49.ソラと読心術
早朝、いつもの時間に目が覚める。
シルヴィアも起きていたようで、散歩に誘おうと部屋のドアをノックしようとすると同時にドアが開いた。
「あ、おはよ」
「おはよう」
ギニーの家の2階の部屋に、俺とシルヴィアで一部屋ずつ借りて住まわせてもらっている。
1階に降りるがまだギニーが起きている様子は無い。
シルヴィアの手を引き家の外に出る。
朝はまだ肌寒く、草の匂いが混じる涼しい風が吹いていた。
地平線まで続く草原の東の方角には、小さくモンテブルグ山脈が見えている。
「お世話になる厩舎に行ってみよう」
「うん」
厩舎に近づくにつれ馬のいななく鳴き声が聞こえてくる。
これから2ヶ月ほど、お世話になる場所の様子をじっくりと観察する。
入厩している馬はもう目覚めているらしいが、人影は無かった。
厩務員はまだ出勤していないようだ。
「すごい、広いね」
「馬の放牧もしてるって言ってたから、このくらいの広さが要るんだろうね」
ぐるっと一周、厩舎を囲う柵の周りを歩こうとしたが、あまりの敷地の広大さに途中で引き返すことにした。
散歩を終え家に戻るとギニーが起きており、朝食に食べるであろう軽食を用意していた。
「おお、おはようさん」
「「おはようございます」」
「そろそろ起こしにいこうと思っていたんだが、散歩でもしてたのか?
お前たちの方が朝は早いみたいだな。関心関心」
朝食は同じものが3人前用意されている。
俺たちの分も用意してくれたようだ。
「明日から朝食の準備しましょうか?
昨日からお世話になりっぱなしなので」
「いいのか?お願いするとしよう。
夕食は俺が担当だな」
朝食を食べた後、作業着を貸与され、それに身を包み厩舎に向かう。
ギニーに連れられながら数名の厩務員に挨拶し、自己紹介しながら厩舎の中を歩いていく。
「こいつが昨日言っていた、魔法演舞に出そうと思っている馬だ」
その馬は、厩舎の一番奥に潜んでいた。
全身が白に近い灰色、つまり葦毛の毛色をしていた。
更に艶のある銀色のたてがみと尻尾を携えていた。
堂々とした無茶苦茶格好良い馬、というのが第一印象だった。
「どうだ?カッコイイ馬だろう。
既に火魔法を習得してはいるんだが、魔法演舞に出場させるレベルにはまだ物足りないんだよなぁ。
他の馬と喧嘩しがちだから、こうやって隔離してるんだ」
隣の独房に馬が入れられていないのはそうゆう理由か。
馬同士の喧嘩となると、魔法が使えない馬は太刀打ちできないのだろうか。
「披露する魔法を決めてから名前を付けようと思っているんだ。
今日のところはとりあえず、ふたりでこの馬の世話をしてくれ」
「わかりました。
・・・アツッ!」
俺は旅の道中いつもやっているように馬の首を撫でようと近づいたところ、触れようとした箇所に火の粉が立っている。
お得意の火魔法のようだ。
「はっはっは。よくいたずらで作業着を焦がそうとしてくるから、気を付けろよ」
更にギニーから馬の特徴の説明や、厩務員としての世話のやり方を教えてもらう。
知性が高いとは言え体格は乗用として流通している馬とそう変わらず、人を乗せて走ることができる。
馬体重も競走馬とそう変わらず、体力もそれなりにある。
「それじゃ、午前中はよろしくな。
俺は厩舎全体の見回りをしてくるからよ」
「わかりました」
ギニーはこの厩舎のリーダーを任されているので、馬1頭あたりに裂ける時間は限られている。
一通り厩務員の仕事を俺たちに教えた後、リーダーとしての仕事をしに行った。
言われた通り、飼い葉を与え桶に水を張る。
それからブラッシングをしていく。
美しい銀のたてがみは触る前から既にサラサラで、ブラシを通しても抵抗はなかった。
最初に俺にいたずらをしようとしてきた時以外はそういった素振りを見せず、側にいる間は大人しくしていた。
ーあぁ、退屈だー
「何か言った?」
「え?」
声が聞こえたので側にいたシルヴィアに確認するが素知らぬ顔といった様子だ。
ー私は、あんな地べたを走り回る奴らとは違うー
また、聞こえた。
俺が触れているのは世話をしている馬しかいない。
そんな・・・。まさか人間以外に対しても心が読めるようになってしまったのか、俺は。
読心術は武術や魔法とは違い、スキルレベルなんて概念は無い。
この状態を敢えて概念付けるとすれば、読心術レベル2といったところか。
この世界に転生する際にギフトとして授かった日から、今まで能力に変化は無かった。
読心術のスキルレベルが上昇する条件はわからないが、読心術を人間以外にも行使できるようになったみたいだ。
ーあぁ、見上げるだけでなく、この空を自由に駆けてみたいー
しかしながら・・・。能力を通しているからなのか、知っている言葉に翻訳されて聞こえてくるとはね。
