34.乗馬
学年が変わっても相変わらず朝の門限を破り学校の外へ早朝の散歩に出ている。
地下道の蓋は季節ごとに変色してしまうが再度土魔法で押し固めて作り直しているので、地下道の存在が明るみになる気配は一向に無かった。
半年前、肌寒い秋の季節に差し掛かったころの早朝にシルヴィアにとってコーラリアをどう思っているかを質問した。
質問したというより読心術の能力を使っていたので覗き込んでいた、といった表現が正しいか。
考えたくもない。帰りたくない。あの国の人が怖い。どうでもいい。
城から見える海は好きだったけど、今となっては最早この国の自然が好き。
彼女の心の底から祖国を悪いようにしか思ってないという心情を覗いてしまった。
彼女にはもとから自分が生まれた国を良くしようというつもりなんて無かったのだ。
てっきり俺は従者のアイリが国のために動いているもんだから、主人もそうだと決めつけていた。
いらずらに増える人口。行き届かない物資。外へ広げるしか打つ手が無い手狭な国土。
問題を挙げるとすればキリがない。
そんな国の王族として生まれながら人の上に立つ使命があるなんて言われたって、逃げ出したくなるのも無理はない。
逆の立場だったら俺だってそう思うだろう。
例えどんなギフトを授かろうがどんな能力があろうが同じ立場に立ったとしてもそうなる。
そんな環境で育ったあとに外国へ出ることになったら。
そこで生活に余裕のある親切な人ばかりに囲まれて暮らす生活に慣れてしまったら。
帰りたくないって思ってしまうのが普通だろう。
祖国に帰ったら自分の力で国を支えると口では応えてくれたけども、読心術でこじ開けた心は正直だった。
どんなに親しい間柄でも心底に思っていることを口に出す勇気なんてない。
俺と同じだ、と思った。親近感さえ覚えた。
そんな彼女と一緒に散歩することを邪険に思っていた時期もあったが、今ではそんな感情は全くない。
彼女とは手を繋いで歩くようになった。彼女の手を取る俺の手を自然と握り返してくれた。
元々学校の外に出るのだから危険性を孕んでおり、彼女の傍から離れないようにしないととは思っていた。
これで目を離した隙に急に攫われたり怪我を負うことももうないだろう。
シルヴィアはたまにどうしようもなく落ち込んで負の感情から抜け出さないことがある。
でも俺はそれでもいいんじゃないか、と受け止める。
無理に立ち直る必要なんてない。こうやってゆっくり散歩してればそのうち気分も晴れるさ。
俺が散歩している理由の一つに気分が落ち込んだ時に気分を晴らすためというのもある。
彼女が落ち込んでいるときは俺も一緒になって何も考えずに気を静めるようにした。
それがなぜか妙に心地がよかった。
共にズブズブと深いところに堕落していってるような、そんな感じだった。
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ある日の週末。2年生にもなってまだ間もない頃。
グロース領に帰省すると家の側の厩に立派な馬が入厩していた。
今ではほぼ使われていないボロボロの厩に毛並みの良い馬がいるのであまりにも違和感のある光景だった。
「ただいま~」
「おかえり」「おかえりなさい」
家に入ると両親の挨拶が返ってくる。
身なりの良い知らない男性が一人リビングのテーブルに着席していた。見た目からしてライガと同じくらいの年齢だろうか。
ライガもいつもの席に着席しておりその対面に男性が座っている。人見知りの俺は男に対して無意識に身構えてしまう。
リビングのテーブルには既に4人分の朝食が準備されていた。
馬のいななく声が聞こえる。
「・・・あの馬は?」
「ああ、前に乗馬の訓練について話したろう。この前書類を取りに来た軍部の人とちょうどその話になってな、今日1日貸してもらえることになった。
この人はあの馬の調教師だ。馬の乗り方を教えてもらうと良い」
「そうゆうことなら、よろしくお願いします」
リビングの空いている席に腰かける前に乗馬を教えてくれるという男にお辞儀をする。
「ああ、こちらこそ」
男はホットミルクを啜りながら、不愛想な挨拶を返してきた。
朝食を食べ終えた後、休む間もなくグロース領に広がる草原に歩いての移動。男は馬の手綱を引きながら馬を連れている。
馬を借りられるのは1日だけということなので、すぐにでも訓練を始めないと時間がもったいない。
ライガは領主の仕事がまだ残っているとのことで後から合流すると言われた。
知らない男とマンツーマンで乗馬を指導されることになった。
男はいわゆるスパルタ、厳しい人だった。
「おい、これを馬に着けろ」
