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23.こうなるのはわかってた

 「やっぱりアイリ、今日も起きれそうにないから私の部屋まで来て。

 なんかアイリからもヒューガに話があるみたい」


 地下道が完成した日の昼下がり。


 アイリと話をしたいと言ったが、まさかその日にその機会が訪れるとは思ってもいなかった。


 朝から既に緊張していた。


 食堂での朝食も食べ物が喉を通るはずもなく。


 午前中の必修科目である武術の訓練では身が入るわけもなく。


 いつも以上に腑抜けた授業態度で臨んだせいで周りとどんな会話をしたのか、何をしたのか記憶にない。


 男ひとりで、女子ふたりの部屋に。


 シルヴィアに言われるがまま承諾してしまったが本当に行っていいものか。


 そして現在。

 シルヴィアの後をひたすら歩いている。


 寮の入口に入り、いつも男子寮に行く右方向とは逆の左に曲がる。


 特に性別が違う区画に入ってはいけないという規則はないが、ほとんどの学生はやらない行為だ。


 あまりの緊張に歩く手と足が同時に出てしまっている。歩くこともままならない。


 廊下の隅には女子学生がちらほら見受けられる。

 立ち止まってこちらを見て何かヒソヒソと話している様子だが気にしている余裕はない。


 「アイリ~?入るよ~?」

 シルヴィアは自室のドアをノックした後部屋に入っていった。


 一階の一番奥の部屋、向かい合って俺の部屋と対称の位置だった。


 彼女の後を追い、俺も吸い込まれるように部屋の中へ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 部屋の中央に椅子が二つあり、

 片方はアイリが茶色い生地に白い糸で刺繍の装飾がなされたシャツとズボンという寝巻の恰好のままで椅子に座っていた。

 足には素足に部屋用のスリッパを履いている。


 「失礼しま~す…」

 シルヴィアに連れられる形で部屋に入室し部屋の様子を伺う。


 「私、いない方がいいかな?外で待ってるね」

 「あ、はい」

 返事をするとシルヴィアは部屋から出ていき、静かにドアを閉める音がした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 用意された入口に近いほうの椅子に着席し、アイリとひざを突き合わせる形で話し合いが始まった。


 「「…」」


 といってもそんなすぐに話し出せるわけもなく。

 俺は言いにくいことを自分から切り出せるほど肝も据わってないし、何より根っからのコミュ障なのだ。


 念のために読心術が使えるよう、ジュエリーケースを箱ごと持ってくることも考えた。

 元々彼女らの所持品だった箱とその中身に触れることで言い出しづらいことも話している言葉の裏も読み取ることができる。

 コミュ障の俺にとってそれは大きなアドバンテージになるが、話し合い中ずっとポッケに手を突っ込んでいるようだと失礼になると思い止めておいた。


 座って少し落ち着いてきたので部屋の様子を見渡す余裕が出てきた。

 学校から支給されているタオルなどのアメニティグッズが綺麗に陳列されている。


 アイリの膝の上に乗っている手を見る。指先まで白くてきれいな手だった。

 これが毎日シルヴィアのお世話をしている手かぁなどと呑気に考えていると、


 「…貴行は、」

 

 先に口を開いたのはアイリだった。しゃがれた声だった。

 ここで俺はようやく彼女の目を見ることが出来た。

 虚ろな目をしていた。覇気が感じられず、艶のある黒髪には若干寝癖が付いていた。

 

 ごほんと咳ばらいをしてから再度喋りだす。


 「貴行は私のことを…いや、コーラリアのことをどこまで知っているのだ」


 アイリは前みたいに威嚇するような態度ではなく淡々と話し始めた。

 こちらの呼び方にも若干の気遣いが見られる。落ち着いて話し合いができそうである。

 喋りづらそうだったので側にあるテーブルに用意されていたコップに手を伸ばし、目の前で水魔法で清潔な水を生成し飲ませようとする。

 

 「ほら」

 手渡すとやはり喉が渇いていたのか、口をつけると一気に飲み干した。


 「感謝する。…魔法のクラスでもないのに魔法が使えるのだな」


 あのアイリの口から感謝と称賛の言葉まで出たことに驚いた。

 喋り方もしっかりとしており、少しは調子が戻ったようだった。


 「コーラリアのことをどこまで知っているか、だっけか」

 国のことなんて今はどうでも良いのだが、初っ端から本題に入るのもいきなりすぎるので世間話でお茶を濁そうとする。

 

