39.突然の来訪②
シルヴィアの兄、ジェロームが国賓として来訪するする日の朝。
いつものように朝の散歩をするため、早朝に校庭の隅に歩いて向かっている。
今日はシルヴィアのほうが先に到着していた。
「「おはよう」」
挨拶の声が重なる。
つまらないことだが、そんなことが微笑ましかった。
彼女の表情は昨日会ったときに比べて明るくスッキリとした表情だった。
今日のイベントに際し緊張していたようだがよく眠れたようである。
地下道に潜り、学校の外へ。いつものように瓦礫が並ぶ首都南地区を散策する。
天気は今日も曇天であった。雨が降るような降らないような、モンテブルグの空にしては珍しい天候だった。
ふとシルヴィアの兄、ジェロームとはどんな人物なのか、気になって質問してみた。
「お兄様のこと?うーん・・・」
シルヴィアは兄の事を聞かれて困っている様子だった。
「私と違って明るくて、優しくしてれて、えっと・・・」
兄を想う彼女の言葉は途切れ途切れだった。
俺も前にフラウのことを聞かれてなんて言えばいいかわからなくなったことがあった。
「ギフトは槍術を授かった、って聞いたことがあるけど。朝起きたらいつもお城勤めの軍の人と槍を持って稽古してるのを見かけるよ」
「へぇー・・・じゃあ強い人なんだね」
「強い、とは思う。私が武術をやったことないから、わからないけど」
シルヴィアが武具を持ち、他者と向き合っている場面を想像する。
彼女に対して失礼なのはわかっているけど。
あまりに違和感があるし、想像ができなかった。
地下道を出てから5分ほど歩いただろうか。
瓦礫の物陰に潜んでいた、身なりの良い老人に出くわした。
ごく稀に散歩中、家なき浮浪者の類に遭遇することがある。
モンテブルグ首都は衛兵の目が行き届いているため首都を徘徊する浮浪者はすぐに補導される。
そうなる前に遭遇した場合は目を合わせないようにしてなるべく離れて通り過ぎ、やり過ごしている。
しかしこの老人は佇まいからして違っていた。どこぞの貴族の使用人だろうか。
なんでこんな早朝にこんなところに居るんだ。こちらも人のこと言えないけど。
疑問に思いつつ、老人に近づかないようにシルヴィアの手を引き道路の反対側から通り過ぎようとした。
その時だった。
「おやおや。これはどうして、シルヴィア様」
老人から声をかけられる。ふたりで思わず立ち止まる。
ここはモンテブルグの首都だろ。俺の名前が出てくるのならわかるが、なぜこの老人はシルヴィアの事を知っている?
「あなたは・・・!」
シルヴィアはその老人を見て目を見開いている。
「え、知り合い?」
「この人はエドガー・ナイトローズ。アイリの叔父にあたる方」
「おぉ。そんなお方がなんでこんなところに・・・」
モンテブルグ中央貴族の使用人ではなくコーラリア王族の関係者ということが判明したので、今一度老人を観察する。
豊かな白銀の髪、目元口元にはには深い皺が入っている。
しかし佇まいは足を揃え背筋をピンと伸ばし、年齢を感じさせない風貌だった。
それによく見ると顔や露わになっている肌には無数の古傷が見られる。
先の大戦を経験した武人であると見受けられる。
「なんでこんなところに、か。こっちのほうが聞きたいくらいだ。
現在の時刻は外出時間外だろう」
そう言われて冷静になる。この状況を学校に報告されるとかなりマズい。
老人はそう言いながらこちらに向かって歩いて近づいてくる。
アイリと同じ、スッ、スッと足音を殺した身のこなし。
老人の険しい表情に威圧され目を離すことが出来ない。
本物の殺気を向けられている。思わず腰の短剣に手が伸びそうになる。
「フン、まあよい。
シルヴィア様。本日からジェローム様がこの国に滞在される知らせは届いていますな。
コーラリア王族の護衛を務める私どもが事前に敵城を視察するのは当然のことです」
老人は俺から目を離し、話はシルヴィアへ。
シルヴィアに見せてもらった手紙には次男坊以外に御付きの者が数名来ることが書いてあった気がする。
この人がそのうちの一人ってことね。大体理解出来た。
「・・・敵城って。ここをそんな風に言わないで。
この国の人はみんないい人ばかりなのに!」
話を振られたシルヴィアが、珍しく声を荒げている。
あの温厚なシルヴィアが。
「おお、なんと嘆かわしや。コーラリアを貶めた蛮族が住まう国のことをそのように・・・。
今の発言を国王様や王妃様が聞けばなんと思われるやら」
蛮族って。酷い言われようだ。その蛮族が目の前に居るんだけど。
わざとらしくこちらに聞こえるように言ってる様子からして、そんなの関係無いってか。
さらにエドガーは続ける。
「シルヴィア様が悪い影響を受けないように、露払いとしてうちのアイリとともに留学させたのにも関わらず、無駄でしたかな?
まったく、あの出来損ないめ・・・」
今、なんて?
アイリのことを出来損ない、ですと?
