52.いざサンセット・ダービーへ①
厩務員としてソラの世話を始めてから1ヶ月と、2週間。
ダービーまではあと10日といったところ。
その日もシルヴィアと一緒にソラの魔法の練習をみていた。
大会が迫っているがいまだにソラの魔法だけで空中に浮くことは敵わず、練習する際にも俺が乗り手となり風魔法の補助をしてやる必要があった。
風魔法スキルレベル6〈エアライド〉を使わずに空中を走る方法としてーーー
段階1:まず馬であるソラの脚力で飛び上がる
段階2:ソラ自身の風魔法で空気の層を作り高度を保つ
段階3:高度を保ったまま、さらに飛び上がって高度を上げていく
というカラクリだった。
魔法のギフトを授かった人間でも数年はかかると言われる高レベルの魔法を習得せずとも、これなら大会当日まで間に合う。
魔法演舞が行われる日までには風魔法でもって空を駆ける様子を披露できるだろう、と踏んでいる。
「よう。やってるな」
ギニーが珍しく魔法の練習の様子を見に来た。
いつもは厩務員リーダーとしてせわしなく厩舎を駆けまわっている上、魔法が使えないのならば役に立てないと言っていたのだが。
「魔法演舞の大会が行われる都市まで馬を連れていくのに1週間を見ているから、明後日には馬を連れてここを発つぞ。
お前たちも来るだろ?」
「はい、同行させてください。
そういえば、当日の魔法演舞では誰が馬に乗るんですか?」
「事前登録がお前たちが来る前だったから、ひとまず俺が乗ることになってるんだが・・・。
ちょっと、こいつに乗ってみていいか?」
「どうぞ」
ギニーがソラに乗りたいそうなので、乗り手を交代する。
ソラには駆け出した後に風魔法を使って宙に浮いてもらうように指示をする。
「い、いくぞ・・・」
走り出す前から、乗り手であるギニーは手綱を握りしめる手をぶるぶると震わせ、脚を閉じて馬の背中にしがみついていた。
そう言えば俺も初めてソラの背中で空中を駆けた後、嬉しくて震えが止まらなかったな、と数日前のことを思い出す。
「う、うわぁ!あぁあぁ~・・・」
ソラは少しだけ浮いて駆け出していったが、乗り手のギニーから悲鳴を上げている声がする。
空中を駆けるという初めての体験に対し、歓喜の声を上げているのかと思ったがどうも様子がおかしい。
数分の間、放牧地を駆けまわった後に走り出した場所に戻ってきた。
「大丈夫ですか?」
「や、やっぱり。
お、俺は、高いところが苦手だ」
「えぇ・・・」
既にソラは着地して止まっていたが、ギニーはいまだに震える手で手綱を握りしめている。
高いところ、といっても横から見て1メートルも浮いていなかったのだけども。
どうにも足が地面に着いてないと不安らしい。
馬上で顔を青ざめ全身をぶるぶると震わせて動けなくなっていたので、シルヴィアとふたりがかりで馬から下ろし柵の側に寝かせる。
ギニーを寝かせた横に腰かけ大会当日の話をする。
乗り手がいないんじゃ、魔法を披露するどころではない。
「落ち着きましたか。
ギニーさんが高所恐怖症なら、大会当日の乗り手はどうするんですか?」
「どうするかな・・・。お前が乗ることはできないか?」
「俺がですか?」
1年に一度の大事な大会のはずなのに、厩舎に来たばかりの者に任せてしまっていいんだろうか。
「馬の名前を申請する際に乗り手を交代できるか聞いてみるとしよう。
そうだ、馬の名前も決めないとな。みんなを呼んでくる」
みんな、とはこの厩舎にいる従業員全体のことだろう。
ギニーは身を起こして駆け足で厩舎に戻っていった後、ちらほらとソラの周りに人が集まってきた。
「この馬が、あの?見違えるようだ」
「ああ、撫でてもいたずらしてこないし。
大会を見にはいけないが、応援してるからな!」
