44.旅の始まり②
シルヴィアを連れて来た経緯を説明し終えて。
フラウとシルヴィアをリビングに残し、剣の稽古をするために家の外に出る。
「剣は鍛冶屋で買ったのか?」
「はい。前に教えてもらったところです」
そこで買ったザ・平凡な一振りをライガに見せる。
「うむ、いたって普通な、良い剣だな。
いざと言うときは体格に合う握り慣れた剣で戦うのが力を発揮できるからな」
「はい。今朝は馬上で槍を持った相手だったのですが、戦いやすかったです」
金属同士の擦れる音をさせながら鞘から引き抜き、一振り、二振り。
虚空に向かって素振りをする。
「旅の間、何の目標もないのもつまらんだろう?
どうだ、剣術や体術のレベルアップも兼ねて、修行の旅にするってのは」
「修行、ですか・・・?
道中の危険から彼女を守ることだけで精一杯だと思うんですが・・・」
これから1年間、何の後ろ盾もない環境で放浪するのだ。
どんな厄災が降りかかるか、予想もできない。
「そんなことを言うな。前にモンテブルグの軍でちゃんとした訓練を受けさせたいと言ったな。
世界は広いぞ、武術を修めた者と偶然出くわすこともあるだろう。
挑戦するのも良し、俺とやってるみたいに教えを乞うのも良い。
いわゆる、武者修行ってやつだ。武術のレベルアップを図るには良い。
剣術のレベル8、あわよくば9を目指せ」
剣術のレベル9。
〈ウォーデン〉先代隊長である祖父タイガの剣術の域を目指すということになる。
「達成するまで、帰ってくるな。いいな」
「はぁ・・・、わかりました」
生半可の努力では到底到達できないだろうけど。
渋々、承諾した。
それから木剣に持ち替え、いつも帰ってきたらやっているようにライガと剣の稽古をした。
陽が頭上まで上る頃に稽古を終えて家の中に入ると、昼食の準備をする良い匂いに迎えられる。
「もうすぐ出来るから、お皿準備してくれる~?」
「は~い!」
家の外で剣の稽古をしていた数時間の間に、何があったのやら。
今朝初対面だということが疑わしい程に、キッチンで食事の準備をするふたりの様子は、まるで実の母親と娘のようだった。
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ヒューガが私をここに連れて来た経緯を説明し終えて。
ライガさんとヒューガは剣の稽古をするために外に出ていったので、フラウさんとふたりきりになった。
「ヒューガは昔からね、私たちの子供かって思うくらい本当に出来た子供なのよ。
剣術も魔法も、早くから身に着けていたわ」
「彼の剣術を今朝初めて見ました。
あの強さは入学する前から、ってことですか?」
「そうなのよ」
フラウさんはリビングで家事をしながら、ヒューガの生い立ちについて話してくれた。
歩けるようになってすぐ、家の周りを散歩していたこと。
6歳から剣を握ってライガさんと剣の稽古をしていたこと。
10歳には先の大戦で活躍していたライガさんと互角に剣を打ち合える腕だった。
武術の才能だけではなく、魔法の才能もあったこと。
フラウさんに教えられて、入学前には3種の属性魔法を習得。
そして、来る女神の祝福を受ける日のこと。
数々の才能を開花させたにも関わらず、何のギフトも授からなかった。
フリーデン養成学校に入学してからは人との関係に悩み、フラウさんに相談していたこと。
フラウさんはヒューガに私たちの傍についていてあげなさい、と助言した。
そう言えば、最初は嫌がっていたのに朝の散歩に毎日来るようにヒューガから誘ってくれたっけ。
「旅の間、ヒューガのことをどうか、よろしくお願いします」
「そんな、頭を上げてください」
ヒューガの生い立ちについて話してくれた後、家事をする手を止めて私に深々とお辞儀をする。
世話になっているのは、どちらかというと私の方だというのに。
「旅の道中のこともそうなんだけど、帰ってきた後にやりたいことはあったりするの?
シリィちゃんはヒューガと将来、どうなりたいとか。聞かせて欲しいな」
ヒューガには親しくしてもらっていて、私のことを愛称で呼んでくれていることを言うとフラウさんも同様に愛称で呼んでくれた。
「えっと・・・。
私は土魔法を使えるので土地の開拓が出来ます。
どこか広い土地を使って、牧場を始めたり、農業をしてみたいと思っているんです。
できるなら・・・彼も一緒にいてくれたら」
下を向いて指で四角を作りながら、自分の中で描いている妄想を告白する。
言いながら、恥ずかしくて、顔から火が出そうだった。
図々しいことを言っている自覚はあるので、フラウさんの顔を見ながら言うことが出来なかった。
「とっても素敵じゃない!
