36.なんちゃって蹄鉄
2年生の武術のクラスの必修授業を受け持つリュウ・イシュトバン教官。
ギフトは槍術を授かりスキルレベルは6と他の武術の教官に比べて低い。
年齢も他の教官と比べて若く、露出している肌には傷が見られない。先の大戦を経験していないことは見るからに明らかである。
武術の高みを目指す者として「国に貢献することができなかったことを悔いている」とのこと。
お国を守る軍属兵の鏡のような男だった。
「木製の武具は殺傷能力が低い。相手を動くカカシだと思って存分に武具を振るうことだ」
フリーデン養成学校では授業の一環として、木製の武具で相手を痛めつけない程度の模擬戦が行われる。
1年生の授業の大半が体力作り、基礎訓練といった土台作りや主であったがそれも授業開始から半分までの時間になり、残りの授業終わりまでの時間に模擬戦が行われる。
10分ほど相手と拳を交えた後、教官が決めた組み合わせに従って対面する相手が代わる。
2,3日を1周とし全てのクラスメイトとの模擬戦が終了する仕組みだ。
武術の基礎を修了した者が実践に近い模擬戦を授業としてやる理由は、1年を通してやってきた基礎鍛錬のみだと武術スキルのレベルアップには効率が悪いからだ。
基礎鍛錬のみで習得できる上限はギフトを授かっていたとしてもせいぜいレベル3程度とされている。
それ以上を目指すには実践の場、もしくは実践を想定して他者と武器を交えるのが効率が良い。
実践の場というのは、良い例が戦争である。
スキルレベルを上げる目的のために同時に多数の武器を持った人間と命のやり取りをするのはハイリスクである。
自分の命とスキルレベルを天秤に掛けられるものなどそうはいない。
しかし訓練や模擬戦なんかよりもレベルアップ効率の面でいえば圧倒的に高効率。
俺は授業では剣術をこれ以上伸ばせる見込みは無いので、木製の腕甲と脛あてを装着し体術のクラスメイトと向かい合う。
現段階の体術のスキルレベルはシルバとフィオナがレベル4、他の者はレベル3を習得していた。
なんでもシルバは授業時間外にも体術を極めたいとフィオナの家にまで押しかけ、押しかけられたフィオナもまんざらでもなかったらしくふたりで延々と組手をしていたそう。
そんなシルバと拳を交える。
こちらの体術のレベルはまだ2なのでスキルレベルの差は開いている。
しかしこちらには読心術があるので互角に立ち合えていた。
「どんな角度で拳を入れても既にガードしてやがる。一体どうなってるんだよ」
「あはは。基礎は1年間一緒にやったからね。シルバの攻めに合わせた、守りの型を忠実にやっているだけだよ」
模擬戦の開始時に挨拶として拳と拳を合わせる。
触れたとき読心術が発動条件を満たすのでどこから拳や蹴りがとんでくるのかが事前に分かる。
ライガと幼い頃にやった剣の打ち合いの稽古と比べると、口や態度には出さないが欠伸が出る程の温さだった。
ライガは稽古中の打ち合いにおいて、ふとした瞬間に軸足と反対の足で蹴りを入れてきたり、武技を息子に対して容赦なく使用してきた。
〈ソードスラッシュ〉の際には剣に魔力を込め守りの型で凌ぎ、〈パリィ〉の際には剣を握る両手に同様に魔力を込め剣を弾かれないように凌いだ。
ライガが培ってきた戦闘中のノウハウを頭の中から読心術で読み取らなければ大怪我を負っていたと思う。
そう思えば彼は不器用なりにも色んなことを教えてくれていたんだなあと思う。
クラスメイトとの組手はどこまでいっても基礎の領域を逸しないので想定外の動きをされることもなく、武技を使用されることもないので魔力を消耗することもなかった。
「それにしてもよ、レベルは4にあがったってちゃんと鑑定してもらったのによ。
自信無くすぜ」
シルバは模擬戦の時間いっぱいまでひたすらに俺に向かって拳を振るったにも関わらず、有効打を打ち込めなかったことに対して肩を落として落ち込んでいる。
彼の攻め方は現時点で性格を体現したような真っすぐな鋭い拳、蹴りのみだった。
そんなんじゃ甘いぜ、シルバ。
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週末。学校の休みにグロース領の両親の元へ。
今週は帰省する手段として馬車の予約はせずに馬を1頭だけ借りている。
先週初めて馬に乗ってから待ち臨んだ、乗馬のお時間。
「信用していないわけではないですが、馬の扱いに慣れているか馬具の装着の様子を側で見させてもらいます。
