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3.この世界の海

 ライガとの剣の鍛錬にもだいぶ慣れてきたある日。


 「父さん。戦争の時の話を聞かせてよ」


 ふとした時にどうしてもライガの身体の左側を気にしてしまう。デリカシーが無いと言われても仕方ないが、遠回しに戦争の時のことを聞けば何か聞けると思った。

 俺は剣の鍛錬をするときにつけるよう言われた腕章をつけたままだ。


 「前の大戦の時の事か?今思い出してもありゃ大変だったな」


 大変だったで済む話じゃないだろうに。どうしてもごまかされそうな雰囲気だったのでこちらから踏み入ってみる。


 「その時に・・・その、左腕を?」「ああ、これか?今となってはもう気にしていない。そりゃあ、手が片方使えないのは不便じゃないと言ったら噓になるが」


 ライガは観念したように座り込み、右手で左腕の包帯をさする。俺も隣に座り込む。その時の戦闘の様子が映像で蘇ってくる。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 モンテブルグ軍は勝利に次ぐ勝利でコーラリア国首都近郊まで進軍していた。あと少しで長きにわたる戦争が終わるだろう。

 対峙した相手はコーラリア国の将。槍術レベル8との事前情報がありライガ一人で相手するのは分が悪かった。だがライガが率いる小隊がここで食い止めないと「ウォーデン」本隊が進軍するという作戦が水の泡になってしまう。


 お互い馬上同士。剣と槍ではどうしてもリーチの分槍の方が有利だが馬から降ろせば剣にも分がある。まずはそれを狙う。

 だが素早い突きに押されてしまう。やはり到底適わない。見事な一閃だった。相手の持つ槍の間合いを見誤り深めの一撃を許してしまう。


 「ぐっ・・・!」


 武器を手放し、落馬してしまう。痛みで全身に力が入らない。左腕の上腕からドクドクと、鮮血が流れている。骨がむき出しになりそれから先の腕の部分が皮一枚でぶら下がっていた。あまりの痛みに立つことも出来ない。


 そこに大剣を持った大男が庇いにくる。父タイガだった。


 「ライガ・・・!ええい、よくも!」


 身の丈ほどの大剣を軽々と振るう。互角の勝負だったが、冷静に武器の間合いを図り、懐に潜り込み、馬上の首をそのまま刎ねた。将を討ち取った大業だがその首を確認しないまま、ライガに駆け寄る。


 「大丈夫か!しっかりしろ!傷口を抑えろ!早く―――」


 何か大声で言われているが聞こえない。意識が遠のく。

 気が付くと左腕は厳重に止血され、貧血状態だったがなんとか一命を取り留めた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「モンテブルグ軍はコーラリア国の首元まで攻め込み、むこうがようやく降伏したらしい。・・・俺は意識が無かったので勝利の瞬間を覚えていないがな」


 そうしてモンテブルグが戦勝国、コーラリアが戦敗国として平和条約が締結されて戦争は終結した。


 「お前の爺さんは帰ってくる途中で力尽きちまった。軍司令部からの命令で無理な進軍が続いて疲弊していたのもあったし、作戦を無視して俺を庇いにきた時の傷が深すぎたんだ。最期に掠れた声で〈後は頼む〉って言われたっけな・・・。俺も貧血で意識が朦朧としててな。あまり覚えてないんだ」


 剣の鍛錬をするときにつけるよう渡された腕章はそのときに託されたものだったのだ。


 「もっとどちらかの国の降伏が早ければ被害は抑えられたと言っているやつもいる。政治や国同士のいざこざなんてのは正直難しくてよくわからんが、まあ、そうだったらお前の爺さんも生きていたかもしれん」


 体の古傷をさすりながら、ライガは大勢の戦友の姿を思い浮かべている。

 そしてひと際鮮明にイメージしている赤髪の大男がいる。背丈はライガと同じくらいだが髪は長髪で後頭部で結んでいる。全身傷だらけで、顔もどこか似ている。これが俺の爺さんか・・・めちゃくちゃ強そうだ。


