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32.進級

 モンテブルグ国の厳しい冬を越え。

 雪解けが始まる春の季節。


 進級するに伴って、部屋替えが行われる。本日はその荷物搬入のために休校である。

 今年の1年生の部屋は階がひとつ繰り上がって2階になる。

 同様に今年の2年生は学年が繰り上がるともうひとつ上の3階に住むことになる。

 フリーデンは最高学年が3年生なので、寮は3階建てである。

 

 部屋の配置は変わったりするなら今年はルームメイトが誰か一緒になるのだろうか。

 朝散歩に行く際に迷惑をかけないようにしないと、と思いながら寮の入口に張り出された部屋割りを見ると、なぜか今年も俺の部屋は一番奥の隅の部屋、ルームメイトはなしで一人部屋だった。

 くじ引きで完全にランダムな割り振りだという噂があるが、俺だけ2年連続でぼっち部屋である。

 どんな確率だよ。こっそりと行動するには都合が良いのから、まあ良いのだけど。


 荷物は少ないほうなので時間はかからない。

 部屋の片付けに取り掛かる。


 部屋の壁に張った羊皮紙の図面を剥がしていく。

 作りたい物の寸法を事細かく書いた図面。

 ドライヤー、ストーブ、あと現段階ではまだ創作段階の冷蔵庫。

 新しく始めた研究で、魔石回路を直列に繋ぐと高位の魔法が発動できることが判明。

 水属性の高位魔法である〈フリーズ〉の冷気を利用した魔道具を考えている。

 シルヴィアとアイリの好意によりコーラリアからの水の魔石の供給を安価で卸してもらえそうなのでそれをふんだんに使うことを考えている。


 最後に一番大きな羊皮紙に書いた地下道の図面を壁から丁寧に剥がす。


 これらは廃棄してもよいものだ。

 だけど、捨てる気にならない。

 新規に図面を引くときに過去に引いた図面を参考にする、というのもあるけど。

 図面を見る度に過去の実際の作業風景が蘇る。


 あそこ苦労したな、とか。あんなことがあったな、とか。


 感傷に浸っていると2階に荷物を搬入する時間が迫ってきていることに気付き急いで図面を丸めていく。

 どうせ次の部屋の壁にまた張るのだ。丁寧に扱う必要はない。


 壁には糊で貼り付けていたので、清掃用の布巾を借りてきて水魔法で精製した水で濡らし糊と周りの汚れを拭きとる。


 荷物を両手に抱えもう一度部屋を見渡す。

 1年前にここに入ってきたときと比べて増えた荷物は主に魔道具関連だろうか。1階と2階とざっと二往復もすれば事足りる量の荷物だった。


 寮の玄関で1階の部屋の鍵を返却し、新しい2階の部屋の鍵を受け取る。

 念のためもう一度部屋割りの最終確認をしてから階段を上り、寮の2階の一番奥の部屋の鍵を開け荷物を抱えながら入室。

 ベッドや机の位置、窓の配置まで1階となんら変わらない部屋だった。


 窓から外の景色を確認しようと窓を開けると、訓練場に大勢の知らない顔が集まっていた。

 着ているものがまばらで、制服ではないが動きやすそうな服装をしている。


 そういえば今日は部屋替えと並行して今年入学する子たちの適正試験が行われるんだったか。

 俺が受験した適性試験もこの頃だったか。

 懐かしいなあと思いながら部屋の窓から眺めていると、知らない女の子と話すデクランが見えた。

 荷物の搬入を終え部屋の様相をほぼ前と同じにし、手持ち無沙汰になったので俺も適性試験を見に行こうと思い、部屋を出た。


 訓練場に行き、デクランに話しかけようと近づく。

 対面している女の子は大声で何か話している様子だ。


 「お兄様、誰か来ましたわよ。お友達ですか?」

 デクランは振り返って俺の顔を見るなり「ゲェッ」と言いながら狼狽えている。

 お兄様、ということは、この子はデクランの妹か。

 デクランは訓練場の入口に対して背を向けて話していたのでこちらが近づくまで気付かなかった様だ。


 「初めまして。ワイルドハート公爵家が長女、セリーナ・ワイルドハートですわ。以後お見知り置きを」

 そう言って深々と礼に習ったお辞儀をしてきた。

 髪は鮮やかなブロンドの長髪をツインテールにしており、兄妹そろって薄い蒼色の眼。背は兄よりも少し低いくらいか。

 単なる適性試験だというのにギンギラの装飾をあしらった上着に膝上カットのスカートという派手な格好をしていた。

 今はデクランは制服を着ているが1年前も兄が同じような派手さの恰好をしていたな、と思い出す。


 セリーナは兄貴の第一印象と真逆で礼儀正しかった。

 デクランよ、少しは妹を見習ったらどうだ。


 「お初にお目にかかります。グロース辺境伯家が長男、ヒューガ・グロースと申します。そちらのお兄さんと同じ武術のクラスでー」


 年下とはいえ社会的には相手の身分の方が圧倒的に上なので丁寧に挨拶する。

 だが、その挨拶した相手の様子がおかしい。何か失礼なことをしてしまったか。

 彼女は目を見開き、拳を握り、上半身を震わせている。


 「・・・貴方が」

 「え?」

 「貴方がお兄様を虐めた方ですのねェー!この学校に入学してからお兄様は私の相手をして下さらなくなりましたわ!

