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30.諸国からみるモンテブルグ

 その日の武術の授業はいつもと違っていた。


 木製の腕甲と脛あてを身に着けた身体がいつもよりも軽い。

 1から10まで数え上げる基礎の型の動作を正しい姿勢のまま行うことが出来た。

 いままでも無理をすればそれが可能であったが疲れ果ててしまうので出来なかった。


 ーゴーン・・・ゴーン・・・ゴーンー


 その日の訓練を最初から最後まで、他の体術のギフトを授かった学生とほぼ同じペースでこなすことができた。

 

 相変わらず汗だくで、息も切れ切れだったが腕甲と脛あてを身に着けたままの状態で身体中に力が漲るのを感じる。

 幼い頃からライガとの稽古中に剣を握っているときに何度か体験した、あの感覚だ。


 入学してから2ヶ月半といったところか。

 毎日毎日気が遠くなりそうだった。


 やった。

 やったぞ。

 ついに成し遂げた。


 「もしかして、やったのか!?」

 「おそらくは・・・。教官に聞いてみよう」

 いつもは訓練場の隅に倒れこむ俺の様子が違うことに気が付いたシルバが真っ先に声をかけてきた。

 体術の訓練を行っていたクラスメイト全員の視線がリベル教官に集まる。


 「よくやったな。ヒューガ。だがこれからも気を抜かずにレベルをあげていこう」

 「はい!」

 リベル教官から、称賛と励ましの言葉をかけられる。


 ギフトを授かっていない者で早くて2ヶ月と言われていた体術の習得を、この日ついに成し遂げることができた。

 とはいえスキルレベルは1なのでリベルの言う通り、実践で使うには訓練が必要である。


 「やったじゃねぇか!」

 「すごい!」

 「本当にギフトも無いのに身に着けるなんて!」

 シルバやフィオナをはじめとした横並びで体術の訓練を行っていたクラスメイトからも称賛される。

 

 人に囲まれて嬉しかったのもあるが、俺としては読心術を使わずに己の体力のみで体術を身に着けることが出来たことに達成感を覚えていた。

 

 剣術を習得したときのように既に体術を習得している者から読心術を通じて身体の動かし方なんかのイメージを得られれば、おそらくはもっと効率よく楽に体術を体得できただろう。

 しかし何かあれば読心術に頼ってきた俺にとって、それは大きく自信に繋がることだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 〈国から抑えつけることは、良くないことだと思うの〉


 コーラリアの国の問題について話し合いをした時にシルヴィアから言われた言葉。

 いたずらに増える人口に歯止めを聞かせようと新しい制度を提案したがそれを真っ向から否定されてしまった。

 前世では当たり前のことだったことが、あまりにも違う世界の常識に俺は言葉を失ってしまった。


 あれからコーラリアのことで話したりだとか意見を交換するということは、シルヴィアともアイリともしていない。

 否定されることが怖くなったのだと思う。

 知識のギフトを授かっていない浅はかな知識でもって一国の政治に首を突っ込むなど、元から俺には過ぎた話だったのだ。


 途方に暮れた俺はそれからというもの、コーラリアの資料を読み漁って情報を得ることは止めて、逃げるように自国のモンテブルグや諸外国の資料を読み漁っていた。


 寝る前の読書の習慣としてやってはいるが、コーラリアの資料を読んでいたときのようなコーラリアの国を良くするためといった目標はない。

 一応は書いてある情報に目を通しはしているけども。


 この世界には写真といった概念も無く、風景を本に載せるとしたら写実的な絵を描くといった手法が取られている。

 資料の挿絵として描かれているものはどれも見せ方が工夫された魅力的な自然が描かれている。


 前世では地球上の雄大な自然をテレビやネットの映像で見て満足することができたけども、この世界でそれは技術的に不可能である。

 いつかこの世界を自分の足で見て回ることが出来れば、この目に焼き付けたいと想いを馳せる。


 そんなことを考えながら今日も図書館に向かい、興味が赴くままに本を探す。

 その中に1冊、やたら目を引く本があった。



 〈壮大な我らのモンテブルグ山脈〉 カーリー・グライムモント 著



 大判の本で重量感がある本だった。持ち運びが大変そうなので、借りる前にどんな本なんだろうと立ち読みしようとパラパラとめくる。


 本の冒頭に作者の経歴が書いてあったので目を通す。

 生まれはモンテブルグ首都に邸宅を構え名を連ねるグライムモント侯爵家の生まれ。ギフトは地質学者だが肩書には風景画家とある。

 