「ありがとうございます」
厩務員がソラのことを撫でている。
火の魔法でいたずらをしていたときのことを言っているのか、現在のソラの様子に驚いているようだった。
それからも続々と人が集合し、なぜか厩務員以外にも噂を聞きつけた周辺の住民も集まってきた。
「この馬の特徴と言えば、まず目に飛び込んでくる美しい銀のたてがみだろう」
「いいや、馬といえば大抵栗毛か黒鹿毛なんだ。
白い葦毛にちなんだ名前にするべきだ」
20名ほどの人間の間で様々な言葉が飛び交う。
言い争うと言った雰囲気ではなく、皆目を輝かせ期待に満ちた表情をしている。
「しかし埒が明かないな。
馬の特徴もそうなんだが、名前を聞いて披露する魔法を想像できないといけない。
そうだカイン。魔法を使っている様子を披露してやってくれないか」
「わかりました」
ギニーに促され、集まった人々の前で現時点での魔法を披露することになった。
とはいえ、まだソラの魔法は未熟。
未熟だが、名前を決めるために見せる分にはいいだろう。
「みんながお前の魔法を見て名前を決めてくれるらしいぞ。
頑張り時だ」
走り出す前に、鞍上から話しかける。
ーふはは、何やら人間どもが集まっているなー
ーよく見ておけ!ー
ソラは人の目が集まったことに対し、なにやら闘志を燃やしているようだった。
鞍上より駆け出す合図を送ると同時に飛び上がる。
飛び上がった高度から更に階段を上る様にして飛び上がっていく。
今回は俺が全く魔法の補助をしていないにも関わらず、あの魔力が満ちた森で初めて飛んだ時と同様高い高度を保っている。
「すげぇ!」
「そ、空を、飛んでんじゃねえか!」
遠くに見える地面から集まった人々の歓声が聞こえる。
1分ほど観衆の頭上を空中浮遊をした後、風魔法を解いていきゆっくりと元の場所へ降り立つ。
なんだよ、やればできるんじゃないか・・・と思った矢先。
ソラは鼻息を荒げ、馬体全体からじっとりと汗をかいていた。
今のたった1分の間に魔力を集中させ使い果たしたようである。
人の前に立ち、期待に応えて全力の魔法を見せてくれたのだ。
本番に強いタイプの馬のようだ。
「はは、おつかれ」
下馬してからソラの頭から首をわしゃわしゃと撫でて労わる。
一瞬気のせいか、撫でた部分のたてがみが金色に輝いたように見えた。
馬の名前を決めるために集まった人間たちは、興奮が冷めやらぬといった様子でざわめいている。
「本当に空を飛ぶ馬なんだ、という期待を込めてだな。
インザスカイ、なんてどうだ?」
飾り気が無く、なお且つわかりやすい名前だ。
ギニーがその名前を提案すると皆納得したようだ。
この馬に期待を込める人々の思いがひとつになり、満場一致でその名前に決まった。
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サンセットダービーに出場するために、ギニー厩舎を出発する。
以後ギニーの家にもう戻ることはないので、旅の荷物も携えている。
約1週間の道のりを経て、ウェスタニア地方の中央にある最大の都市に向かう。
都市に行くまでに物資を補給できる場所は少ないらしく、大量の荷物を背負っての出発となった。
道中は付き添いの人間よりも、馬のことを気遣わないといけない。
荷物の9割方を占めるのは、ソラの世話をするために使う用具と飼い餌である。
馬が1日に食べる量はかなりの量になる。
俺は剣を背負うための装着具を腰に巻き、ソラが食す飼い餌を背中に積み上げて出発することとなった。
「カイン、お前大丈夫・・・なのか?」
「平気です。武術スキルを体得していますから」
1束10キログラムほどの重さのある飼い餌の束を合計3束。