 家に帰っても軍からお父様が雇ってきた家庭教師とずっと槍の訓練をしてますのよ!私の稽古をいつも見てくれた、あの優しいお兄様を返して!」

 「は、はぁ」

 「悪名は兼ねがねきいてますわ!何でもノーギフトで才能がないくせしてお兄様に勝ったとか!?

 そんなことあり得ませんわ!剣術のギフトを授かった私と勝負して、私が勝ったら今後二度とお兄様と関わらないことを誓いなさい!」

 「そんなこと言われてもな」

 「セリーナ、試験の前なのに。その辺にしようよ」


 こちらの正体を知った彼女はヒステリックになり、罵声を浴びせられる。怖い。

 頼りない兄貴はおろおろとしている。


 ノーギフト。女神の祝福を得られなかった者への蔑称である。言い返すテンプレ文も半年以上言っていないので最早忘れてしまった。


 しかしながら、あのお調子者のデクランが家では妹想いの良い兄貴だという意外な一面を知ってしまった。

 妹の適性試験の付き添いにわざわざ休みの日に学校に出てくるくらいだしな。


 気が付くと騒ぎになっていたようで、試験官を務めるリベルがいつの間にか俺たちの傍にいた。

 リベルに事態を収束させるよう、視線を送るがなぜか顔をニヤつかせている。


 「いいんじゃないか。試験までまだ時間がある。お前も最近身に着けたものを試すといい」

 「・・・え?あぁ」

 最近身に着けたもの。1年間の武術の授業を通して俺は体術のレベル2を体得していた。

 剣で勝負しろって言われて一瞬戸惑ったが、そっちなら大丈夫だろう。


 セリーナは訓練用の木剣。俺は同じく訓練用の手甲と脛あてを身に着ける。

 準備を終え、模擬戦をするために引かれた白線の上に立つ。


 「どういうつもりですの?剣術が得意と聞きましたが。体術で負けても言い訳になりませんわよ」

 「いや、これでいいんだ」

 「いいか?では、はじめ!」


 合図とともに剣を両手に持ったセリーナが斬りかかってくる。それを最小限の動きで躱す。

 

 素早く1振り、2振り。フォンフォンと良い音を立てながら木剣が空を切る。

 剣を振る際しっかりと自身の体重を乗せており、リベルが毎年の新入生に危惧している武具に振り回されている様子がない。

 模擬戦を始める前の話からするにギフトを授かる前からそれなりの期間を通して剣を振ってきたのだろう。

 周囲から歓声があがる。適性試験を受けに来た受験生全員の目線が集中している。


 「ほーぅ・・・」

 リベルに目線を送るとまたニヤついていた。

 さっきからなんなんだよ。


 「くっ・・・」

 「どうしましたの!?攻めっ気が全く感じられませんわ!」

 読心術で剣筋がわかるとはいえ、思ったよりもセリーナの剣の手数が多く余裕がない。

 それに対するこちらの体術のレベルが低いせいで防戦一方になっていた。


 勝ち筋を考えないと本当に負けてしまいそうなので、距離をとろうと大きくバックステップしたところに声がかかる。

  

 「ちょっといいか。ヒューガ、ほれ」

 「え?」

 リベルが武具が置いてある棚に近づき、木剣を手に取って渡してくる。


 「まあ、先輩の威厳も示しておけ」

 「・・・わかりました」

 模擬戦は一旦中断。俺は両手両足の武具を外していき、リベルが持ってきた木剣を手に取る。

 あまりにも大きいレベル差なら模擬戦だとしても怪我をさせてしまうが、セリーナの剣術を見たリベルが大丈夫だと判断したんだろう。


 「なんなんですの?やっとやる気になってくれたのかしら」

 「ああ」

 「いきますわよ!」

 お互いの木剣が合わさる瞬間、剣に魔力を込める。武技〈パリィ〉発動。


 「キャアァアー!」「うぉっふ!」

 更に次の瞬間。俺の視界が彼女の髪の毛の色であるブロンド1色に染まる。

 そして前に飛び込む姿勢で両手をいっぱいに広げ体を預けてきた。


 そうはならんやろ。

 どうやら手にしていた木剣を弾いたときにそれを離すまいとしたせいで体制を崩し、前に転んだらしい。

 兄妹揃って同じことをするんじゃないよ。


 遠くでカラーンと弾いた剣が地面に落ちる音がする。


 「・・・そこまで。セリーナ・ワイルドハート。剣術の腕前見事であった」

 「は、離れてくれぇ」「うぅぅ」

 リベルが困惑した様子で模擬戦の終了の合図をする。

 セリーナは顔を真っ赤にし、俺の胸の中で悔しいのか恥ずかしいのか唸り声をあげている。

 こちらの服の裾を握りしめている。


 「デクラン、なんとかしてくれ」

 「セリーナ、行こう」

 「はい・・・」

 側で見ていた兄貴に助けを求めると彼女は聞き入れてくれたようで、ようやく解放された。

 とぼとぼと兄妹横並びで歩き試験会場を後にしていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 4月になり、新年度。入寮も終わり、寮の1階に降りると新入生が騒がしくしている。


 セリーナは無事武術のクラスに編入されたようで、兄妹そろって仲良く登校している。

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