27.国際会議①
コーラリアのことでアイリも交えて話し合いをしたい、とシルヴィアに話してから翌週のこと。
人目につかないところを候補に挙げ、魔道具の教室を使わせてもらおうと、リンネに教室の使用許可を申請したらOKが出た。
本来は魔道具の授業や研究をするために使用される教室だが、リンネは快く使用を許可してくれた。
黒焦げになった机はいつの間にか天板が取り換えられており、あの大惨事の見る影は無くなっていた。
リンネが休日の間に取り換えてくれたようだ。
「ここかな?」
俺が先に教室に着いて板書の準備をしていたところにシルヴィアが教室の入口にひょっこりと顔を出す。
続いてアイリも姿を現す。
「失礼します」
「そんな、畏まらず」
「これは私から。この前の詫びも兼ねてだ。教室を貸して頂けるということで教官殿の分もある」
席に着く前に、アイリに菓子包みを突き出すように渡される。
包みには商店街に店を構えるカフェの店名が書いてある。今日のためにわざわざ買ってきてくれたのか。
包装を解くと甘く香ばしい匂いと瑞々しい果実の香りが広がる。アップルパイかな。
中身を確認すると三つあるようで、結構なボリュームがある。
「え、そんなわざわざご丁寧に。リンネ教官いかがですか」
教室の後ろで自分の研究をしているリンネ教官に声をかける。
「私の分もあるんですか!?じゃあ遠慮なく」
リンネは包みの中を覗くなり、悪びれる様子もなくサッと中身をひとつ手に取って近くの席に座った。
女の子は、みんな甘いもの好きだよね。
「俺は甘いものなら良いよ。アイリさん食べなよ」
教室にいる人間の数は4。人数分の用意が無いので遠慮した。
俺が包みの中身を取り出して並べるたびにアイリがそれを目で追っていた様子を横で見ていた。
食べたいなら無理せずに、四人分買ってこればよかったのに。お詫びというのに自分の分まで用意するのは、確かに変だけど。
「いや、貴行のために用意したのに食べてもらわないと私の立場が、」
「いーじゃない。アイリ食べなよ」
「畏まりました。ではいただきます」
シルヴィアが口を開くとすんなり食べる気になってくれた。
お茶会をするんじゃないのだから土産など良かったのに、と思いつつ俺も俺で紅茶の準備があった。
フリーデンの適正試験のときに校長に淹れてもらったのと同じ、美味しすぎる茶葉を探して購入しておいた。
茶器は高価なものではなくその辺にありそうな水筒とマグカップだけど、まあお茶会じゃないし。
紅茶は俺の分も含めて四人分用意した。リンネもいつの間にかちゃっかり席に着いてご相伴に預かっている。
「これすっごくおいしいですね!
ヒューガ君からここで話し合いをすると聞いてましたが、まさかあなたたちとは。
コーラリアからはるばるこの学校に来てどうですか?学校生活、慣れましたか?」
「はい!」「おかげ様で。皆様には良くしてもらっております」
俺が教壇でカッカッとチョークで板書する音を立てる横で、席に座っている3人はアップルパイと紅茶に舌鼓を打ちながら談笑している。
俺も教壇の机の上に手を伸ばせる位置にコップを置き、熱々の紅茶をすする。
女子たちの話が弾んできたところで、板書を終えたので申し訳ないが喉をわざと大きく鳴らして話し始める。
「うぉっほん。今日はコーラリアのことについて話し合いたいことがあってこの場を設けさせて頂きました」
話し合いを始めるための口上は事前に考えておいたものだ。言葉が反射的に出てこないのはコミュ障の代表的な特徴である。
話し合う内容も当然事前に考えてある。
「一つ目。コーラリアの人口について。15年前に戦争が集結してから人口は倍に増えました。モンテブルグの現在の人口の約5倍です」
コーラリアから来た二人の反応を見ながら話す。
反応が薄いが、あくまで自分の国の事を言っていることは理解している様子だったので話を続ける。
「しかし人口だけが増えるばかりで食べ物の生産量は横ばいのままです。供給が追いついておらず、食糧を始めとした物資が足りていません。
このことについてコーラリアから来た御二人はどう思いますか」
「はいはーい!」
「シルヴィアさん、どうぞ」
「人が戦争で死ななくて平和に生活できることは良いことだと思います!」
シルヴィアさんが元気よく発言してくれましたね。元気が良くてよろしい。
「シルヴィア様、今言われたようにコーラリアの人口の問題はそう甘くはないのです」
「え、どうして?でも腹違いのお兄様たちだってそうだし、家族がたくさん居るって良いことだと思うのだけど」
「家庭が賑やかなのは良いことなのですが・・・」
発言した人に対して横槍が入る。シルヴィアとアイリ、席の隣同士で話し始めてしまった。
話が脱線してどこかに行ってしまいそうなので俺からも発言させてもらう。
「こちらからも良いですか。
人口増加に歯止めをかけるあくまで一つの案なんだけど、多夫多妻制を廃止しひとつの家にいても良い子供の数に制限をかけるという制度を設けてはどうでしょうか」
「え・・・?」
俺の発言に対しシルヴィアは目を見開いている。隣にいるアイリも表情を曇らせる。
そんなに悪い案じゃないと思うんだが、何かまずいことを言ったか。
「ヒューガ、あのね、子供ができるっていうことは家族にとってありがたいことでね。