他にも知識のジャンルのギフトを授かった学生と接したことはあるが、彼女は一線を画している。
実際に魔道具の開発で何度も彼女の頭脳に助けてもらった。
そんな彼女を、出来損ないだと?
「元より留学の話は王族一同、反対だったのです。
話の出どころの平和条約など、それも遥か昔に制定されたもの。
やはりコーラリアの者はコーラリアで教育せねばならんようですな。
本日の学校の視察においてシルヴィア様にこれ以上の悪影響があるとこちらで判断した場合、平和条約を解消することも含め早々に留学を切り上げることを王国議会に進言させていただきます」
「嫌!絶対に嫌!勝手に何でも決めないでよ!まだ卒業まで1年以上、やり残したこともたくさんあるの!」
シルヴィアの甲高い声が、遮蔽の無い首都南部に響き渡る。
激情のあまり勢いあまって周辺に魔力を放ったのか、周辺の地面がミシミシと音を立てながら揺れ始める。
「シルヴィア、落ち着いて!」
彼女の本気の土魔法を見たことはないが、辺り一帯が崩壊しそうだったので止めに入る。
・・・人を落ち着かせるのって、どうするんだ?
とりあえず、目線のちょうど良い高さにある彼女の頭を撫でてみるか。
手を繋いでいたほうの手でぽん、ぽん、と2、3度彼女の頭を撫でると、周辺の揺れが収まった。
頭を撫でた彼女は俯いて、落ち着いてくれたようである。
俺も彼女の土魔法の最中に居たので安堵する。
「あー・・・ちょっといいすかね、エドガーさんとやら」
「なんじゃ小僧、年上に対してその口の利き方は!」
「知らねーよ。俺たちは蛮族なんだろ?」
売り言葉には買い言葉だと言わんばかりに言い返すと、彼はぐぬぬと言いながら口を噤んだ。
彼女たちの体裁のために、俺も引くわけにはいかないんだ。
「あんたの話に対して2つ、いや3つか。否定したいことがある」
「・・・なんだ。言ってみろ」
「まずこの学校の人たちがシルヴィアに優しくするのは初回の授業で彼女がちゃんと挨拶したからだ。
それに対してこの学校に通えるような生活に余裕のある学生たちは普通に接しているだけだ」
「物資が不足しているコーラリアに対する嫌味か?」
「そうじゃない・・・。シルヴィアに対して見返りを求めて接しているわけではないと言いたいんだ。
話が通じないなあ、まったく」
1年前の春。初回の授業で一際輝いていたシルヴィアを思い出す。
あの時その場にいた者たちは皆彼女の存在を認めたのだ。
それから一月もしないうちに一緒に地下道を作ったんだっけか。
「シルヴィアは土魔法のギフトを授かった者として頭角を現している。
ここでの生活において彼女の魔法に世話になったことを挙げればキリがない。
魔法の訓練をコーラリア王室では?」
「そんなものしとらん、する必要もないわ。王族自ら働くなどあってはならん。
幼き頃からやっておった土いじりも、そんなことしなくて良いと止めたが周りの言うことをお聞きにならない。
ほとほと困っておった」
この様子だと、やりたいことを彼女にヒアリングしたことさえ無さそうだな。
チラりとシルヴィアを伺う。彼女はまだ俯いたままだ。
「次に従者のアイリ。あんたら彼女を出来損ないと評価しているがな。
知識のギフトを授かった者として将来素晴らしい知識人になるだろう。
国を離れるシルヴィアが心配なのはわかるが、護衛なんかさせている場合か」
「我々ナイトローズ家は代々王家に遣える家系だ。勉学なんぞにうつつを抜かしている場合ではない」
「ッハ。家系ね。そりゃご大層なこって。
まあ体術はあるに越したことはないのはわかるけどもさ。
でも彼女の生物学者の知識こそ、シルヴィアを始め周囲の役に立っている。
それにシルヴィアのやりたいことに対しても見事に合致している。
どうしてそれをわかってやろうとしないんだ」
「・・・主人に対し従者が進言するなどあってはならんことだ」
エドガーの発言に唖然とする。
なんだそりゃ。気軽に発言することさえ敵わない環境なのか。
「さっきから聞いてれば。
若いもんは何も考えず、言われたとおりにしてろってか?」
シルヴィアやアイリだって、ひとりの人間だ。
血の通った、感情のある生身の人間だ。他者から操られる道化ではない。
どんな家庭環境だよ。
それのどこが教育なんだよ。俺だったら即家出してるわ。
「そこまで言うのなら、小僧。本日昼に行われる我々のフリーデン校視察に顔を出せ。
そこでこの学校が留学を継続するに値するか判断する」
急な提案に一瞬困惑するが、確かにこんな何も無いところでいくら問答を重ねても仕方ない。
ちょうどシルヴィアにも次男坊らの学校訪問を見守って欲しいって言われていたし、遠目で見るか側にいるかの違いだ。
「・・・わかった」
「ジェローム様にもその旨を伝えます。では後程。
シルヴィア様、失礼させて頂きます。
小僧・・・逃げるなよ」
そう言い残し、音もなくエドガーは去っていった。




