28.国際会議②
コーラリアのことについての話し合いがひと段落着いたところで、別の黒板に書かれているものに好奇心旺盛なシルヴィアが興味を示す。
「ドライヤーって何?選択授業でやっていることに関係あるの?」
「授業で作っているものさ。本来は魔道具のことについて学習する授業なんだけど」
初回の授業での己の図々しい態度を思い出しながら、リンネにチラリと視線を送る。
「俺が無理を言って魔石を使った魔道具を開発する授業にしてほしいって言ったんだ」
「ヒューガ君みたいな学生は初めてですよ。でも私はただ教えるだけじゃなくて今やってる授業の方が、教官をしてる身からしても楽しいです」
リンネが俺のことを学生としてどういう風に評価しているか疑問に思っていたが、悪く思ってはなさそうなので安心した。
教壇に立つよりも実際に魔石や魔道具に触れているときの方が、彼女は活き活きとしている。
そんな彼女は今2杯目の紅茶を啜っている。
「説明すると、ドライヤーっていうのは髪を乾かすための道具で・・・」
リンネに説明した時と同じようにシルヴィアとアイリにそれがどういったものかを説明する。
「へ~便利。私の髪の毛もね、乾くまで時間かかるんだぁ。アイリが支給されるタオルで綺麗に拭いてくれるけど、大変そうなのよね」
「シルヴィア様の美しい髪はしっかり乾かさないといけませんからね。お任せください」
シルヴィアも毛量が多いほうなので日々の悩みとしてあるらしい。
アイリからすればシルヴィアに触れる口実が出来るとか思ってそうだけど。
「今はそのドライヤーを作っている最中で、魔石の出力を調整する段階まできているんだ」
俺は黒板のロードマップをチョークでカツンと叩き、現在の進捗を伝える。
魔石を購入してからというもの、机を黒焦げにしたり教室を水浸しにしたりと失敗続きだが、そういった失敗を恐れずに魔石の出力を調整するための試験をいくつか試みた。
まず最初の試みとして、魔石の出力が高すぎたため、それを抑えようと単純に魔石自体を削って小さくした。
魔石は核と呼ばれる中心部に魔力の反応があると魔法を出力する。
その核を傷つけないギリギリの大きさまで削って、それから魔力を注入するということを試すと今度は人の頭くらいの大きさの火を出力した。
最初に試したでかすぎるサイズの炎に比べるとだいぶ火力を抑えられたので、出力が魔石の大きさに比例することはわかった。
だけども、これ以上削ると核を傷つけるであろうくらいまで小さくした魔石でもこちらが所望する出力に対して火が大きすぎた。
緑色をした風の魔石についても同様の実験を試みた。
風の魔石は触れると風を巻き起こす。これも購入した時のままだと目を開けてられないくらい風の勢いが良く、出力が大きすぎた。調整が必要である。
「なら、髪を乾かすためのちょうど良い温かい風が出来たら完成するのね。私たちにも使わせてよ」
「いや、そのちょうど良い風にするのが難しくてそこで詰まってるんだけどね・・・」
完成したらまず使わせてほしいと、子供のようにシルヴィアがせがんでくる。
しかし出力の調整が終わったとて、魔道具として手に持って使うには器を作らないといけないので、まだまだ完成まで道のりは遠いのだ。
今は出力を調整するのに集中したいので、魔道具の器をどうやって作るのかも決まっていない。
見た目のイメージは、前世で見たそのままを流用しようというイメージはあるけども。
「魔石と、実際に魔石を填めこむための器はあるのか?」
「あぁ、まだ作ってる最中なんだけど見てもらって良いかな?これなんだけど」
アイリに小さく削った火と風の魔石、そして俺がとりあえずで作った、土魔法で泥を押し固めて作った土器のようなものを見せる。
本当にとりあえずで作った見るに堪えない粗雑な作りものだったので、見せるのが恥ずかしかった。
「こうやって片手で持って、この口から温かい風が出るっていうものを想定してる」
まだ動かないドライヤーを手に持ち、ジェスチャーで使っているときの動作を見せる。
それを見たアイリは数秒の間黙り込んだ後、口を開く。
「中の魔石が剝き出しである必要はないのではないか」
「・・・と言いますと?」
「例えば火の魔石のほうは、周りを燃えないもので覆って火が漏れないようにしてしまえば、その周りの熱された空気だけが得られるだろう」
「・・・そうか、なるほど」
「風の魔石のほうは完全に覆うのではなく、欲しい分だけの風力が得られるよう覆う隙間を調節すれば良いんじゃないか?」
「・・・天才か?」
アイリは作っているものを見せただけですぐに改善点を挙げてくれた。
流石は知識のギフトを授かっているだけはある。地頭が良いのだろう。