 本の内容は諸国から見たモンテブルグ山脈について書かれているらしい。

 飛ばし飛ばしでめくっていく中に見開きでモンテブルグ山脈が描かれた鳥肌が立つ壮大な絵が描かれているページがあり、それを見て借りることを即決。

 この本に載っている風景画はすべて著者によって描かれたものらしかった。


 荷物になるのでその日は1冊だけ借りることにして貸し出し手続きを済ませ、図書館を出た。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 寮の夕食を口にし部屋に戻り、寝る準備をしてからいつものように読書を始める。

 

 今日借りてきた本は立ち読みした瞬間から既に中身が気になっていた。

 逸る気持ちを抑えながら机に向かう。


 北の隣国フエゴ―スから見た山脈は鉱山として炭鉱夫が働く様子が描かれている。

 石炭なんかは現地で消費され、何度も燃料として使用される火の魔石はここでしか算出されないため高値で輸出されている。

 モンテブルグにおいても各家庭で安定して火を得る手段として重宝されている。


 東側のイースタン地方から見た山脈は高原で羊やヤギといった家畜を世話する放牧民が働く様子が描かれている。

 近隣の主な乳製品や衣料を作る羊毛の産地である。

 更にページをめくると平野部の風景が描かれており、そこには桃色の花が咲く樹が並ぶ風景が描かれていた。

 季節によって寒暖差が激しいこの地方はサクラ、梅を始めとしたこの地方独特の植物が自生し、他で見られない生物も多く生息しているらしい。


 前世で自然大好きだった俺は当然のように花見も好きだった。

 とはいえ騒ぐのは好きではないのでひとりでぶらりと立ち寄って公園のベンチで弁当を片手にワンカップを呷るくらいだったけれども。


 風景画と資料を読んだだけだが実際に行ってみたいという気持ちが沸いてくる。

 国境を越えると言ったらコーラリアの海も見たいけど。それとこれとはまた別だ。


 そして南側からはモンテブルグから見た山脈の風景。

 立ち読みをしたときに見たそのページの見開きの絵を今一度じっくりと見る。


 そしてこの著者から見たモンテブルグについてどんなことが書いてあるのだろうと期待を込めてページをめくる。

 冷涼な気候を好む家畜を育むのに最適な土地が広がっているが現在はこれといった産業は行われていない、とある。

 さらに記述は続く。


 ー放牧に向いている広大な面積を有する平原。季節によって大きく変わらない穏やかな気候。年間を通して天候も安定している。ー

 ー家畜を育てる環境は整っているのにも関わらず、この国にこれ以上食糧を生み出す産業は必要ないと誰も耳を貸さなかった。ー

 ーそんな国民性に若かった私は大きく失望した。ー


 とある。


 モンテブルグから見た記述だけ、やけに辛辣な評価が下されている。この著者もこの国の出身のはずなのに。どうしてだろうと疑問に思ってしまった。


 コーラリアのような食糧難が問題になっている国ならともかく、食糧が二束三文で扱われるこの国では新しく食料を生み出す事業を始めても需要が無く、失敗することは目に見えているのだ。

 実際に広大な領地を有するグロース領においてもライガが産業を興したが、赤字経営になり失敗に終わっている。


 西の隣国までモンテブルグ山脈は伸びていないので、モンテブルグから見た山脈に関する章で本の記述は終わっていた。


 一冊を読んだだけでモンテブルグ山脈を囲む諸外国をぐるっと1周旅行した気分になった。

 地質の観点からどのような歴史で山脈が生まれたのかやそれに伴った産業や地域性にも触れられており知りたい情報がまとめられた良書であった。


 なんといってもその土地から見た風景画の表現力が素晴らしい。


 本を読むことで満足感を得た俺は今一度著者の名前を確認する。

 グライムモント家のカーリーさん、ね。覚えたぞ。同じ著者の本があればまた借りてみよう。

 

 それからまた中身に戻り、本の最後のあとがきに著者のありがた~いあとがきが書き残してあった。


 ー私はいち侯爵家の人間という地位を捨て家を飛び出した。後ろ盾は無くなったがひたすらに自由が広がっていた。ー

 ー一国に籠ったままでは到底することのできなかったであろう、素晴らしい出会いや体験をすることが出来た。ー

 ー何かを成すのに国や地位など関係ないのだ。夢を叶えるための力は既に我々の手の中にある。思い立ったのなら行動せよ。ー

 ーこの本を手に取にした者の繁栄を願っているー


 何かを成すのに国は関係ない、か・・・。

 

 本を読んで満足感を得られたが、こんなときにもコーラリアの問題が頭にチラつく。


 そりゃあそんな綺麗事を口に出せれば楽なんだろうけどさ。今の俺ではこうすれば良いのではないかと口に出すだけでそれで終わりだ。

 国を跨いで何かを成すなんてことは一部の特別な人間が出来ることだ。


 俺には縁のない話だと思い、そっと裏表紙に手をかけ本を閉じた。

 

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