24.2人の魔力科学者
アイリとシルヴィアの間を取り持った翌日の早朝。
女子寮から五体満足で無事に生還することを成し遂げた俺は疲れ果て、そのまま自室のベッドに体を沈ませ、泥のように眠り夜を明かした。
そして今眼前に広がるは、瓦礫が広がる首都南部。
北はモンテブルグ首都の街並み、南はコーラリアの国境までなにもない開けた景色が広がっている。
さえぎる物のない自由な風が全身を纏っており、心地がよい。
「アイリさん、あれからどう?」
「すっかり元通りだよ。元気なくらい」
「そっか」
「うん」
口数は少ないが、ぽつりぽつりと会話しながら歩く。
やっぱり気まずい。
シルヴィアは俺と同じ景色を見て何を思うのだろうか。
せっかく散歩する環境は良くなったのに、気が休まらない。
「その腰のは・・・剣?」
「必要ないと思うけど、一応ね」
刃渡り30センチほどの両刃短剣を購入し、鞘を腰のベルトにぶら下げている。
訓練用の木製ではなく、首都で購入した鋼鉄製の真剣だ。
もしもの不測の事態に備え、地下道が完成する前に考え購入しておいたものだ。
とはいえ殺傷能力は低い。剣を手にすることで剣術スキルを発動させ身体能力を飛躍的に伸ばすことを目的にしている。
訓練で使っているような両手剣は背中に抱える大きなサイズになるので、散歩の邪魔になると思い候補から除外した。
俺はシャランと金属同士が擦れる音を立てながら短剣を抜く。
思えば、この世界において6歳から毎日のように剣を振ってきたが、ちゃんとモノを斬れるものを手にしたのはこれが初めてだった。
ライガに教えてもらった攻撃の型、防御の型を何もない場所に向かって素振りをする。
金属製で木製のものよりも重量がある筈だがほとんど重みを感じない。剣術スキルの恩恵だろう。
そして剣を握っているときは体も軽くなる。フォンフォンと剣で風を切る軽快な音が周囲に鳴り響く。
「舞い・・・みたい」
傍で見ていた王女様はボソリと感想を述べる。
小さい声だったが、今回は聞き逃さなかった。
「・・・まあ、これでも武術のクラスだから」
「そうだとしても近衛騎士みたいでカッコイイよ、見とれちゃう」
「そんな」
前世含めて人生で聞きなれていない誉め言葉を立て続けにかけられ、ついつい気が大きくなり得意気になってしまう。
本当の騎士様はいちいち照れたりしないのだろう。
照れ隠しするようにゴホンと拳で口元を隠しながら剣を腰の鞘にしまい、歩き出す。
そんな様子を見ながらシルヴィアは黙って俺と横並びで歩く。
馬車も人も通らない広い道路の真ん中をふたりで歩くのはとても開放的だった。
短剣は鞘と一体になっているベルトごと地下道に置いておいて、朝散歩する際にのみ持ち出し学校内には持ち込まないようにする。
剣の使用可否については学校の外であれば管轄外のはずだしこれに関しては文句は言わせない。
朝の散歩中、万が一にも無いと思うけど、何者かに襲われでもしたら。そうなったらアイリに合わせる顔がない。
俺一人だけなら逃げるなりどうとでもなるが。隣にはシルヴィアがいる。
無論それ以外の影響も計り知れない。
門限を破って外出していたこと、勝手に校舎の地面に穴を開けて抜け道を作ったことも明るみになる。
フリーデン養成学校の監督責任も問われることになるだろう。
それらがそのまま、散歩に一人でいきたい理由でもあった。
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武術の訓練の授業が終わり、昼食を終えた昼下がり。
もうすぐ選択授業の時間になるが、今日は魔道具の教室ではなく寮の応接室に向かっている。
本日午後から〈アーカナの魔道具専門店〉に頼んだ魔道具の材料となる魔石を納品してもらうことになっている。
納品は寮の応接室まで届けてもらい、直接手渡しすることをお願いしてある。
寮の応接室は予約制で、普段は教官と学生が面談したり学生同士の話し合いをするのにも使われている部屋だ。
火と風の魔石の納品にはリンネにも立ち会ってもらうことにした。
アーカナ商会を疑っているわけではないが、リンネという有識者に確認してもらい納品されるものの質が悪ければ返品することも考えていた。
受け取り場所の応接室に時間通りに向かうと既にノウンが到着しており、入り口側のソファに腰かけていた。他にも腰にちゃんとした刃渡りの剣を下げた軽装の衛兵が2人、部屋の隅で待機していた。
あの店を出るときから戻るまで同行してもらうのだろう。
首都は治安が良いとはいえ、今日持ってきてもらった火と風の魔石は高価なものだ。売る側からすれば店と学校の途中で商品や現金が盗難に遇うことも危惧すべきなのだろう。
