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35.ノウン・アーカナの苦悩

 ヒューガさんが授業の無い月曜日も教室を借りて自主的に魔石の研究をしていると聞いて、食堂でのランチの後に僕も魔道具の教室に向かう。


 しかし・・・魔石の研究をすると聞いていたのに。

 目の前のこの状況は一体なんなんだ?


 僕、教室間違えてる?


 教室の机の上には光沢のあるテーブルクロス。その上に広げられた見るからに高級なティーセット。

 ティーカップには紅茶が淹れられ湯気が立っており、人数分のお茶菓子が用意されている。


 「お、来たなノウン。好きなところに座ってくれ」

 ヒューガさんに促され席に座るよう言われる。どうやらいつも授業で使っている魔道具の教室らしい。

 教室にはリンネ教官とはまた別の、僕が知らない2人の美女がいる。制服を着ているので上級生だろうか・・・?


 「ノウン・アーカナ君ですね?シルヴィア・ミア・コーラリアです。よろしくお願いします」

 「シルヴィア様の従者を務めております、アイリ・ナイトローズと申します。以後お見知り置きを」


 教室の入口で石のように固まっている僕に美女たちが挨拶をしてきた。

 状況を理解するのに数秒かかった。


 コーラリアって言った?名前の最後にコーラリアってことは・・・。隣の国のお姫様が留学してきていることは噂に聞いていたけど、本当だったのか!

 そんな人がなんでここに・・・?ヒューガさん知り合いだったのかよ!

 

 挨拶を返そうとするが、失礼だと分かっていても、口が、身体が思うように動かない。


 「ヒューガからノウン君のことを聞いています。魔石液晶というものを作っているって。

 遠くの景色を魔力で映し出すもの、らしいですね。完成するのがとっても楽しみです」


 眩しすぎる笑顔とともに応援しています、と言われ両手でこちらの手をふんわりと包まれる。

 

 「は、はいぃ・・・」

 口にするのはそれが限界だった。身体が強張って動かない。顔が熱い。

 彼女の手からは少しひんやりと柔らかな肌の感触が伝わってきた。


 ヒューガさんの言うにはふたりを呼んで定期的にこうやって意見交換をしているらしい。

 だが場の雰囲気は和やかで和気あいあいとしており完全にお喋りの場という感じだった。


 リンネ教官まで机を囲んで紅茶とお茶菓子を頂いている。出されたものを口にするたびに良いリアクションをしている。

 ヒューガさんにはどうやってこんな美少女たちと知り合えたのか、後で問いただすとしよう。


 「ノウン、あれから開発の方は上手く行ってるかい?」

 「いや・・・魔石の明るさを魔力を送る強さで調節しようと思ってるんですが。

 全然上手くいかなくて・・・。それを複数同時にやるってなるともう想像がつかないです」

 

 アタッシュケースから僕が作ったお椀型の照明を取り出す。

 手で触ってカチカチと操作すれば思い通りに動かせる。

 しかしそれを何個も同時に手で操作するわけにはいかない。


 「ふむ。どの色を点灯させるかを送る信号を魔力回路で作れば良いのではないか?

 各色の魔石をオン・オフするだけならそこまで信号の種類は多くならないだろう」


 お姫様の御付きの人、アイリさんからの助言。この人も顔立ちが整っていてスタイルが良いんだよな。

 主人とは対称的で声が凛々しくて、性格はきつそうだけど。

 

 「・・・と言いますと?」

 「きみはヒューガと違って察しが悪いな・・・」


 呆けた顔で返事をするとアイリさんから冷たい目を向けられるが、淡々と詳しい説明をしてもらえた。

 例えば赤をオン、オフで2通り。3色操るとして2の3乗で8通り。

 8通りの信号ごとにあらかじめどの魔石がオン、オフするかを決めておいて、それぞれ違ったパターンで魔石を点灯させる。


 「そこまで難しいことは説明していないだろう」と言いますけどもね、さっぱりわかりません。

 もしかして色や数の勉強もしないといけない分野なのだろうか。

 初回の授業でリンネ教官とヒューガさんにうまいことノせられてしまったけど、もしかして僕はとんでもない世界に足を突っ込んでいるんじゃないか?


 急に不安になってきた。

 僕にはこんな高度な魔道具の開発をするにはまだ早かったんじゃないか・・・?