うちの決まりなんでね。馬のところに案内します」
馬を予約した厩舎に早朝に訪れると眠そうに欠伸をしながらこちらの対応をする従業員が待っていた。
口で言うことと違い、彼の目はフリーデン校の制服に身を包んだこちらを明らかに信用していなかった。
まあ前世で言うところの乗用車の免許のように、こちらの世界の乗馬には免許やそれに準ずるものが無いので信用できないのも無理はない。
馬は毛並みが良く艶があり、ちゃんとブラッシングがされているようだった。
先週叩き込まれた馬具の装着をスムーズに終えそのまま馬に跨ると従業員は目を見開いた。
「返却する時間までに再度入厩を確認できない際は馬1頭分の代金を請求しますのでお忘れなく。
では良い旅を」
初対面の時と態度が心なしか変化した従業員に見送られ厩舎を出発した。
カポ、カポ、と早朝の石畳の街並みに馬の蹄の足音が鳴り響く。
馬へ駈足の合図をしても数歩だけ駈足になるがそれが続かず、馬は一向に駆け出すことはしなかった。
前にグロース領の広い草原で乗った時とはまるで違う状況にどうしたんだろうと鞍に跨ったまま馬の様子を伺うが原因がわからず。
これでは家に戻るまで日が暮れてしまうので、一度馬から降りて手綱を引いて道の脇に誘導させようとするが馬は1歩も歩かなくなってしまった。
「おいおい・・・どうしたんだよ・・・」
馬の頭から首にかけて撫でると、すごい量の汗を掻いていた。明らかに様子がおかしい。
足元に目をやると右の前足をぶるぶると震わせていた。痛むのだろうか。
よく目を凝らして蹄を見ると僅かにヒビが入っていた。これが原因のようだ。
進んだ距離からして元から怪我をしていたのだろう。馬の不調に気が付かない厩舎の監督責任だろうと思うが、馬を離れるわけにもいかない。
早朝なので周りにも誰もいないので厩舎の人を呼びに行ってもらうこともできない。
どうしたものか、と途方に暮れているとふと疑問を覚える。
ヒビが入るくらい蹄が柔らかいのに、何の保護もされていないのはなぜだ?
人間でも靴を履かずに道を歩くとそりゃあ足が痛くなる。
そう言えば前世では、馬の蹄の地面に接する面に何か金属を付けていたような気がする。
蹄鉄っていうんだっけか。
・・・ちょっとやってみるか。
馬の側で座り込んでいた身を起こし、立ち上がる。
痛みで震えている前の右足に触れようとした瞬間、触るなと言わんばかりに馬はこちらを足で蹴り上げてきた。
顔面目掛けて迫る蹄を間一髪で避ける。武術のクラスで良かった~。
「頼むから大人しくしてくれ…。そうだ、水でも飲むか?」
土魔法で桶、水魔法で清潔な水を生成して馬の目の前へ。馬の頭を撫でるとガブガブと飲み始めた。
その状態なら足を触らせてもらえたので馬の脚を曲げて蹄の生え際を俺の太腿で挟んだ。
まずは土魔法で周りから蹄に合いそうな平らな石を削り取る。幸い周りは石畳なので手ごろな石が側に転がっていた。
蹄に合わせて更にズレたり離れたりしないようにガッチリと押し固める。
なんちゃって蹄鉄の完成である。
これでどうだろうか。歩けるくらいにはなるだろうか。
蹄を太腿から下ろし、馬に踏んでもらって履き心地を見てもらう。
すると馬の脚の震えが収まっていた。
馬はヒヒンといななく声を揚げ、その場でくるくると歩いた後こちらの腕や顔に首を擦り付けてきた。
「なんだよ。気に入ったのか?」
しかし現状だと蹄鉄の厚みの分脚の長さが変わってしまっているので走り辛いだろう。
他の蹄も割れる恐れがある。なので他の3つの蹄にも同様に、なんちゃって蹄鉄を装着した。
作業が終わり次第馬に跨ると合図も送らないうちに馬が駆けだした。
「おいおい、無理するなよ!」
手綱を少し引き気味にするが馬は言うことを聞かず。
首都郊外の舗装されていない道に差し掛かっても馬はペースを落とさず、そのままグロース領までノンストップで走ってくれた。
蹄鉄を作るのに時間をかけたが結局はいつも馬車に乗って帰ってくるのと同じ時間に家に着いてしまった。
荷物を家の玄関に下ろしてから馬をボロボロの厩に繋ぐ。
「蹄にヒビが入ってるのに頑張ったなあ。ありがとう」
馬に乗って帰省することを事前に伝えてあるからだろうか、厩には山盛りの飼い葉と空の桶が準備されていたので水を張ってそれを馬に与えた。
むしゃむしゃと勢い良くがっつき始めたので、それを邪魔しないようにポンポンと首を撫でた。
しっかり休んでくれ。学校に戻る際も頑張ってもらわないといけないからな。