草原に到着すると男が抱えていた乗馬用の馬具を投げるように手渡される。手綱が付属している馬面と鐙が付属した鞍だった。
男は手に鞭を持っている。
馬具を装着しようにも馬は生えている草を食べるのに夢中で馬面を装着できない。
無理矢理馬面を被せようとすると鞭で手を叩かれた。
「何もわかっていない。お前は馬具を装着された馬を見たことないのか?」
男はわざとらしくため息をつく。
「こうやるんだ。見ていろ」
男は馬の頭から首までを何度か撫でると馬は頭を上げた。その間にもう片方の手で素早く馬面を装着し、手綱を馬の首の上にかける。
「いちいち説明せんとわからんのか。何も考えずに馬車の後ろに乗っているんだろう。お前は中央貴族のお坊ちゃまか?」
そんな感じで俺が間違うたびに男は手や背中を鞭でペシンペシンと叩いてきた。
言われたとおりに鞍まで装着するころには男に打たれた手や上半身の至る所がヒリヒリとした痛みを伴っていた。
「最後に鞭を持って馬に乗るものだが、お前にはまだ早い。馬に乗ってみろ」
てっきり最後に鞭を手渡してくれるもんだと思ってたけど。
ハイハイそうですか。
馬の左側に近寄り、鞍に手をかけ左足を鐙にかける。それから右足で地面を強く蹴り身体を跳ね上げ鞍に跨る。
鐙の片側にかなり体重を乗せたが馬はびくともせず安定していた。
「武術の心得があると聞いていたから身のこなしは良いようだな。乗るまでは30点。
何をボサッとしている。馬を進めてみろ」
馬に乗り手綱を握ると視点が高くなったので、視界が広くなり遠くまで草原の景色を見渡せることに感動していると、男に馬を発進させるように急かされる。
引き気味に握っていた手綱を緩めると馬が進みだした。
「そのまま常足で10分ほど歩いてみて馬に慣れろ」
常足ってなんだよ。説明してくれ。
最初は怖くて脚を閉じてしがみつくように乗っていたが、意外と馬上でも身体が安定することに気付き鞍に接している尻と鐙に掛かる足だけで乗るようにした。
そうすることによってこちらの姿勢も背筋を伸ばすことができ乗り心地も楽になった。結構楽しいなこれ。
「よし、次は駈足、速足とやってみろ」
そんな専門用語いきなり言われてもな。
わからないなりに脚を開いて鐙の前側に体重を乗せると馬が速足になった。
「おい!止まれ!手綱を引け!」
揺れる馬の背中がこちらの腰に打ち付けられる状態になったので鐙にかけていた足に力を入れ、そのまま腰を浮かせると馬が駆けだした。
後ろにすっ飛ばされそうな衝撃を前傾姿勢になって無理矢理バランスをとる。
速い!なんて速さだ!
揺れる馬の耳の間から前方を確認し風を切るようにして進む。
周りの草や木々が一瞬にして近づいて後ろに流れていく。
馬の走りを邪魔しないように膝をバネのように柔らかくし身体を安定させる。
発進する前に見えた豆粒程度の大きさにしか見えなかった遠くの樹にあっという間に近づく。
それから減速し、樹の周りを常足で一周する。
それからまた駈足になる合図を送ると自然と馬が駆けだしたのでまた腰を浮かせて前傾姿勢でバランスをとる。
樹から見えた男は小さな点だったが、あっという間に近づき元の場所に帰ってこれた。
男の元に戻ると用事を済ませたライガが合流していた。
「勝手に走り出すな馬鹿者」
馬から降りると今度は額に鞭を喰らった。
「はっはっは。どうだった、初の馬乗りは」
息子が叱られている様子を見てライガは豪快に笑っていた。
「速かったです」
「それが馬というものだ。お前は乗せられているだけだ。馬に対する合図を覚えないまま勝手なことをするな。
なんのために馬の調教師がいると思っているのだ」
結構いい感じに乗りこなせたと思ったんだけどな。ガミガミと叱られてしまった。
それから1日中、馬の乗り方を細部に渡るまで徹底的に叩き込まれた。文字通り俺は鞭で叩かれながら覚えることとなった。
頭と身体両方で覚えさせられたので、乗馬を1日で覚えてしまった。
男は夕方になると馬に乗って帰っていった。
昼食もなし、休憩もなしのぶっ続けでの指導だったので、腹も空いたし身体もヘトヘトになった。
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フラウと共に作った夕食を食べた後、自分で魔法で風呂を沸かし肩まで湯につかる。
男に叩かれた箇所がヒリヒリと痛む。
浴室の窓から星を見上げる。
身体の痛みと温かい湯に身を包まれながら、昼間の馬上の事を思い出す。
今週は学校に戻る馬車をもう予約してしまっているけど、馬に乗る楽しみを知ってしまった今ではもう馬車の後ろに乗る必要は無い。
来週からは馬車ではなく馬を1頭だけ借りて、それに乗って家と学校の間を移動することに決めた。