 幼い頃にサボってしまったせいだが、そうゆう基礎的な教養を身に着けることをまずはやったほうが良いよな・・・。

 午前中に行われる知識のクラスの必修授業をもっと真面目に受けようかな。


 入学前に魔石を好きに弄っていたときは考えるということをしなかった。

 目の前の魔石が七色に光るのを眺めているだけで時間を忘れるほど楽しかったし、それで満足だった。


 アイリさんから助言をいただいたのはありがたいけど、話の内容にまったくついていけず頭がパンクしそうだった。


 「ノウン、一度魔道具の開発について落ち着いて考えてみようか」

 あれこれ考えてうな垂れていると、ヒューガさんが何か教えてくれるらしく手に持っていた紅茶が入ったティーカップを皿に戻して立ち上がり、教室の壇上に向かう。


 「あ、ヒューガ君が板書するときはちゃんと聞いておいた方が良いですよノウン君」

 リンネ教官はニコニコ、ワクワクとした表情で板書するヒューガさんの様子を見ている。

 いや、教官が聞く立場なんかーぃ。


 「完成までの道のりを書き出してみよう。ロードマップっていうんだけどさ。作業を細かく段階にわけて考えるんだ。

 それを1個ずつクリアしていけば完成するって寸法さ」

 黒板にチョークが走るカツカツと軽快な音が教室に響き渡る。


 ①まずは魔力信号のみで点を発光させる

 ②複数の点を並べて面にし一枚の絵を完成させる

 ③目に映る景色を魔力信号に変換する

 ④、⑤、⑥・・・。


 魔石液晶を完成させるまでの道のりが細かく分割されていく。

 

 自分で作ろうとしているものでもないのになんでそんなにスラスラ書けるんだよ。

 僕が持ってきたものを見てすぐに液晶というものを考え付くのもそうだが、ヒューガさんの発想の源はどこからやってくるんだ?


 「こんな感じかな。全部を一気にやるのは無理だけどこうしてみればひとつひとつのことに集中して出来そうだろ?」

 「それはそうですけど・・・」

 分けられた作業はどれをとっても少なくとも数か月、下手すれば数年かかってしまうものもあるだろう。

 これらの集大成が魔石液晶なのか、と改めて圧倒されてしまう。 


 「フン、偉そうに。実際に開発をするのはノウン君だろう。ドライヤーやストーブを作ったときもこの男はシルヴィア様をこき使っていたからな」

 「もうアイリ、いつのこと言ってるの。お礼ももらったじゃない」

 「いやぁ~・・・あのときは本当に助かったよ・・・。おふたりにはほんと、頭が上がりません」


 ヒューガさんが前にいくつか魔道具を作ったことは聞いているし、実物を寮の部屋で見せてもらったが今まで見たことがない素晴らしいものだった。

 話からするに、ヒューガさんの作業量だけではなく彼女らにも協力してもらったらしい。

 そんなヒューガさんと彼女たちとの関係が羨ましかった。


 「なんとなしに黒板に書いてくれましたが、ひとつひとつがどれも手のかかることだし、技術的に高度なことだと思います。

 なにもノウン君が在学中に完成させる必要もないのだし、焦らずにやってみれば良いんじゃないですか?」


 ああそうか、どうしても在学中に完成させなきゃいけないものでもないのか、とリンネ教官に言われて気付く。

 やろうと思えば道半ばで卒業となっても研究者である限り魔石の研究はずっと続くのである。


 「僕は・・・アイリさんみたいに頭が良くないし、魔法も使えないのでシルヴィアさんみたいに魔道具の器を作れません。

 とても僕の力だけでは作れそうにないので、厚かましいですが、僕もおふたりに頼っても良いでしょうか・・・」

 「もちろん。土魔法で出来ることなら任せて」

 「まあ、知恵を貸すくらいなら良いだろう」

 ふたりから快い返事を頂けたので安堵する。

 なぜか魔道具のことを考えながらだったら、彼女らと面と向かって話すことが出来た。


 「みなさんありがとうございます。希望が見えました」

 「ああ」

 ヒューガさんに目を向けると、優しく微笑んでいた。


 今までは何もかも手探りだったけど、なんとかやっていけそうだ。

 完成するのが楽しみだって言ってもらえたし、頑張ろう。


=====================================


 夜、自室のベッドの上。ブランケットに身をくるんで仰向けになる。

 

 浅い知識ではあるが、またしても前世の知識が役に立った。


 目で見たものを映像として画面に映し出す技術。

 光が上下逆の像を映し出す現象を利用して発明された写真、カメラ。

 そしてそれを繋ぎ合わせたフィルム、映画、白黒テレビ、デジタルの映像と段階を踏んで映像は進化していった。

 

 そういった歴史を全てすっとばしていきなり液晶画面を魔石で作ろうっていうんだから無理に決まっているのだ。

 俺がふと前世のことを口走ってしまったせいで触発されて頑張っているノウンは本当にエライよ。


 自分の部屋のベッドに寝転びながら、俺も魔石を加工するための魔道具の作成に早々に取り掛かることを決心し、目を閉じた。

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