角形のアリーナの四隅に引く。出番になるまで隅で待機し、他の馬の魔法を披露する様子を観る。
〈〈今年の魔法演舞、最初に魔法を披露する馬は土魔法!アリーナの中央へ!〉〉
栗毛の馬に乗り手が跨り、アリーナの中央へ。
〈〈それではどうぞ!〉〉
始まりの合図の数秒後、馬の周りでドシン、と音がして地響きが起こる。・・・それで終わりだった。乗り手が下馬し、観客に向かってお辞儀をしている。パラパラと、拍手が起こった。
続いて水魔法。乗り手の合図とともに馬が前足を上げて水しぶきを上げる。アリーナの地面が濡れていく。スキルレベルで言えば、2から3といったところか。
そして最も支持を集めた火魔法。開始の合図とともに馬がいななき、火魔法を発現させる。宙に向かって大炎を上げている。スキルレベルで言えば4といったところか。馬が発現させた炎をじっと見つめながら、考える。他者の妨害などせずとも十分に優秀な成績を残せるはずだ。その実力がありながら、なぜ正々堂々と勝負しない?
持ち時間の1分間が終わり、乗り手が下馬するとともに大歓声と拍手が巻き起こる。4頭のうち、最も支持を集めた期待に応えたといったところか。
〈〈そしてダービーを締めくくるのは、風のイン・ザ・スカイ!〉〉
〈〈風魔法は今まで優勝経験はありませんが、ここは頑張っていただきたい!〉〉
そして大トリを務める俺たちの番となった。鞍上に飛び乗り、アリーナの中央に向かう。
〈〈それでは、どうぞ!〉〉
開始の合図とともに空気が中心に向かって集まってくる。足元を中心に渦巻いている。会場は異様な雰囲気に包まれ、観客がざわついている。
「ソラ!行けー!」
観客席から女の子の叫び声。シルヴィアだ。俺はそれに応えるように、天に向かって右手を上げ、人差し指を突き立てる。
勢いよく飛び上がる。高度は観客席より少し高いくらいか。そこから落ちると思えば、フワリと浮かび上がりそのままの高さを維持したまま、観客の頭上を走る。今まで鞍上に乗ってきた中で、最も勢いがあった。振り落とされないように、しかしその走りの妨げにならないように、腰を浮かせ、しっかり鐙を踏みしめ、手綱を握る。観客席の上を高度を保ったまま場内を一周し、さらに飛び上がる。空中を走る様を審査員含め観客全員が頭上を見上げ、目で追っていた。建物の高さもゆうに超え、都市の外の草原が見渡せる程の高さだった。
雲一つない空の隅っこに、陽が沈みかけている。
それは時間が止まり、まるで世界に一人しかいないような、素晴らしい景色だった。
魔法を解き高度を落としていく。ゆっくりと、ゆっくりとアリーナの中心に降り立つ。制限時間いっぱい、たった1分間。ソラは身体に宿る魔力を出し切った。終わるや否や、鼓膜が割れんばかりの歓声が沸き起こる。観客全員が立ち上がり、ソラを、俺たちを称賛していた。
「ソラ、お前・・・!」
下馬し、ソラを撫でて労わってやろうとしたところで異変に気付く。
銀色だったその色は、今まででも十分カッコ良かったけど。頭から首、尻尾から生える毛色が、金色に輝いていた。




