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29.ハッピィバースデー

 それから一ヶ月が経った。


 ドライヤーの開発はアイリの口添えのおかげで魔石の出力の調節が上手く行き、その出力を調節するための機構の形に沿って魔道具の外見である器の形も自動的に決まっていったのでそこからはトントン拍子に開発が進んでいった。


 フラウの誕生日が初夏の6月なのでそれまでにはどうしても完成させたかった。

 アイリには本当に感謝している。

 シルヴィアにも魔道具の外見となる器を土魔法で作ってもらうのに協力してもらった。

 俺が図面を引いたのだがそれに寸分違わない精巧なものを作ってくれた。


 本当はドライヤーを完成させてフラウに初めに使って欲しかったが、開発に協力してくれたシルヴィアとアイリにも試験的に使ってもらった。

 俺が言い出して作り始めたものだが髪のケアをするためのものなので使用感の改善については女性ふたりからの意見が多く、その度に細かな修正が入った。

 

 最初に想定していたドライヤーはフラウの今年の誕生日までとタイムリミットが決まっていたのもあり、温風さえ出るものが完成すればそれで良いと思っていた。

 しかし女子たちから温風だけでは髪が熱を持ち乾燥しすぎてボサボサになるとのことで、冷風だけが出る機能も付けて欲しいとの要望があった。

 流石につまみをスライドさせて出てくる空気の温度を変えるような代物を作ることはできなかったので、白の魔石に指で触れる箇所を2つにし両方に触れているときは温風、片方だけに触れているときは風の魔石だけが作動し冷風だけ出てくるように魔力回路を変えることでそれを可能にした。


 耐久性に関しては俺の分としてつくった試作品を起きてから寝るまでずっと作動させ続けるといった方法で試した。

 寝ている間に白の魔石を手にして寝ることで魔力を充填し、起きたらドライヤーの持ち手に魔石を巻き付けて作動させるのだ。

 部屋に戻るたびに確認したがこの一ヶ月なんら異常はなかったので、問題なさそうである。


 形状、使用感、耐久性。すべて申し分ないクオリティのドライヤーが完成した。

 

 前世において便利な物に囲まれた環境で過ごした俺からすればたかがドライヤーである。

 しかし魔道具の最初の授業のときにもリンネに言われたが、今世にこんなものが出回るとしたら世界に革命が起きるだろう。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「ヒューガのお母様ってどんな人なの?」

 朝の寒さも和らいできた初夏の早朝。いつものように瓦礫が並ぶ街並みを横目に散歩をしている。

 そんな時に、ふとシルヴィアがフラウのことについて質問してきた。


 「俺の母親?どうしたの急に」

 「この1ヶ月ずっと考えてたの。

 ヒューガが贈り物をするのに一生懸命になる人って、どんな人なんだろうって」


 俺の母親。フラウ・グロース。旧姓での姓名はフラウ・リット。


 顔を思い浮かべることが出来る。しかしそこで思考がストップしてしまう。

 改めて考えると、他人に自分の母親を紹介するのってどうするんだ?

 身体的特徴?性格?この世界だったら、ギフトや習得しているスキルのことを言うべき?


 わからん。


 「・・・どこにでもいる、普通の母親だと思うけど」

 「ふ~ん。会ってみたいなぁ」

 「えぇ?」

 

 俺の親とシルヴィアが会うとなると、シルヴィアが俺の実家であるグロース領に来るということになるのか?

 もし他国の王族がこの国の辺境に来訪するとなれば流石に準備が必要だ。

 親の顔に泥を塗ることにならないよう、まずは手紙でやりとりしたり週末に帰省した時にも俺なりにやることが出てくるだろう。


 「いきなりはその・・・色々と」

 「そ、そうだよね。こんなこと言われても困っちゃうよね、ごめんなさい」

 「いや、いいんだけどさ・・・」


 たまにシルヴィアが何を考えているのかわからないときがある。

 グロース領に行くことを所望しているのは、読心術を通して得た情報だから知っているけども。


 年頃の女の子に何度も読心術を使うのは失礼だと思い、最近は触れることがあっても心を覗くのは控えている。

 まさか俺の母親に会ってご挨拶を、とか考えているのか。

 まさかね。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ついに来たるフラウの誕生日。


 その日は平日だったので事前に学校には休学申請をし、午前のうちにグロース領の実家に戻った。

 フラウは午前中はグロース領にある出版会社で仕事をしているのでその日俺が家にいることは悟られていないはずだ。 

 

