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45.呼び名

 グロース領の家を出発し、モンテブルグ国の西隣りに位置するウェスタニア地方を目指す。


 ウェスタニア地方の特色としては、なだらかな丘陵が広がり野性の馬が多く生息している。

 家畜として人の手で交配させて生産されることも盛んに行われており、周辺諸国においても交通手段としてその需要は高い。

 馬の恩恵を大いに受けている者は、ウェスタニア地方のことを敬称としてホースマンズ・サンセットと呼ぶこともある。


 モンテブルグ国内でも馬車や乗馬での移動手段として用いられている。

 

 以上が、これから向かう場所の図書館で借りた本から得た知識だ。

 毎週末、学校からグロース領に帰省するときにお世話になった厩舎の馬も、ウェスタニア地方産の馬だ。


 「ふぁー・・・」

 家を出発し、10分もしない頃。

 馬に跨るシルヴィアが大きな欠伸をしている。


 「昨晩はよく眠れた?

 散歩した後、いつもは部屋に戻って二度寝しているんだっけ?」

 「良く眠れたんだけど、馬に揺られてると乗り心地が良くって。

 周りの景色もいいし。何て言うか、夢心地な気分」

 

 出発する前の夜。

 シルヴィアには空いている祖父タイガの部屋で夜を過ごしてもらった。

 タイガ爺ちゃんの巨漢に合わせた、キングサイズのベットがある部屋だ。

 その大きなベッドの、ほんのすみっこだけを使って眠ったらしい。

 

 シルヴィアが馬に乗れるかどうかもわからなかったので、とりあえず馬に慣れてもらおうと思い乗せている。

 旅の道中、彼女の体力が心配、というのもある。

 自分で歩くよりかは幾分かマシなはずだけど、馬に乗ることを悪く思ってはいないようだ。


 「馬上だと無意識にバランスを取ろうとするから、慣れていないうちは疲れると思う。

 いつでも休憩したくなったら言って欲しい」

 「うん。でも歩いてる方が疲れない?」

 「剣に触れている限り、いくら歩いても疲れは感じないよ。

 武術スキルの恩恵ってやつでさ」

 「いいなあ」

 

 武術スキルのことを羨ましがられるが、武術のギフトを授からずに身に着けるのはおすすめはしない。

 俺自身、ギフトを授かっていない体術のスキルを身に着けようとして数か月の間地獄を見た。


 「武術のスキル、身に着けてみる?」

 「うーん・・・遠慮しとこうかな」


 毎朝やっている散歩のように中身のない会話をしながら歩くていく。


 出発してから、小1時間ほどが経過した。

 すっかり喋ることも無くなって、黙々と歩いていた。


 目の前の景色は変わり映えしないが、方向を見誤らないのはモンテブルグ山脈が常に北の方角に見えるからだ。

 無限に草原が続くかと思ったところに、農村が見えてきた。

 少し盛り上がった丘の上から、遠目に豆粒のように木造の家が並んでいる。

 

 「今日はあそこに見える村で宿を探して、そこに泊まろう」

 「うん」

 「・・・宿がなかったらおそらく、野宿になると思う。

 それでも大丈夫?」

 「うん、大丈夫」


 これから行く先々での心配事その1。


 毎夜雨を凌げる寝床で寝れるか。


 必ずしもそういった環境にありつけるかなんてわからない。

 眠っている間だって、襲われるかもしれない。

 金目の物だって盗られているかもしれない。


 それを彼女は不安に思っていないのか、聞いてみたのだけど。

 特に悩む様子もなく、快い返事が返ってくる。


 「本当に大丈夫?野宿だよ?」

 「うん。実はね、こういう行く宛のない旅みたいのに、憧れてたんだよ。

 学校を卒業したらまたコーラリア王室に戻ることになっていたから、もう諦めていたんだけど」


 朝学校の外に散歩をするために地下道を作るのに協力してくれたときもそうだった。

 シルヴィアには自由に対する欲求みたいなものがあるのかもしれない。


 今日は週明けの月曜日。

 陽の高さからして時刻はちょうど午前の授業が始まったころだ。


 「じゃあ・・・もしかして学校にいたときよりも今の方が良かったりする?

