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43.旅の始まり①

 首都の外壁を大きく回り込み、北へ向かう。

 目指すはグロース領。


 どこへ向かうのか。どうして逃げ出したのか。

 

 俺が何を思っているのか。


 それをまだ、相乗りしている彼女には告げていない。


 馬で駆け出して10分ほど。

 馬上での決闘後、そのまま2人の人間を乗せて駆け出し馬の疲労が心配だったので、どこかで一旦馬を休ませたい。


 ジェローム一行からの追手が心配だったが、今のところ追いかけてきてはいないようだ。

 決闘相手をとりあえず動けないくらいにはしたので、そちらの手当に回っているのだろう。


 「一旦馬を休ませたいから、止まるね」

 「うん」

 

 モンテブルグ首都近郊の草原に差し掛かったところに樹が生えていたのでその側で馬から降りる。

 手綱を樹の枝に括り付け魔法で桶と水を作り、馬の前に置くとガブガブと飲み始めた。


 「お疲れ」


 馬にそう言って頭から首を撫でる。

 この世界の技術ではまだ広まっていない蹄鉄を施したとはいえ、決闘での働きは見事だったのでそれを労う。


 シルヴィアに向き直ると、樹の側で腰を落とし空を見上げていた。


 「えっと・・・。グロース領の俺の実家に行こうと思う」

 「うん」

 「両親に会うけど、大丈夫?」

 「うん」


 彼女の側に寄り、腰を落とす。


 飛び出したは良いものの、いくつか気がかりなことはあった。 

 そのひとつに、シルヴィアの従者であるアイリのことがある。

 今からでも、寮の部屋まで迎えに行こうか。

 

 だが十中八九、逃げ出すこと反対するだろう。

 頭の良い彼女を説得させる自信は無い。最悪、言いくるめられるだろう。そうなると、シルヴィアを連れ出した意味がなくなる。

 もう、後戻りはできない。


 「アイリには、手紙を出そう。わかってくれる」

 「・・・うん」


 男女ふたり、空を見上げる。

 青空に浮かぶ雲が行く宛も無く、ゆっくりと動いている。


 グロース領の実家に着くまで、シルヴィアは終始俺の言葉に頷いていた。

 何を言っても、俺が提案したことならなぜか受け入れてくれる。

 エドガーに向かって言っていたように、「勝手に決めないでよ!」と言われるもんかと思ったが。


 どうして俺の言うことは聞いてくれるのか、わからなかった。

 馬上で身体を密着させるので、彼女の心を覗くことはできるけれども。


 今はシルヴィアを連れ帰って両親に何を言うかを考えるだけで、精一杯だった。


 樹の根本で休憩した後、グロース領の家に到着したのはそれから30分ほどのことだった。

 家の前に到着し家に入る前に馬にやる飼い葉や桶に水を張るといった入厩作業をする。

 

 「馬の世話をしてくるよ。ボロい家だけど、入って休んでて」

 「うん」

 シルヴィアは家の前に立ち尽くす。

 グロース領から見えるモンテブルグ山脈の風景に、見とれているようである。


 そう言えばシルヴィアは、幼い頃に一度ここを訪ねたことがあるんだっけか。

 前に読心術で彼女の心に触れた際、在学中にもう一度ここを訪ねたいと願っていたけども。

 それが思わぬ形で叶ったことになる。

 

 入厩作業をした後に家の前に戻っても、まだシルヴィアは家に入らず馬から降りた場所で景色を眺めていた。


 「ヒューガ、帰ったの~?・・・あら?」

 

 家の中から出てきたフラウとシルヴィアの目がばったり合う。

 

 「いつの間にそんな可愛らしい女の子に・・・」

 「いや、そんなわけないでしょ。シリィ、入ろう」


 少し間の抜けたふたりの出会いに横から水を差し、家に入ることを促すと彼女はやっと家に入ってくれた。


 「シルヴィア・ミア・コーラリアと言います。

 ヒューガ君とは、フリーデン養成学校で入学当初からのお友達です」


 家に入るなりシルヴィアが自分から丁寧な挨拶をする。

 俺から紹介しようと思っていたのだけど。

 挨拶をし慣れているというか、こういうところをしっかりしてるんだよな。 


 4人でリビングの椅子に着席する。

 フラウはミルクをカップに注ぎ、俺とシルヴィアの前に。俺がそれに口を付けると、シルヴィアも合わせて飲み始めた。


 「この領の領主をやらせてもらっている、ライガ・グロースだ。

 隣国の王女様なのにこんなボロ家に迎えることになってしまうとは、すまんなぁ」

 「構いません、御父様。お気遣い痛み入ります」

 「フラウ・グロースです。ゆっくりしていって。

 前もって言ってくれれば邸宅のほうにお迎えしたのに」

 「大丈夫です、御母様」


 透き通る声で御父様、御母様と呼ばれたふたりはその言葉をじーん・・・と噛み締めていた。

 どうやら息子よりも娘の方が欲しかった様である。


 「さて・・・隣国の王女様、か。そんな方がなんでこんなところに。訳ありか?」

 「ねえ。ヒューガにまさかこんな可愛い友達がいたなんてねぇ。

 もしかして、前相談してくれた知り合いってこの子のこと?」

 