 つまり誕生日にプレゼントをすることはフラウ本人にとってサプライズなのである。

 ライガにはこの日の準備に協力してもらうようそれまでの週末に帰省した時に、剣の稽古をしているときに伝えてある。


 フラウが仕事に行く頃を見計らって家に着くとライガがリビングで落ち着かない様子で待っていた。

 本日の主役が到着してからの段取りを伝え、準備に取り掛かる。


 そして時刻は昼過ぎ。そろそろフラウが仕事を終え帰ってくる頃だ。

 ガチャリと玄関のドアが開く。


 「え?どうして中が真っ暗なの?あなた~?いるの~?」

 本日の主役のご到着だ。

 事前に家の1階の窓を閉め切り、カーテンを引いて外からの光が差さないようにしてある。


 「ハッピバ~スデ~トゥ~ユ~」

 ライガが手に持った蝋燭に火をつける。まず初めにライガが歌いだす。

 「ハッピバ~スデ~トゥ~ユ~」

 続いて俺が手に持った蝋燭に火をつける。ライガに続いて俺が歌いだす。


 「「ハッピバ~スデ~ディア、親愛なる母さん~」」

 リビングのテーブルの上にあるバースデーケーキの蝋燭に火を移す。

 

 「「ハッピバ~スデ~トゥ~ユ~!」」

 ライガと俺は場を盛り上げようと、必死に拍手をした。

 お粗末なバースデーソングだが週末だけしか揃って練習できなかったのだ。そこは目を瞑ってほしい。


 その様子をフラウは唖然とした様子で見ていた。


 いつまでもリビングが暗いままだと不便なのでカーテンを開け、照明を点けた。


 「あはは、び~っくりしたわ。今日のために準備してくれたのね」

 最初こそ何が何だかわからないと驚いていた様子だったが状況が把握できたのか、次第に表情が和らいで笑顔になってくれた。

 サプライズ成功である。


 「あなたが最近様子がおかしかったのはこれをするためだったのね」

 「う゛。バレていたのかまさか」

 「いいえまさか」

 今日の誕生日のことは言ってなかったみたいだが、ライガの様子がぎこちないことをフラウは気にかけていたようである。


 「ヒューガも今日本当は学校でしょ?わざわざ休んでまでしてくれてありがとうね」

 「う、うん」

 フラウが喜んでくれるのか不安もあって未だに緊張していて、上手く言葉を返せなかった。


 「これ首都にあるお店のケーキでしょ?本当に色々準備してくれたみたいね」

 「ちょっと多いかもしれないけど召し上がって下さい。あ!そうだ、プレゼント」


 朝からこの家でバタバタと準備をしていたせいで、今日の日のために作ったものをすっかり忘れていた。

 帰省するときの荷物の中からそれを取り出し、フラウに見せる。


 「これ。魔道具で作ったもので、ドライヤーって言うんだけど」

 羊皮紙でできる限り綺麗に包んだそれをフラウに渡す。

 ギフトラッピングとか本当はしたかったけど。そんな技術は俺には無い。


 包装を開けまずはフラウに手に取ってもらったが、持ち手と全然違うところを持つわ、風が出てくるところをのぞき込むわで要領を得なかったので貸してもらい、使い方を説明した。

 

 「母さん、冬とか全然髪の毛乾かないで大変そうだったから作ってみたんです」

 「え!すごい!片手で持てるから逆の手でタオルとか、そっかすごいね!」

 使い方がわかってからすごいすごいと語彙力が低下した人みたいになり、お手本のようなリアクションをとっている。

 喜んでくれたみたいで何よりである。


 「ヒューガが自分で作ったの?」

 「前に魔道具の授業を選択したって言いましたよね。その授業の一環として作ったものです。気に入ってもらえると嬉しいです」

 「うん・・・」

 

 フラウの声が段々と尻すぼみになっていく。

 ドライヤーをテーブルに置くなり、突然大粒の涙を流しながら泣き始めてしまった。

 すすり泣く声が周囲に染み渡る。


 「え!?どうしたの母さん!?」

 俺とライガ、親子そろっておろおろと慌てふためいてしまう。


 「違うの、嬉しいの。すっごく嬉しいんだけど・・・。

 ヒューガ、あなたが学校に行き始めてから本当は寂しくて、心配で」

 そう言われ、入学前日の学校行きの馬車に乗り込むときに引き止めにあったときのことを思い出す。

 あの時は別れる寸前までくっついて離れなかったな。


 「毎週帰ってきて顔を見せてくれるけど、また学校に行くからっていなくなって。送るときにそれが最期だったらどうしよう、っていつも考えちゃうのね。

 考えないようにしてるんだけど、むしろ不安になる気持ちが大きくなって」

 「・・・そう、だったんですか」

 思い返せば俺がノーギフトと認定された時に深く長く落ち込んでいたのはフラウだった。

 何日かして立ち直ったもんだと思っていたけども、その時の心の傷は癒えていなかったのだ。

 

 「でも、もう大丈夫。ドライヤー、大切にするわ。ヒューガだと思って、大切に使うからね」

 「はは、そんな大げさな・・・」

 フラウは俺が贈ったドライヤーを大事そうに胸に抱えている。


 その後夕方。学校行きの馬車に乗り込む時間となった。急がないと夕方の門限に遅れてしまう。


 「またすぐ週末に帰ってきます。その時にドライヤーを使ってみてどうか聞かせてください」

 「またね!今日は本当にありがとう!」


 その日からは母親の顔を思い浮かべるときの顔は、悲しみに満ちた泣き顔から、歓喜に満ちた笑顔に変わっていた。

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