それを国から抑えつけるっていうのは・・・うまく言えないんだけどそれは良くないと思うの」
そもそも論の人口増加に歯止めが利かないことには始まらないと思っていたが、その思惑がいきなり頓挫してしまった。
それどころかむしろこちらの倫理観が違うのではないか、と諭される始末。
コーラリアの王族であるシルヴィアに動いてもらえば解決すると思っていたが、その彼女を納得させるにはそう甘くないようである。
「・・・難しいだろうな」
ばつが悪そうにアイリが口をひらく。
「いや、施行するのが難しいというだけで悪い案ではないのだ。貴行にも考えがあるのだな。
しかし、そういう制度を定めたとしても人口増加には歯止めがきかないだろう。シルヴィア様が言った通り、コーラリアには無条件に子を授かることはありがたいといった風潮がある」
「な、なるほど」
意外にもアイリがこちらの話を柔軟に受け止めてくれた。その上で、こちらの意見に否定的だった。
多夫多妻制というトンデモ制度についても触れたかったが、人口のことにこれ以上触れても話が平行線になりそうなので議題を移す。
カラカラと上下式の黒板を入れ替える。
「えーでは人口のことは一旦置いておきましょう。次に物資の問題について、話し合いたいと思います。
先程も言った通り、人口は増えましたが生産量が増えていません」
「はい!」
「シルヴィアさん、どうぞ」
「私の土魔法でもっとたくさん野菜や果物を作ります!」
再びシルヴィアが挙手をし、自信たっぷりに発言する。うん、元気は良いんだけどね。
「シルヴィア様。コーラリア城の庭だけで採れる作物だけでは限界があるのですよ」
「魔法も使えるようになったし、もっと頑張れるもん」
「そういう話では無いのですが・・・」
シルヴィアさんや。アイリさんのいう通り、ひとりのマンパワーでは限界がありますよ。
国民全員の腹を満たせる程の食べ物をおひとりで作るつもりですか。
埒が明かないので見計らって発言する。
「さて、そこで。新しい産業を提案しようと思う。
酪農っていうんだが、効率の良い新たな生産方法を確立して国中に広めてみたらどうかな」
酪農。
俺も常識の範囲内というか、大体こうゆうことをやっているんだろうなぁというくらいしかわからないけれども。
そもそもこの世界では家畜として育てられている動物が鶏くらいしかない。
水牛はモンテブルグ国の東の隣国、イースタン地方に生息しているようだが捕らえられても農作業の労働力として扱われており、交配して数を増やすということはされていない。
ミルクも高原に住む放牧民が育てる羊から獲れる分だけしか出回っておらず、乳製品は前世と比べ高級品として位置づけられている。
他にも野性の獣として名高いイノシシはモンテブルグ山脈を始めとした山間部に生息している。
たまに人が住む麓まで下りてきて農作物を食い荒らす害獣として扱われ、捕食の対象とされていない。
こちらも雄雌の番を捕らえ、家畜として育てれば前世の豚のように野性が離れ家畜として育てることができる筈だ。
藪蛇な話だとは思うが、アイリは真剣な面持ちで俺の話を聞いてくれている。
シルヴィアは「牧場作りなら任せて!」と躍起になっている。もしもシルヴィア牧場が始動するのならば期待しているぞ。
リンネに至っては最早、我関せずといった素振りでアップルパイを突ついている。
ひとりは土魔法のスペシャリスト。もうひとりが生物についての知識のスペシャリスト。
ふたりの能力を如何なく発揮すれば牧場の立ち上げから家畜の世話まで上手く行きそうだと思うんだけど。
「現在コーラリアでは行われていない産業だな。良い案だとは思う。
だが場所はどうするのだ。コーラリアには新しいことを始められるような広い土地は無いぞ」
提案の内容を説明し切ったところで、アイリから鋭いツッコミが入る。
「え?少しも?」
「少しどころか、全くないと言っていいだろう。先の大戦よりもずっと以前からコーラリアの領土は手狭で居住地と農耕地ともに広げられなかった。
軍事力に乏しいコーラリアが苦し紛れにモンテブルグを始めとした他国に宣戦布告をし、領土を拡大しようとしていたのだが、それにも我が国は敗れてしまった」
「そうだったな・・・。確かにそうだ」
「他にも問題はあるが・・・一番は土地だな」
新しいことに目を向けるあまり、今までのコーラリアの歴史的背景について忘れていた。
「それにしてもまあ提案は練られていて、コーラリアのことをよく考えてくれているようだな。貴行を見くびっていたようだ。
以前は、その、将来性が無いなど、失礼極まりない発言をしたことを謝りたい」
「いや気にしちゃいないさ。こちらとしても今後や将来を考える良いきっかけになった」
「そう言ってもらえるとありがたい」
「今日はふたりとも、来てくれてありがとう」
アイリと俺が会話をしているのを見ていたシルヴィアは良いことを思いついた、という様子で手を叩く。
「ねえヒューガ、それからアイリ。何回もこうやって会ってるのにちょっと距離感があるじゃない?
だからぁ、試しに呼び方をアイリからはヒューガ、ヒューガからもアイリって呼んでみたら?」
「それは無理!」「無理です!」
俺とアイリの声が重なり、顔を赤らめる。
「ふふふ、決まりね!」
息ピッタリな俺たちの様子を見て、シルヴィアはニッコリとした笑みを浮かべていた。




