25.魔石の実験
アーカナ商会から購入した魔石を脇に抱え魔道具の授業が行われている教室に向かう。
リンネと共に競うように早歩きをしている。
「今日はいつもと雰囲気が違いますね、どうしたんですか?」
「魔石って値が張るものでしょう。ヒューガ君は学生なので制服で良いですが、同席する私で値踏みされちゃうと思いまして」
「ああ、なるほど」
喋っている間も歩くペースは乱さない。
〈走らない!〉
廊下の壁には絵心のある学生が作ったであろうポスターが貼ってある。
男子学生と女子学生、2人の学生がぶつかって持っているものを床に落としている様子が描かれている。
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魔道具の教室に到着し早速準備に取り掛かる。
いつも座っている席に着きアタッシュケースから魔石を取り出している間、リンネは魔石を加工する道具を机に並べてくれている。
「さて、白の魔石から魔力を注入する方法なんですが。
まずは私たちが普段触れているように魔石同士をくっつけてみましょう」
「そうですね」
棒状に加工された白の魔石の先端を火の魔石の表面に当ててみる。
すると火の魔石が微弱にだが赤い色になる。お目当ての火の魔法が出力される様子は無い。
白の魔石の方には変化が無いのでほとんど魔力が伝わっていないようだった。
一応反応はしているみたいだが魔法の出力が得られるほどではなかった。
魔力が十分に伝わっていない原因は何だろうかと考える。
未加工の火の魔石の方に原因があるのだろうか。くっつけた表面もざらついているので密着していない。
「やっぱり反応が弱いですね・・・。
魔石は表面から魔力を吸収すると、核となる中心部に魔力が溜まっていって魔法を放出します。
その状況を何かしらの方法で再現できれば良いんですが」
「それなら火の魔石の中心まで穴を開けてそこに白を突っ込んでみますか」
「・・・思い切りが良いですね。責任は取れませんがやってみる価値はあると思います」
今からやろうとすることをジェスチャーで表現する。それを見てリンネは表情を曇らせる。
1個1個が相当な価値のある魔石である。失敗してしまえば穴が開いたただの石ころになってしまうだろう。
だが元々加工して使うために買ったのだし、予備で複数個購入したので特に問題はないのだ。
「魔石に触れて間違って魔力を注入してしまわないように手袋をしてください。火の魔石の場合、最悪火が出て火傷する恐れがありますので」
「わかりました」
白の魔石を棒状に加工するときはリンネは手袋をして作業していたが、俺は素手で作業をしていた。
思い返せばあれはそれなりに危険な行為だったのだ。
道具で手を怪我するのもそうだが、もしかしたら魔力を吸い取られながら作業をしていたのかもしれない。
魔石の大きさを何度も確認しながら中心部の核と思われる深さまで錐で穴を開ける。
錐の先端を押し当ててコリコリと回すとたちまち穴が開く。
更に棒状の白の魔石が差し込みやすいように細い鑿で穴の形が四角になるように整える。
「こんな感じですかね」
「良いと思います」
「いきますよ」
白の魔石を穴を開けた赤の魔石にスコンと差し込む。
その次の瞬間。
火の魔石が眩しいほどまでに赤く光り、視界を覆うほどの大炎が現れた。
「うおっ!」「キャアアア!」
対面に座って実験の様子を見ていたリンネは教室の入口まで飛びのいた。
急いで鎮火させようと魔石を持っていた逆の手から水魔法でできる限りの消化水を出し、火元に向かってぶちまけた。
火の勢いが収まっていく。
魔石から火が出た際急いで手を離したので火傷こそしなかったが、目の前の机は黒焦げになり、教室中水浸しにしてしまった。
この惨状をみながらリンネは、
「成功ですね!やりましたねヒューガ君!」
と興奮している。
根っからの研究者の反応である。
微塵たりともこちらを批難する様子がない。
もっとこう、火傷しなかったかとか。危ないじゃないかとか。・・・あるだろ?
