38.突然の来訪①
その日の天候はモンテブルグの天候にしては珍しく、青空一つ見えない曇天の空だった。
「今日は曇りか・・・」
フリーデン養成学校、学生寮。
その2階の角部屋内でひとりぼっちの男子学生が窓の外を見て呟く。
「変な天気だな」
窓から空を見上げる。他にもぶつぶつと独り言を言いながら、授業の準備をする。
男子学生が属する武術のクラスの授業は外で行われるので、天候を憂いている。
「雨、降らないと良いけど」
いつもと違う陽気に悪寒を覚えながらも、朝食に向かう。
フリーデン養成学校の郵便受けに一通の郵便物が届いていた。
学校に届く寮生に向けた郵便物は、寮母が封を切らない状態で一通り目を通すことになっている。
学生を守るための決まりである。
宛名は寮生の関係者からの物であるか。
危険物が内包されている様子は無いか。
その一通は他と比べ、一際目を引く郵便物であった。
封筒からして上質な羊皮紙で、封の仕方は開封口を糊で貼り付ける簡素な手法ではなく丁寧に封蝋されていた。
差出人は住所及び人名が書かれている。
隣国コーラリア、それもその国の王室から送られてきたものであった。
シルヴィアが入学してから届くようになった、一際目を引く郵便物であった。
いつものように寮の職員が手紙を寮生の部屋毎に投函していく。
一際目を引く郵便物も同様に、宛名の部屋へ投函される。
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「シルヴィア様。お手紙です。コーラリア王室からですよ」
「・・・読んでおいて」
アイリが部屋に投函された郵便物を確認している。
祖国からの手紙のようだ。
であれば、内容には一切興味がない。手紙の内容は大体決まっている。
祖国コーラリアの王室に向けて手紙でのやり取りを定期的に行っている。
頻度としては、今では2週間に1通程度。それに対する王室からの返事も、同様の頻度だった。
手紙の内容は、いたって事務的なものだった。
血のつながっている家族に向けた心温まる文通、などといった類のものではない。
学校での授業内容。授業を通して身に着けた成果。
入学した当初は食生活や文化の違い等、目新しいことがたくさんあったので手紙の頻度も3日と置かず送ったものだが。
それに対する王室からの返事は素っ気ないものだった。
そもそも彼女が留学する目的は、国家繁栄のため他国で得た学びを国へ持ち帰るため。
最近は書くこともなくなり半ば疎遠、という状態だった。
やれ最近学んでいることは何だの。やれたまには帰ってこいだの。
少しは国の事を考えられるようになったのか、だの。
御父様か御母様からの手紙。
最早お決まりの、私にとって耳が痛い内容ばかりが書かれているのだろう。
「そういうわけにもいきません。従者である私が勝手に内容を読むなど・・・」
アイリは溜息をつきながら、差出人の欄を見る。
「今回はジェローム様からですよ」
「本当!?」
私はベッドの上で枕に顔を埋めていた態勢から身を起こす。
コーラリア王族次男ジェローム・シュッツ・コーラリア。
幼い頃から身近な人物の中でもアイリの次に私を気にかけてくれた人。
大勢いる血縁の中でも最も親しい、そんな兄からの手紙。
逸る気持ちを抑えながら指先に力を込め封蝋を割り、手紙を開封する。
「シルヴィア様・・・ペーパーナイフありましたのに」
「いいの。早く読みたいから」
雑に手紙の封を開ける様子を見たアイリが再度溜息をつく。
最近は手紙の内容に興味を示さない私のためにアイリが手紙の内容を読み上げてくれていたけど、今回は自分で読む。
封筒の中はこれまた上質な紙に書かれた2枚の便箋が入っていた。
まずはその1枚に目を通す。
ー親愛なる妹、シルヴィアへー
ーまずは最近文章を書き始めたので文字も汚く、読みづらいだろうが許してほしいー
ーシリィが城を離れてあれからもう1年。会えなくてさみしいー
手紙はこの短文だけでも紙を薄く削り取ったり、擦ったりして修正した跡がいくつもあった。
おそらくこの紙に書くまでにも何枚か書き直したものだろう。
苦労して文字を書いた跡から温かみを感じる。
シリィとは、親しみを込めて呼ぶときの私のことだ。
最近散歩に一緒に行くときの彼も、偶然だがそう呼ぶようになった。
ー元気ですか。モンテブルグは寒いと聞きます。風邪はひいていませんかー
こちらの体調を心配する一文に兄の優しさを感じる。
この国に旅立つときには多忙で会えなかったけど、幼い頃に触れた兄の優しさが懐かしい。
この国は確かに1年を通して肌寒い。
特に冬の間は厳しい寒さだったが、ヒューガが作ってくれた魔道具、ストーブのおかげでアイリともども凍えることなく過ごすことができた。
ーさて、コーラリア王室から何度か帰省するように伝えていると聞いているけれどー
ー良い返事が返ってこないとのことで、こちらから様子を見に行くことにしましたー
ー別の紙にそちらへ行く日にちが書かれていますー
ー早馬をとばしていくつもりです。会える日が楽しみですー
ージェロームよりー
手紙に書かれている文字はそこで終わっていた。
「ジェローム兄様がモンテブルグに来るの・・・?」