リンネはまだ来ていなかった。受け取りの日時や場所はしっかり伝えたのだが・・・。何か用事で忙しいのだろうか。
「こんにちは、ヒューガさん!」
「こんにちはノウン。それがお願いしていたものかな?」
「そうです。早速ご覧になりますか?」
「ああ」
ノウンは立ち上がって元気よく挨拶してくれた。前に店で見たぱっとしない少年はここにはいない。
てっきり店主のお婆さんと来訪するものと思っていたが、彼は一人でも堂々としていた。
俺が部屋に入った時点で部屋中央のローテーブルに木製のアタッシュケースが置かれていた。
ノウンがそれを開くと中には羊皮紙で軽く梱包されていた丸いものがいくつか入っていた。
「申し訳ありませんが今日までにうちで用意できたのは火と風の魔石4つずつで、残りは―――」
「遅れました!ごめんなさい!」
ノウンが納品物の説明している最中、遅れてリンネが部屋に入ってきた。
授業でいつも着ている薄汚れたローブではなく、上はジャケットにブラウス、下はスカートといった正装をしており、顔は薄く化粧をしている。
それにいつもかけていた眼鏡をしていなかったので一瞬誰かわからなかった。
応接室にはソファがふたつ、他に座るところが無いので俺は座っていたソファの端に寄り、リンネに隣に座るよう促す。
リンネが部屋に入ってきてから対面のソファに腰かけるまでの様子をノウンは片時も目を離さず目で追っていた。
「こんにちは。私はリンネ・エルソンと言います。この学校で魔道具の授業の教官をさせて頂いています」
「・・・あ、えっと、ぼ、僕はノウン・アーカナと言います!あの〈アーカナの魔道具専門店〉の者です!
来年ここに入学しますギフトは魔力科学者ですよろしくお願いします!」
ノウンは早口でリンネに自己紹介をする。声が上ずっている上、顔を赤らめている。
「ふふふ、よろしくお願いしますねノウン君」
「よろしくお願いします!」
「魔石、見せてもらっていいですか」
「はい!」
ノウンはアタッシュケース内の丸い包みを2つ取り出し、梱包を解いて中身を見せてくれた。
中身は少し透き通った赤色と緑色の石。それぞれ注文通りの火と風の魔石である。
「触っても良いですか?」
「どうぞ」
確認してからリンネは火の魔石に触れる。魔力を込めて止めてを繰り返しているのか、魔石が赤く点滅している。
次に風の魔石にも同じことをする。動作確認をしているのだろうか。
「火も風も両方とも問題なさそうです。魔力の反応も良いし、良質なものだと思いますよ」
リンネはそう言いながら俺とノウンに微笑んだ。
ノウンはリンネの顔を見ながら固まっている。
「それじゃあ代金は銀行からの引き落としでお願いしたいんだけど」
「では、この紙を確認してサインをお願いします」
ノウンは俺の言葉で我に返り、ぎこちない動作で数枚の書類を脇の鞄から取り出し始める。
先程の堂々とした少年はどこへやら、鞄に向かって俯くたびに何度も眼鏡をかけなおしている。
書類を机の上に取り出して俺の目の前に置いていくが、本人はどこか上の空だ。こうゆうのは業者側が書いてあることをひとつひとつ説明するもんだと思うのだが。
しょうがないので書いてあることを自分で読み、商品の個数、代金の金額、銀行口座番号やサインする箇所などを探して空欄が無いように書き込んでいった。
「学生なのに、もう銀行の口座を持ってるんですね」
「大金を持ち歩くわけにもいかないので・・・」
書類を読んでいるところに手持無沙汰になったのかリンネがひそひそと話しかけてくる。
銀行口座はライガにお願いして開設してもらったものだ。
もとより前世から現金決済は好きではなかったので最初に小遣いをもらったときにすぐに作ってもらった。
もらった金額を口座にほとんど預けてしまっていたが、学校生活において現金を使う機会がそうそうないので今のところ特に不便を感じていない。
書類の書き込みが終わり、ノウンに確認してもらう。
問題なさそうである。
「魔石はアタッシュケースごと差しあげる形で納品となります。魔石を保護保管するのに使ってください。今日はありがとうございました」
「こちらこそありがとう。またお願いすると思う」
魔石が入ったアタッシュケースを受け取り、ノウンを応接室に置き去りにして俺とリンネは急いで魔道具の教室に向かった。
授業時間を使ってのことだったので早速魔石を使って色々と実験がしたかったのである。
ノウンはリンネを一目見てから何やら様子がおかしかった。衛兵が付いているとは言え無事に帰れるんだろうか。
そういえば残りの魔石の納品方法を聞くのを忘れていた。まあ国外から輸入するものなのだしすぐには数が揃わないだろう。
また授業がない空き時間にでも、店の方を訪ねてみよう。