この1束をソラは1日で平らげてしまう。
ギニーに心配されながらもバランスをとってひょいと持ち上げてから背負い、歩き出す。
剣術スキルのおかげで、見た目ほど重くは無い。
「それにしても、こんなにたくさん飼い餌をもっていく必要あるんですか?」
俺の頭上でゆらゆらと揺れる飼い餌の束を見ながら、シルヴィアがギニーに質問している。
「都市とウェスタニア地方の各所にある厩舎との間に、馬体に有害な毒を含んだ植物を植える輩がいるんだ。
そういった不届きな仕事をする奴らが毎年この季節に一定数いる」
「そんな・・・」
「ダービーでの多額の賞金を狙っての妨害工作だろうな。
こっちができることは、そういった脅威から馬を守ってやることだ」
「あらかじめ無害な飼い餌を持っていくしかないんですね」
「そういうことだ」
ダービーが行われる都市に着けば、大会を運営する組合が管理する厩舎に入厩することが出来るので馬の安全を確保することが出来るとのことだが、それまでは自衛するしかない。
取り締まろうにも、広大な広さを有するウェスタニア地方全体を監視するなんてことは不可能だろう。
道中はギニーの指示により馬の様子を見ながら2、3時間ごとに休憩しながら進む。
ソラの鞍上には体力の無いシルヴィアが乗る形となったが、時たま交代してギニーが乗るときもあった。
休憩する際にはシルヴィアが土魔法で桶を作り、俺が水魔法で水を張るとギニーが驚いていた。
「お前ら、何でも出来るんだな・・・。
こういった移動の時は、馬に水を与えるために川を探すもんなんだが」
「ははは、でも野営するとなるともっと驚くと思いますよ」
日が暮れても人が住むような集落が周辺に見えてこなかったので、野営することになった。
「ギニーさんは座って、休んでてください」
「そういうわけにもいくまい」
何かしようとおどおどするギニーを尻目に、まず俺が火魔法で火を起こし、シルヴィアが土魔法で鍋を作る。
その鍋の中で3人分の乾パンを蒸す。
厩舎を出発する際、ソラの名前を決めるために野次馬にきていた住民から旅の餞別にと渡されたものだ。
俺が口に入れるものを準備している間、ソラの側でシルヴィアが厩付きの簡易的な小屋を作成している。
たちまち変化していく周りの状況に、ギニーが唖然としていた。
「すげえ・・・。
お前ら、どこにでも住めそうだな」
シルヴィアが建てた小屋で夜を明かし、さらに先へと進む。
出発して、3日目の夜。
その日も野営するに手ごろな場所を見つけ、3人でたき火を囲んでいた。
「なあ、お前たち。
引き続きこのまま・・・いや何でもない」
ギニーが俺とシルヴィアの顔を見ながら、何か言いかける。
今後についての何か提案だろうか。
と、その時。
5人の黒服の人間が暗闇からスッと姿を現す。
既に陽は沈み、暗闇に乗じていつの間にか囲まれていたようだ。
もしやと思い、出発する日にギニーが言っていた言葉を思い出す。
〈不届きな仕事をする奴らが毎年この季節に一定数いる〉
5人のうち短剣を構えた男がこちらににじり寄りながら口を開く。
「葦毛の馬を連れているな。
ここから東の厩舎の者だな?」
「そうだとしたら、何だ!」
ギニーは聞かれたことに対して反射的に返答する。
俺は冷静に武術スキルを体得している者として敵集団の力量を見定める。
5名のうち、刃物を持っている者が3名。剣術スキルを体得していると見る。
武器を持たず拳を構える者が2名。こちらは体術スキルか。
これから襲ってくるとして、1対5だ。
「悪く思うな」
「ギニーさん下がって!」
先程から言葉を発する男が短剣でギニーに襲い掛かろうとする。
俺は剣を抜き、割って入る。
やらなければ、やられる。