俺ひとりではどんなに考えても到底思いつかなかった発想だ。話し合いが終わって部屋に戻ったら、再度内部の構造を練り直すことにしよう。
「完成まで大きく近づいたよ。ありがとう、流石はアイリさん」
「あ、い、り」
アイリに感謝するとシルヴィアに呼び方を訂正される。
いや、昨日の今日で言われていきなりは無理ッスよ。
「それにしても、貴行はどこからこんなものを考え出したのだ」
「ひゅ、う、が」
アイリが発言すると今度は俺の呼び方に指摘が入る。
これから名前を呼ばれるのかと思った俺は、アイリの顔を見て思わず身構えてしまう。
「ごほん。ヒューガ・・・殿」
「いや、おかしいでしょ。呼び捨てで良いのでは?」
呼ばれた俺は苦笑いしてしまった。
アイリは国は違えど身分も上、年も上。そんな女性に畏まられるのは正直かなりこそばゆい。
その様子を見ていたシルヴィアはくすくすと笑っている。
「どこから考えたか、だっけか。俺が生まれたグロース領は、冬になるとかなり冷え込むんだ。
そんな日に風呂に入れば髪がいつまで経っても乾かない。
母親が暖炉に背を向けて座って髪を乾かしてたから、その時に思いついたんだ」
あくまでそのときに思いついたように言う。
前世であったものをこの世界にも、ということは言わない。
「じゃあヒューガはお母様のためにドライヤーを作ってるの?ふーん・・・」
「いや、そのためだけってわけじゃないけど、まあ・・・」
贈る相手の事を想っていると、シルヴィアが不敵な笑みを浮かべている。何を笑っているんだ?
母親想いの偉い男の子とでも思われてるんだろうか。
俺が孝行息子と呼ばれるには無理がある。
女神の祝福の日にノーギフトと認定されたことが所以で泣かせてしまっているので、点数で言えばかなりのマイナスからのスタートになる。
俺が親孝行を急ぐ理由は、その時の失意に満ちた母親の泣き顔がトラウマになっているからなのかもしれない。
それに俺が魔道具を作る大義名分は、この世界で使い道のない溜まっていく一方のお金の使い道を増やしたいというところにあるのだ。
決して褒められるようなことではない。
「この器、ヒューガが作ったの?魔道具の器を土魔法で作るのなら、私も手伝うよ」
俺が作った駄作を見てシルヴィアが言う。非常に魅力的な申し出である。
前世のように樹脂やプラスチックといった家電の表面になっている材料がこの世界にはないため前々からの懸念材料ではあった。
魔石の出力に耐えうる材質でなおかつ自分で加工できる方法としては、土器を土魔法を押し固めて作るという方法しかない。
土魔法のギフトを授かったシルヴィアが魔法で精巧な器を作れるとしたら、願ってもない光明である。
「本当?是非お願いしようかな」
「む。自分の作りたいものをシルヴィア様に手伝わせる気か」
「もうアイリったら。私からやりたいって言ってるんだからいいでしょ。それに、完成したものをお礼に貰えばいいじゃない」
「それはもちろん」
ドライヤーが完成した暁には真っ先にフラウにプレゼントするつもりでいたが、その前段階として試作品で試験運用をしたいと思っていた。
完成したからと言ってすぐに完成品を贈って、例えば次に会った時には髪が黒焦げになってました、では洒落にならない。
当然俺の方でも使ってみて不具合がないか、使い心地はどうかなどを試すつもりである。
複数人の手に取ってもらって試行回数を増やせるのならそれに越したことはない。
このふたりに試作品を使ってもらうことで意見や要望をもらえるのなら丁度良いのである。
「出力の調整が上手く行ったらいくつか試作品を作りたいと思っている。
その段階になったらまたこの教室に呼ぶから、そのときにお願い」
「わかった。楽しみにしてるね!」
「まったく・・・」
地下道を作った時のようにシルヴィアにわかりやすいようにしっかりと製図をしておこうと気合が入る。
おそらくこと細かく書き込むことになるが、できる限り伝わりやすいように書くつもりだ。
俺は絵心は壊滅的だという自覚はあるが、他人にわかりすいように説明する製図をするとなれば、なぜか良いものが書けた。
まだ羊皮紙は余分に余っているので早速、今日の夜にでも机に向かってせっせと書くとしよう。
それにしても今日の話し合いで、魔道具の開発のことで詰まったらこのふたりに聞いてみるという選択肢が増えたのは大きな収穫だった。
リンネは教官だがあくまで詳しいのは魔力に関する事だけであり、新しいものを作る上で頼りになるかと言われれば話は別だし。
ーゴーン・・・ゴーン・・・ゴーンー
「教室を貸し出しできる時間はここまでですので、そろそろ・・・」
「わかりました。今日はこれで解散にしましょうか」
東に沈む夕日が照らす校舎に、授業終了の鐘の音が鳴り響く。