しかもそれなら、うちの領で出来るじゃない!土地なんていくらでもあるんだから。
旦那には言っておくわ。旅から帰ってきたら、すぐに始めましょう」
「あ、ありがとうございます」
ヒューガに酪農という新しい産業について説明してもらった日から、考えていた。
いつかグロース領に訪ねる時がくれば、ヒューガの御父様である領主様にこちらから頼み込むつもりだった。
フラウさんがかなり乗り気で、私の手を取ってブンブンと上下に振っている。
領主夫人であるフラウさんの協力が得られるのであれば、かなり心強い。
「そのために、あとひとり居て欲しい人が居るんですけど。
・・・今朝急に学校を飛び出してきてしまったので、その人を置いてきてしまったんです」
「あら、そうなの?」
「アイリっていうんですけど。しっかり者なので、彼女は一人でも大丈夫だと思うんですが。
今頃、こちらのことを心配してると思うので、無事なことを伝えたいんです」
「そうだったの・・・。
なら、出発するまで時間もあるし手紙を書くなんてどうかしら。
学校に郵送しておいてあげる」
「ありがとうございます」
手紙を、アイリに向けて書く。
生まれ育ったコーラリア王室に向けては何度も書いたことがあるけど。
改まっていつも側にいてくれたアイリに向けて手紙を書くとなると、ちょっぴり恥ずかしい。
「ねえ、シリィちゃん。旅先からも私たちに手紙を送って欲しいな。
足が付くといけないから、宛先だけで差出人は書かなくていいから」
「わかりました。・・・たくさん送りますね」
「ふふ。楽しみにしてるわ。
・・・あぁもうこんな時間。お昼の準備しなくちゃ」
グロース家についた時はまだ陽が昇ったばかりの朝だったが、フラウさんと話し込んでいていつの間にか陽がすっかり上っていた。
「御母様、手伝います」
「あらいいのに。助かるわ」
昼食の準備をしながらも、引き続き話が弾んだ。
アイリに出す手紙は文字編みが使えるフラウさんの提案で、私が考えた内容を文字編みの能力で書いてもらうことにした。
とっても繊細でかつ丁寧で読みやすい文字で私の言葉が綴られていく。
「これで、封をして。
じゃあ明日ふたりが出発した後に出しておくわね」
「お願いします」
色んな事が起きた1日だった。
学校を飛び出した日だというのに、グロース家に温かく迎えられたおかげで穏やかな1日を過ごすことができた。
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翌日の早朝、家の前。
時刻にして、いつも早朝に散歩している時間。
シルヴィアを鞍に乗せ、必要最小限の荷物を馬に乗せ、乗り切らない荷物と剣を手に持つ。
道中の方針としてふたり乗りでは馬の疲労が心配なので基本的にはシルヴィアひとりに乗ってもらう。
俺は自分の足で進むことになるが剣を身に着けていれば身体能力が向上するので、馬の進行速度に問題なくついていくことが出来る。
「シリィちゃん・・・。必ず帰ってきてね」
「ヒューガが付いていますから。大丈夫ですよ、御母様」
フラウが涙を浮かべながら馬上のシルヴィアに向かって出発前の最後の会話をしている。
・・・え?
・・・俺には?
「ヒューガ」
「は、はい」
フラウがこちらに向き直ったかと思えば、険しい表情でずいっとこちらに顔を近づけてくる。
「いい?絶対に帰ってきなさい。
シリィちゃんにひとつでも怪我を負わせてみなさい。承知しないから」
「・・・はい」
俺のことは心配してないの?
なんで?酷くない?
「ヒューガ。ほれ」
ライガから、ずしりとした重さの巾着袋を投げつけられる。
「金だ。重いが、便利だ。大事に使え」
「いいんですか?ありがとうございます」
旅先では出来るだけ目立たないよう質素な暮らしをしようと思っていたので、金を使うつもりもなかったのだけど。
もらえるものはもらっておこう。無くさないようにしないとな。
「皆様、何から何までしていただいて、本当にありがとうございます。
帰ってきたら、必ず何かお返ししますので・・・」
「気にせずにもらっておけ。必ず帰ってきなさい」
数回、言葉を交わし、お互いの顔をじっと見つめる。
俺とシルヴィアはフラウとライガの顔を。
フラウとライガは、俺とシルヴィアの顔を。
「いってきます」「いってらっしゃい」
旅の目的は、シルヴィアと共に無事に帰ってくること。
それから、武術の修行をするという目的もある。
1年間の諸国を巡る旅へ、男女ふたり。
西へ向けて出発した。