「そのようですね」
同封されているもう1枚の折りたたまれている便箋を開く。
2枚目の便箋の筆跡はまだ拙い文章しか書けない兄が書いたものではないことは明らかだった。
おそらく王室勤めの書記が書いたであろう書類。内容は簡潔に、非常に読みやすい書式で書かれている。
来訪日時。滞在日数。来訪する人物名、人数とその肩書き。滞在目的。
便箋の最後、紙の右下にはコーラリア王室、コーラリア軍部の印章が押印されている。
おそらく国賓として正式に迎えられるのだろう。
「えっと、お兄様が来る日にちはーーー」
「今日がこの日ですからーーー」
シルヴィアとアイリ、ふたりの視線が学習机の卓上カレンダーに集中する。
コーラリアからモンテブルグへと郵送される際、他の荷物と共に馬車でまとめて届けられる。
なので手紙の封をしてから届けられるまで、1週間程度のタイムラグが発生する。
差出人はそのタイムラグやこちらが迎える準備などの諸々を計算していないのであろう。
コーラリア王族第2王子ジェローム、そして数名のお供のモンテブルグ国首都来訪。
その日が、明日に迫っていた。
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「・・・ヒューガ、私どうすれば良いと思う?」
俺がコーラリア王族の次男坊がモンテブルグ首都来訪及びフリーデン養成学校来校の知らせを聞いたのが、彼女たちに手紙が届いたその日の昼のことだった。
選択授業の無い週明けの午後。いつものように自主的に魔道具の教室で魔石の研究を進めようとしていたところ、シルヴィアがひとり神妙な面持ちで教室に訪ねてきた。
いつも傍にいるアイリはいなかった。
なんでも、明日までに出来る限りの準備がしたいと買い出しに行ったり、学園長と打ち合わせをしているらしい。
「どうすれば良いって・・・家族に会うだけだよね?普段通りで良いんじゃない?
来訪される期間、休学もさせてもらえるだろうし。・・・シリィはどうしたい?」
愛称で呼ぼうもんなら手を出してくる従者は今はいないので気軽に会話する。
教室には、俺たち以外にも2人の人間がいる。
リンネは教室の後ろの方で自分の研究を進めている。
ノウンは机に座って自習中。チラりとシルヴィアを一瞬みたが、すぐに目の前のノートに目を落とした。
「えっと・・・」
彼女は俯いて、黙ってしまった。
・・・まあ、考えていることは大方察しはつく。1年ぶりに家族に会うのだ。
手紙の内容からして彼女の現状を心配している様子が伺える。
なのでこれといった体調不良もなく、息災でやっているということを伝えることがまずひとつ。
それから彼女の必修授業でやっている魔法の習得。
2年生に進級するときに学生全員、スキルレベルを再度鑑定される。
彼女は入学当初から、地下道施工の際にも自ら考えながら魔力を放っていた。
重機のような魔法の使い方の他にも魔道具の器のような繊細な魔力の使い方も習得している。
そんな努力の甲斐もあって、彼女の土魔法のスキルレベルは5にアップしていた。
しかしながら、土魔法の主要な使い道としての建築や土地開発をしようにも、コーラリア国内においては領土が手狭なのでそもそもの土魔法に対する評価は低い。
王室からの評価に値するかは苦しいだろう。
そんな現状で彼女が憂いていることは何か。
やはり卒業後、コーラリアに何を持ち帰れるか。
現時点でのそれを兄に示すことだろう。
しかし彼女はフリーデン養成学校内で1年間の生活で、コーラリアの未来のことを極力考えないようにして過ごしてしまった。
部屋から出れば生活に余裕のある、親切な学生たちから挨拶が返ってくる。
生活で不便なことがあっても周りがフォローしてくれるし、更には魔道具の力で生活が便利になることを知った。
祖国の王室での生活と比べてまるでぬるま湯に浸かっているかのような生活に慣れてしまっていたのだ。
そんなところに突然コーラリアからの国賓が来訪、自分の留学先での生活ぶりを視察しにくると言われているのだ。
彼女は後ろ髪をぐいっと引っ張られるが如く、ぬるま湯から一気に現実に引き戻された。
そんなところだろう。
「ごめんなさい。やっぱり、こんなこと相談されても困るよね」
「何も出来ないとまでは言わないけど・・・。お兄さんと会う場面で、同席することさえ難しいと思う」
シルヴィアには悪いけど、身分のこともある。下賤の者と会うことで向こうの気分を害されると、シルヴィアの立場に影響が出ることも考えられる。
1週間も滞在して、何を見ていくつもりなんだろ。
手紙に同封されている、国賓らの滞在中の予定を見させてもらう。
滞在初日の予定として、いきなりフリーデンに来校し、シルヴィアと面会。
その後校内を見て回った後、夕方には宿に戻る。
「お兄さんと会うとき、遠目で見守るくらいはできるかな」
「うん・・・それで十分。お願いします」
「わかった」
遠目で見守るとは言ったものの。
国賓が学校訪問というのだから、学校中から注目されるだろう。
他の学生と同様に、教室の窓から遠目に眺めることしかできない。
そのまま何の準備も出来ぬまま、当日の朝を迎えた。