 「それに先代だけじゃなく戦場で一緒になったやつらもな。俺は左腕だけで済んだが、皆倒れた。背中を預けられる気持ちの良いやつらばかりだった。・・・家で嫁やガキが待っているやつもいた」


 現在は孤児や残された人々を引き取り、領内の空き家や土地を無償で貸したりもしている。本当は仕事なんかも用意してやりたいとぼやいているが、十分グロース領は国に貢献していると言えるだろう。


 「だが今の現状を国のせいにしたって仕方ねぇ!死んじまったやつらの分も精一杯生きようと決めてる」


 多くの戦友、そして祖父タイガ。誰もが皆微笑んでいた。今でもライガの心の中にいる。


 「お爺ちゃんの・・・お墓ってないの?」「墓か。この領内には無い。先の大戦で戦死した人たちは首都でまとめて埋葬されたんだ。いつか一緒に見に行こう」


 草原に風がサァーと流れる。とても良い風だ。


 「とても良い話でした」「そうか?」「聞かせてくれてありがとうございました」「ああ」


 話し終わるとライガは大きな手で頭を撫でてくれた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 鍛錬が終わり家のリビングでライガと一緒に談笑しながら昼食を食べる。フラウはいつもは昼食の時間には戻っているのだが、今日は遅くなっているようだ。


 「海って見たことありますか?」

 「海か。前の戦争でコーラリアに攻め入った時に見たことがあるぞ。大陸から南に面してる海でコーラル湾と呼ばれている。俺が人生で海を見たのはその一度きりだな。海辺から見て地平線までずーっと真っ青だった。一緒に戦った奴らも皆見とれていたよ。」


 俺の前世の散歩コースに海は欠かせないものだった。今の散歩コースも気に入ってはいたが、10年も海を見ていないと流石に恋しくなってくる。

 ライガは見たことあるらしいが、戦争に参加しなかったフラウは当然見たことがないということになる。


 「なんだ、海に興味あるのか?」「できればでいいんですけど、見てみたいです。連れて行ってもらえませんか」


 それを聞いてライガは黙り込む。あまり気乗りしないようだ。


 「駄目ですか?」「んー・・・。駄目でもないし出来れば連れて行ってやりたいが」


 ライガは頬張っていたパンを飲み込み、コップに残っていた水を飲み干す。


 「いいかヒューガ。この国は海に面していないからまずは国を越えることになる。国境を超えるのが一番速いコーラリア国でも色々手続きがいる。そこまで馬車を使って行くとなると、行きだけで1週間はかかるだろう。それから帰ってくるとなると2週間だな。俺の仕事も3日くらいなら知り合いに頼めるんだが、2週間もここを空けるとなると難しいだろうな」

 「そうですか・・・」


 一番のネックはやはり移動時間らしい。この世界には電車や飛行機なんてものは存在しないので遠距離の移動は馬車を使うのが一般的だった。

 早い移動手段でも新しく出てこない限りは家族旅行は現実的ではないらしい。


 「あとはまあ・・・あの国の内部はちょっとな」


 ライガが何か言いかける。コーラリア国内のことはあまり知らないので是非聞きたいが、今腕章は外してしまっているので考えが伝わってこない。


 「そうだな、もう少し大きくなって自分で自分の身を守れるようになったら、何人か信頼できる人間を連れて行ってくると良い。国境を越える手続きとか、馬車の手配とか、その辺は協力してやろう」

 「本当ですか!ありがとうございます!」


 本当はこの世界で世話になっているライガとフラウとも一緒が理想だが、領から離れられない理由があるなら行けないのも仕方なかった。

 傍から見れば海を見てみたいというただの駄々こねなので、親が仕事をそっちのけにしてまで子供の願望を叶えてやる理由にはならない。


 でもいつか行こう。必ず。

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