31.シルヴィアからみるコーラリア
フリーデン養成学校に入学してからそろそろ半年が経とうとしている。
昼間でも肌寒い秋の季節に差し掛かってきている。
魔道具の授業では、次に作りたいものであるストーブを作りたいと思っている。
ドライヤーを完成させてからというもの、魔石の出力の調整方法を研究するのに躍起になっていたが、満を持してストーブの制作に取り掛かろうと思っている。
モンテブルグは冬には厳しい寒さが到来するが、各家庭では暖炉に火を灯すなどして暖を取り寒さを凌いでいる。
そんな冬の間の生活を快適にするための魔道具を作ろうという発想になるのは必然であった。
ドライヤーのように出力の調節に詰まることは無さそうなので制作を始めたら一気に完成まで持っていく予定である。
半年の間に起った出来事と言えば、シルヴィアとアイリの関係に少しだけ変化があった。
午前中の必修授業である魔法の授業中においても主従関係だからと付き添っていたアイリ。
生物学者のギフトの能力に磨きをかけるべく、知識の授業に出席したいとのことで今は別々の授業に出席しているらしい。
学校に申請しているギフトもいつの間にか生物学者に訂正されていた。
虚偽の申請をしていたことについては特にお咎めはなかったらしい。
俺が酪農という現在コーラリアで行われていない産業を提案したところ、アイリ自身も力を伸ばしたいと行動したというところか。
「ヒューガ、ちょっといいか」
選択授業の無い昼下がりに寮の人気が無いところをのん気に歩いていると、前みたくアイリにこうして呼び止められることがある。
この人、物陰にいるときに気配を感じないし、歩く時も足音がしないんだよな。隣国コーラリアの諜報員なので、訓練されているのかもしれない。
でも最近になって呼び止められるタイミングがそろそろかとわかるようになってきた。
アイリのことがわかってきたのかもしれない。
こちらの呼び方にも変化があり、砕けた口調で会話をするようになった。
きっかけはやっぱり、シルヴィアにお互いの呼び方を提案されたあの時だったと思う。
「知識の授業に出席してるって聞いたけど、どう?」
「ああ、そちらは特に問題ない。よろしくやっている」
「そっか」
「それよりも、シルヴィア様のことだ。入学してからここ半年で一気に大人びたというか、精神的に自立されたというか。
こうして私が離れて知識の授業に出席できるのもそのおかげだ」
シルヴィアとは相変わらず早朝の散歩を一緒にしているが、彼女の雰囲気が変わったことは俺も感じていた。
一緒に散歩をするようになって最初のうちは話かけてきてせわしなかったが、最近は落ち着いたというかおしとやかになったというか。
無理して黙っている様子が無くなった。
「将来的に魔道具の量産・・・みたいなことはしないのか?」
「うーん。考えてはいるんだけどコストがねぇ」
「材料の費用を回収するのならば、多少高額の値をつけても買い手がいるだろう」
世間話の延長で魔道具の話になる。
この世界にとってドライヤーやストーブなんかは革新的なものだが、前世を生きてきた俺にとってはたかがドライヤー、たかがストーブである。
そんなもので富裕層、例えばこの国の中央貴族なんかにふっかけて稼ぐ、というのはなんか違う気がする。
そんなことをしたらほんの一部の人間にしか出回らないことが予想されるので、日常的に使うものは安価で売り出して国中に広く浸透させていくという方がしっくりくるのだ。
だからもし本格的に魔道具を世の中に広めるとなれば魔石の生産をしている現地に赴き、生産体制から変えようと思っている。
しかし移動手段が無いんだよなあ・・・。大量に生産するとなれば魔石の加工や組み立てに人手も欲しいし。
そこを自動でやる魔道具なんかも作るか?
「水の魔石を大量に買うのなら、シルヴィア様伝手でコーラリアの魔石販売業者に掛け合うこともできるぞ」
「本当?水の魔石でも何か作れないかってちょうど考えてたんだ」
「コーラリアの経済に貢献できるとなればシルヴィア様も喜ぶだろう」
そう言われ、違和感を覚える。
待て。待てよ。
すっごく今更だけど。
モンテブルグのことばかり考えていて考えないようにしていたが・・・。シルヴィア自身はコーラリアのことをどう思っているんだろう?