きびきびとした動作でアタッシュケースから風の魔石を取り出し、風を噴出させて窓から煙を外に飛ばしている。
「えぇ・・・」
俺は頭から靴までびしょ濡れになった制服を身にまといながら、呆けた顔で力なく返答した。
火元だった火の魔石は白の魔石が差し込まれたまま黒焦げの机の上に転がっている。
購入した時の元の薄い赤色に戻っていた。魔力が充填されていた白の魔石も薄い白、魔力は残っていないようである。
形もどこも崩れた様子は無く原形を保っていた。
机の上に残っている水がまだピチョン、ピチョンと床に滴っている。
何も考えずに水をぶちまけたせいでこちらまでずぶ濡れになってしまった。
リンネは俺を置いてすぐに非難したので濡れずに済んだようだが。
ああ、今すぐにドライヤーを使いたい・・・。
先程の火の魔石が白の魔石からの魔力に反応した瞬間の映像が目に焼き付いている。
とりあえずは、白の魔石を通して火の魔石を作動させられることは今日の実験で分かった。
しかしこれではドライヤーに流用した際、いくらなんでも火力が高すぎる。
乾かそうとする髪が黒焦げになってしまうだろう。
どうしたものか。
ーゴーン・・・ゴーン・・・ゴーンー
「ああ、もう時間ですね。ヒューガ君がやろうとしていることは最早、授業時間だけでは時間が足りないですね・・・。魔石はヒューガ君のものだし、授業外でも研究を進めてみたらどうですか?」
「寮の自室でですか?流石に火事になると思いますよ」
「この教室を使っても良いですよ。私は自分の研究をこの教室でしていると思うので。事前に使う日にちと時間帯を言っていただければ。
あ、でも必修授業が行われる午前中は駄目ですよ」
「わかってますって」
授業時間外も研究を進められるようになる事は嬉しい限りだが、さすがに武術の訓練をサボってまでやろうとは思わない。
それに魔道具のこと以外も並行して用事を作ってしまっているので、もどかしいが基本的には授業時間にしか研究を進められないだろう。
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アイリとは和解したとは言え、彼女に最初に言われた言葉が未だに胸に刺さっている。
〈貴様には将来性がない〉
あの口論で俺とアイリ、互いに落ち込んでしまう結果となったけれども。
今一度将来を考える良い機会になったので、ああいう経験は必要だったのだ。少なくとも俺にとっては。
俺はこの世界で何がしたいのだろうか。
生前は仕事に追われながらも日課の散歩をすることで自分を保っていられた。
あの時の生活を客観的な視点で振り返ると、精神的にも身体的にも適度な負荷と報酬が得られる良い環境だったのだと思う。
それなりに自分の生活に満足できてもいたし、幸せとまではいかないがこのまま年を重ねていっても問題ないと感じていた。
じゃあ今はどうか。
早朝、朝の散歩中。
シルヴィアと横並びで歩いている最中に考え事をする。
一人で散歩できないせいで気が休まらなくなり、歩きながら考え事をしてしまっている。
何も考えずにのほほんと散歩できるのはグロース領に帰省する休日の朝のみとなってしまった。
とりあえず現状で体得しているものを整理する。
まずはこの世界に生まれたことに対しての祝福、読心術というギフトを授かった。
とはいえ自分で内容を選んだので祝福と言っていいのか微妙である。自らの欠点であるコミュ障を何とかしようと邪な考えから選んでしまった。
能力を活かしてこの世界で何かを成すには読心術は心もとない。
武術はどうだろうか。
剣術のスキルレベルは7で体術も習得予定。
先の大戦で活躍していたライガと同じレベルなのでこの国の軍属となれば重宝されるだろう。
だが現在、他国との争いはない。もし本当に軍属となったら国防の任務に就くくらいか。
魔法を全属性網羅しているが広く浅くしか触れてないのでせいぜい生活を便利にするくらいにしか使えない。
魔法と言えば、シルヴィアがなぜか朝の散歩の終わりに俺が水魔法で生成する水で手を洗うことを気に入っている。蛇口なんて学校の至る所にあるのに。
アイリにコップ一杯の水を飲ませたことを聞いたらしく「私も飲んでみたい」と言われたがなんか気が引けるので断った。
他人が使えるレベルの魔法しかせいぜい使えないので、それを活かして生活していくことは考えられない。
己の無力さを実感する。
何か、他に何かないだろうか。他にやっていることと言えば・・・。
アイリの諜報活動を食い止めるために始めたコーラリア国の情勢調査。
ここ数週間、空き時間に資料や文献を読み漁りあの国についてそこそこ詳しくなったと思う。
アイリはコーラリアを酷い国だと言っていたが、肝心の主人のシルヴィアは自分の国の事をどう思っているのだろうか。
シルヴィア自身の口からも詳しく聞いてみたい。
ちょうど良いと思い、シルヴィアに質問する。
「コーラリアのことで聞きたいことがあるんだけど、また前みたいに話がしたい。アイリさんにも同席してほしいのだけど」
「私の国のことで?じゃあ、来週の週明けの午後に私の部屋でする?」
休みの日の翌日、週明けの午後はお互いに選択授業がないので時間が空いている。
まとまった時間がとれるし良い案なのだが、そう何度も他人を自分の部屋に入れようとするのは警戒心が無さすぎると思うんだが。
他に集まれる場所といえば。
寮の応接室はどうだろうか。
しかしあそこは寮生の目に留まるだろう。窓があり、人通りも多い部屋だ。
先日彼女らの部屋に招かれた際も廊下での周囲からの視線が痛かった。
変に噂が立つのもアレなので、できれば人気が無い場所が良い。
・・・そうだ。良い場所があるじゃないか。
「魔道具の授業を受けているんだけど、今年は俺一人しか選んでいる学生がいないんだ。そこでどうかな」
「魔道具の教室でってこと?授業無い時に勝手に入って平気なの?」
「教官に聞いてみるよ。おそらく大丈夫」
ちょうどドライヤーという新しいものを作っている最中である。この機会に見てもらおうと思っている。
この世界にない概念を創造しようとしているので、完成しないことには理解してもらえるかわからないけれども。