 説明もせずにいきなり連れ出したからさ。申し訳ないと思ってたんだけど」


 学校で授業を受けていた時と、今のこの状態を比べてみて。

 流石に今の方が良いなんてことはないだろう、と思いながら聞いてみる。


 「学校も授業は楽しかったし充実していたけど、今も楽しいよ。

 ワクワクと、不安が入り混じってるっていうのかな。

 あと・・・旅の間、呼び方変えた方が良いかも」


 シルヴィアに言われて気が付く。

 確かに、今の俺たちは逃亡中の身だ。

 お互いの名前を呼んでいたら足が付くに決まっている。


 「連れ出した俺の方が気付くべきだったよ。ごめん」

 俺が謝ると、彼女が首を横に振る。


 「ううん、いいの。それよりどんな名前にする?」

 新しく、お互いの名前を考える。

 シルヴィアのことは既に愛称で呼んでいるが、念には念を入れて全く別の呼び方にするのが良いだろう。

 とはいえ人に名前を付けるなんて経験はそうそう無いので、困惑してしまう。


 「「うーん・・・」」


 お互いの名前をあーでもない、こーでもない、と考えながら歩く。

 考えながらも馬の進行速度に合わせて進んでいるので、先程豆粒程度の大きさに見えていた村がどんどん近づいてくる。


 人の名前を考える、ってどうすれば良いんだ?

 あだ名くらいなら、考えたことはあるけど。


 ふと、彼女のフルネームのことを考える。


 シルヴィア・ミア・コーネリア。

 フリーデン養成学校での最初の授業で紹介されて、なぜか一発で覚えられた彼女の名前。

 確か、平和を願って付けられた名前なんだっけか。


 「ミア、ってのはどう?」


 俺が最初にそれを聞いた時はなぁ~にが平和だよ、なんて思っていたが、今ではそんなこと微塵も思っていない。

 過去のその思いと決別するためという意味も込めて提案する。


 「わかった。ミア、ね。

 私はミア、私はミア・・・」


 俯いて、呪文を唱えるようにしてぶつぶつと呟いている。

 自分に言い聞かせてインプットしているらしい。


 「じゃあ、次は俺の名前かな。

 ・・・何か思いついたりする?」


 シルヴィアの旅の間の名前が決まったところで、次は俺の番。


=====================================


 旅の間の、彼の名前を考える。

 鞍上で馬に揺られながら、モンテブルグ山脈の雄大な自然を眺める。


 昨日のフラウさんとの会話を思い出す。


 「シリィちゃん。

 女神の祝福を授からなかった者は15歳を迎える前に死んでしまう、っていうのは知ってる?」

 「はい。ですが1年間彼の側にいましたが、生気がないとか、そういった気配を全く感じません」


 入学してから、うやむやだったギフトとスキルのことを改めて詳しく学んだ。

 ヒューガは、女神の祝福でギフトを授からなかった。


 つまり、記録どおりであれば、あと1年たたずで死んでしまう。

 あのヒューガが、あと1年で?


 「しかも旅先で亡くなったことにしてくれって自分から言うなんて。

 まるで自分は死なないって確信してるみたい」


 ギフトを授からなった者は、15歳の誕生日を超えて生きられない。

 それがなぜかはわからないけれども。

 それ以上生き永らえたという記録が無いのだから、そうなのだろう。


 「11歳になって、女神の祝福を受けに行った時も何とも思ってなかったみたいでね。

 まったく、こっちの気も知らないで・・・」

 「本当は何か、ギフトを授かっているんじゃないですか?」

 「ふふ。本当に、そうだとしたら良いんだけどね」

 「だとしたら・・・。

 彼が持っているギフトは、どんなものだと思います?」

 「そうねえ。

 ライガさんは勝手に納得して、剣術のギフトを授かったんだって思うことにしたみたいだけど。

 私はそんなんじゃないと思うわ」

 「では、どんな・・・?」

 「わからないけど。

 たまにね、思ってたことを言ってないのにやってくれたりすることがあるのよね」

 「あ、それ私も経験あります。

 だとしたら、例えば心の中を覗く能力、なんてのはどうでしょう?」

 「それよ。おそらくそうゆうギフトだと思うわ」


 家事を手伝いながら、フラウさんとヒューガのことで談笑していた。


 そんな彼はいつも私のやったことに対して褒めてくれる。

 私に優しい目を向けてくれる。

 私にとって、彼はそうゆう人。

 

 「貴方の名前は・・・カイン」


 彼の優しい目にちなんだ名前を提案すると、気に入ってくれた。


 すっかり陽が頭の上に登る頃。

 旅の間のお互いの呼び名が決まったあたりで、村に到着した。 

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