国境を越えはるばる他国の学校へ留学するのだから、学びを自国に持ち帰って国を良くしたいと考えるのが普通だ。
王族なのだからそれが当然だよね、とか考えていたけども。
実際はどうなんだろう。
「どうした?」
「あぁいや、青の魔石どれくらい必要になるかなと思って・・・。決まったら言うからさ」
シルヴィアは自国のことをどう思っているか。
人の上に立つ王族としても、一人の人間としても。
口では何とでも言えるから、こればっかりは質問するときに読心術を使わせてもらうよ。
悪く思わないでくれ。
=====================================
早朝。いつもの時間に自然と目が覚める。
いつものようにベッドの上段に寝ているアイリを起こさないように静かにベッドから出て、部屋を出る。
校庭の隅、外に続く地下道の入口まで歩いていく。
今日はヒューガより先に着いたようなので地下道の入口の蓋を開け、火魔法で蓋の裏のランタンに明かりを灯す。
魔法の授業で練習した甲斐もあって私も火魔法を使えるようになった。
全ての属性の魔法を使える彼に憧れて魔法の授業で一生懸命練習したのだ。
授業の教官はもちろん、アイリも褒めてくれたがやっぱりヒューガに褒められるのが一番嬉しかった。
「おはようシルヴィア」
「あ、おはようヒューガ」
ランタンに火をつけるのに集中していたので後ろから彼が歩いてきたのに気づかなかった。
なんかズボンの左のポケットに四角い箱?みたいのを入れている。いつもあんなの入れてたっけ?
箱の大きさを見るに、初対面のときにあげたジュエリーケースくらいの大きさだった。
「火、ありがとう。行こうか」
「うん」
こうやって何かするたびに必ず褒めてくれる。彼のポケットの中身のことは頭の中からどこかに行ってしまった。
地下道の出口をくぐると遮蔽物のない、遠くまで見渡せる景色が広がる。
「うーん。今日も良い朝だねー」
陽が出たばかりの澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら、道路の真ん中で伸びをする。
冷たい空気が手足の先まで全身に染み渡るのを感じる。
すがすがしい気分。
彼が歩き出すのと同時に一緒に横並びで歩き出す。
「シルヴィアってさ」
「うん」
歩き出して10歩ほどだろうか、ヒューガが口を開く。
散歩中、何かを口に出すのは基本私からだ。彼が散歩中に話しかけてくるのは珍しい。
「コーラリアのこと、どう思ってるの?」
「私の国のこと?・・・うーん」
私の祖国、コーラリア。
正直、考えるだけで気持ちが暗くなる。あんな国、出来ることなら帰りたくない。
城から見える海は好きだけど。
その景色くらいしか良いところがない。
毎朝こっそり城を抜け出して海辺に出て散歩してたけど、今ではもうすっかりヒューガと歩くこの散歩道のほうが好きだ。
「えーっと、海も綺麗だし、・・・良い国だよ」
「海が綺麗、ね。ほうほう。それから?」
「それから・・・」
そこで言葉に詰まってしまい、黙ったままで数歩歩く。
私の中のコーラリア。
まずは、どこにいっても人だらけ。
城下町には馬車に乗ってしか行ったことはないけど、こちらが高貴な身分だとわかると馬車の周りに大勢の人が集まってきてお金や食べ物をねだられたことがある。
食べ物もお金もない人ばかりだから仕方ないのはわかるけど。馬車の中からも聞こえる程の人の罵声にひたすら身を縮こませていた。
それがトラウマになってコーラリアの人が怖くなってしまった。
「じゃあ、質問を変えるね。学校を卒業したらコーラリアに帰ると思うけど、将来どんなことがしたい?」
「え~っと・・・」
正直どうでもいいよ・・・。あの国に帰ってやりたいことなんてひとつもない。
この国の人たちみたいに優しくて、親切な人々に囲まれて暮らしたい。
グロース領のような広大な土地でのびのびと、例えば畑で野菜や果物を育てながらのどかに暮らしたい。
前にヒューガが言っていた酪農・・・だっけか。
動物を放し飼いにしてそのお世話をして、お乳をわけてもらうことだってアイリに詳しく教えてもらった。
聞いて想像するだけで、すっごく楽しそうだと思った。
牧場作りをするためなら毎日だって魔力切れになるまで働くことになっても構わない。
・・・どうして私はあんな国に、生まれたんだろう。
問題だらけの国を良くしていくなんて、そんなことやりたくないよ。
でもヒューガの言うように、この学校を卒業したらあの国に帰らなきゃいけない。
想像するだけで泣きたくなってくる。
「私ね、コーラリアのお城にたまに手紙を送ってるんだけど、学校で一生懸命魔法を練習してるってことになっててね。
だから、自分なりに魔法でできることをやっていければいいなって」
マイナスな感情を必死に抑え、自分なりに出来ることで国を支えていく意志を口に出す。
「シルヴィア、君の気持ちを尊重するよ」
「え?うん・・・」
私の答えに対して彼が微笑んだ表情で応えてくる。
気持ちを尊重・・・ってどうゆう意味なんだろう。
ちゃんと国のことを考えていて偉いってことなのかな。
彼は歩いている間、ずっとポケットに手を入れて歩いていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次回からヒューガたちは2年生。
後輩たちが入学してきます。