苦手な対人関係を克服しようとして得た能力なのに、馬に心を通わせられるようになっても仕方がないのだけど。
「大人しいね、空が好きなの?」
厩舎の外では他の馬が人を乗せて走っている様子が見られた。
乗馬用の馬の調教をしているようだ。
そんな様子には目もくれず、雲一つない青空を見上げているのでシルヴィアが話しかける。
「この子の名前、まだつけられていないんだったらさ。
ソラ、なんてどう?」
シルヴィアは周囲に他の厩務員が居ないことを確認してから、馬の名前を提案してきた。
「・・・空が好きだから?」
「うん。名前がないなんて、かわいそうだよ。
私たちだけでもそう呼んであげようよ」
「いいんじゃない」
無邪気に馬の名前を考えたシルヴィアに対し、微笑みかける。
魔法演舞にて披露する魔法が決まってから厩舎全体で名前を考えると言っていたが、それまでのとりあえずの名前だ。
ソラと呼ばれたとき、耳を呼ばれた者に向け身を摺り寄せている。
シルヴィアに着けてもらった名前を気に入ったようだ。
「よろしくね。ソラ」
ソラがヒヒンといななき首を上下させる。
まるでくるしゅうない、と言っているような態度だった。
・・・馬のクセに、なんて奴。
「おお、なんだもう懐かれたのか。
ダービーに出る馬だってのに、いたずらばかりするんでうちの厩務員は誰も世話をしたがらないから困っていたんだ」
一通りの仕事を終える頃にギニーが様子を見に戻ってきた。
「そうなんですか?大人しくしてましたよ」
シルヴィアはこの日、初対面で言葉が通じないにも関わらず馬との親密な関係を築こうとしていた。
「ふむ。そういやお前たちも魔法が使えるんだったな。
魔法が使える者同士、通じるものがあるかのかもしれん」
一方の俺はというと。
読心術で馬の心に触れることが出来るようになったにも関わらず、世話をしてやっているんだと心のどこかで馬を見下していた。
無意識に、馬と人間は対等な関係と思わずに距離を置いてしまっていた。
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朝早くから厩務員として仕事をしていたので昼には仕事が終わる。
午後からは馬を窮屈な独房から解放し広大な厩舎の敷地を使って放牧されるため、その間厩務員は休憩できるのだ。
ひとまずギニーの家に帰り、昼食をとる。
「お前たちは今日の仕事は終わりだ。
字は読めるか?これ、暇なときに読んでおいてくれ」
昼食を食べていたテーブルにパサリと紙の束が置かれる。
表紙にはデカデカと〈サンセットダービー〉の文字。
「ダービーのことについて色々書いてある。
俺は部屋に戻ってちょっくら昼寝して、また厩舎に戻るからよ」
「わかりました」
そう言いながらギニーは欠伸をしながら家の1階にある自分の部屋に引っ込んでいった。
大会規約をペラペラとめくっていき、シルヴィアと肩を寄せ合いながらソラが出場する魔法演舞のページに目を通す。
ページには、魔法演舞が行われる会場の見取り図が記されている。
会場は球状になっており、アリーナの中央で馬が乗り手の指示で魔法を披露する。
アリーナの周りは観客席になっており、その一角に審査員席が設置される。
次に魔法演舞の内容について。
・持ち時間は1分間
・馬の魔力が尽きるまで何度でも魔法を使用してよい
・ダービー評議会が有する高名な魔法使いにより公正な評価が下される
高名な魔法使いって何だよと心の中でツッコミを入れるが、ページの下には数名の人物の写実的な似顔絵が載せられており、人物名と習得している魔法のスキルレベルも併せて書かれている。
四属性のそれぞれスキルレベル6以上を習得している者が審査員として配置されるようで、高度な魔法を発現させたとしても専門外なので評価されないといった事態は無いようだ。
その次のページには使用する魔法についてのルールが記載されている。
・馬の魔力によってのみ発現させた魔法を披露すること
・騎乗している乗り手が何らかの魔法を使用した場合、即失格
・魔石や魔道具を用いての魔法の発現させた場合、即失格
馬の魔法演舞なのだから当たり前だろう、と思うが。
乗り手が魔法を使って誤魔化そうとする輩もいるようでその辺が明記されている。
注視すべきは2つ目と3つ目のルール。
最悪処罰の対象になるようで、ギニーの厩舎に迷惑をかけないためにも大会規約を遵守しなければならない。
「頑張ろうね、ヒューガ」
「うん」
シルヴィアは大会規約を読むことで、俄然やる気が湧いてきたみたいだ。
しかし俺もシルヴィアも、他人に魔法を教えた経験なんて無い。
ましてや、言葉の通じない馬に魔法を教えられる自信など無かった。