 ライガとフラウの両人から質問攻めにあう。

 対処しきれなくなったので、彼女をここに連れてきた経緯を説明した。


 「そんなことが・・・王族ってのも大変だな。

 それで、これからどうするつもりだ?」

 「1年ほどの期間、身を隠したいと思います」


 1年とは、とりあえずのコーラリアがシルヴィアのことを諦めてくれるであろう期間だ。

 そもそもコーラリア王室がどれほどシルヴィアに固執しているかはわからないので、本当にとりあえずの想定だ。


 「グロース領でお前たちを匿う、ということか?

 可能と言えば可能だが・・・難しいだろうな」

 「いえ、それではこの家にも迷惑がかかると思いますので・・・。

 彼女を連れて1年ほどの期間、諸外国を巡る旅に出たいと思っています。

 どうかその許可を頂きたく」

 

 ここに来るまでの馬上で、シルヴィアの身を隠すための方法を考えていた。

 その案としてひとつ、旅に出ようと思っている。


 旅はどのくらいの期間なのか。旅の目的は何なのか。どこに向かうのか。


 「旅か・・・。しかし国の要人を連れ去ったとなれば、お前たちは追われる身になるだろう。

 それはどうするんだ?」

 「俺のことは・・・ノーギフトの者が短い天命を全うし、亡くなったことにしてください」


 旅先でも追われないようにするためにはどうすれば良いのか、俺なりに考えていた。

 自分の死について話すのはあまり気分の良いことではなかったけども、今はそんなことはどうでも良い。


 「ギフトを得られなかった者の寿命って、来年まででしたよね?それを利用できないでしょうか。

 ここを発ってある程度の期間が開いた後に、行き先で俺が魔力切れで倒れていたということを公表してください」

 「・・・死んだ者は追えない、ということか。

 お前のことはひとまずそれで良いとして。彼女のことは?」 

 「連れ去った俺が死んだのだからそのまま行方知れず・・・といったところでしょうか。

 そもそも僕たちが旅に出る前にここに寄ったことを言わなければ、どうとでもなると思うんです」

 「それはそうだが・・・」


 ライガは溜息をつきながら、俺の考えを聞きリビングの天井を見上げている。


 大体が週末だけ帰ってくる息子が帰ってくるなり一人の女性を連れて旅に出たいなどと言っているのだ。

 滅茶苦茶なことを言うな、と殴られるのも覚悟していたが。

 話を聞いてもらっているだけでも、理解のある親だと思う。


 フラウは黙々と、テーブルに紙を置き何かを書きこんでいる。俺とライガの会話の内容を記録しているんだろうか。

 シルヴィアも旅の内容について、口を挟まずに聞き入っている。


 「お前が俺たちに迷惑が掛からないよう、考えがあるのはわかった。

 ・・・いいだろう、旅にいくことを許可する。身の上のことも協力してやろう」

 「ありがとうございます」


 俺はテーブルに突っ伏すような形で、頭を下げる。

 シルヴィアも小声でありがとうございますと言いながら、頭を下げた。


 「今のところ追われていないのなら、出発する前に1日くらいゆっくりしていきなさい」

 「そうさせてもらいます」

 「ふふ。シルヴィアさん、少しお話ししましょうか」

 「はい!」


 フラウがライガや俺に向けるような優しい笑顔を、シルヴィアにも。

 女同士、何か話すことがあるのだろう。


 「さぁーてと、ヒューガ。その剣は?」

 「これですか?さっき言った、今朝の決闘用に準備したものです」


 ジェロームとの決闘で使用した剣は椅子に座る前に背中から下ろし、リビングの壁に立て掛けていた。


 「どれ、旅に出る前に最後の稽古をつけてやろう。剣も見せてみなさい」

 「はい!」


 おそらくこの1年の旅の相棒になるであろう剣を持って、外の稽古場に向かう。

 シルヴィアをグロース領の実家に連れ帰った日だというのに、結局やることと言えば、いつもの日常だった。

 

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