 「今はほとんど何も知らない。図書館で関連した本を読んでいる最中でさ。産業とか法律とかの本を読んでいる」

 「酷い国だろう」

 「え?」

 酷い国って、人口の事を言ってるのか、食料問題の事を言ってるのか、はたまた国全体のことを言っているのか。

 でも生まれ育った自分の国をそんな風に卑下しなくてもいいじゃないか。

 俺個人としては海が見られるってそれだけでも羨ましいのに。


 今は国のことなんてどうでも良いので話を切り替えてアイリのことについて話したい。

 もともとこんな女子の部屋くんだりまではるばるやって来た真の目的はそちらだ。


 「国全体のことなんて、すぐにどうこうできる問題じゃない。

 そんなことより今日ここまで来たのは君のことでだ。どうしても伝えたいことがある」


 ここからが本題だ。

 彼女に伝えたいことは頭が真っ白になったせいで半日で整理し切ることはやはり無理だったので、もうアドリブで話すしかない。


 「園芸の授業をしているときに横を通りがかって学生たちと話しているのを聞いてさ。

 その時に、君が言っている内容を聞いて驚いたんだ。

 まるで知識のギフト、生物学者のギフトを授かっているみたいだって」

 どもりながらも言葉を繋いでつい最近知ったかのように話す。あくまで読心術で得た情報だとは言わない。


 「その通りだ。私が授かった本当のギフトは生物学者だ」

 ギフトのことを彼女自身に認めさせるのは難関だと思っていたのだが、意外とすんなり認めてもらえた。


 「それをシルヴィア…様に言おうと思ったことは」

 「無い。王族の護衛の任に就くとなるといずれかの武術に長けていないと務まらない。だから必死になって体術を身に着けた」

 俺も武術のクラスで体術をゼロから習得しようと訓練を受けている。

 アイリもシルヴィアの護衛の任に就くためとはいえ体術の習得には血の滲むような努力をした筈だ。

 

 「しかし体術のギフトを授かった者として護衛を任されているのに今更本当のことを言って納得してもらえる訳がない。

 私が個人的な感情でお傍にいたいと申し出たにも関わらず、その護衛対象のシルヴィア様を騙していたのだから。

 なので本国に通達して代わりの者を送ってもらうようにする」

 「な、なんでそんな話になるのさ」

 彼女は前々からこうなる事態を想定していたかのように、つらつらと話し始めた。

 彼女には能力があるのに、噓をついていたことに対し後ろめたさを感じていたのかもしれない。

 

 それにしてもシルヴィアといいアイリといいどうして自分の能力を活かそうとしないのか。折角ギフトというこの世界特有の大層なものを授かっているというのに。

 それに彼女らに限ったことだが主人と従者とがお互いに相性の良いギフトを持っている。

 更にはシルヴィアはアイリを生物の知識があることを含め高く評価している。

 アイリの護衛能力に不備があることが判明したとて、護衛の任を解こうとするはずもない。


 やり方は少々乱暴になるが、アイリに提案する。


 「本題だけど、生物学者のことを知ってもらうべきだ。自分から言いにくいなら、俺から言ってみようか」

 「シルヴィア様に直接言うというのか…。私に恨みでもあるのか」


 そう言われ先週の口論が頭によぎる。


 〈貴様には将来性がない〉


 いや~言われた時はそれはもうショックだったな~。あんな言い方ってないよな~。

 それに壁に押し付けられた背中はあの日寝るまで痛かった~。


 まあ色々言いたいことはあるけど。今は忘れよう。


 「無いけど、今のままでいいはずないだろ」

 遅かれ早かれ、いつかはシルヴィアに言わなければ事は先に進まない。


 「…シルヴィア様を呼んでくれ。私の口から言う」

 アイリは観念したかのように俺の提案を聞き入れてくれた。

 ギフトのことは自分の口から言うそうなので、俺とは違い勇気があるなぁと関心してしまう。


 椅子から立ち上がり、外にいるシルヴィアを呼びに行く。

 部屋のドアを開け周辺を見渡すとシルヴィア以外誰もおらず、廊下の壁に寄りかかって退屈そうにしていた。


 「アイリが伝えたいことがあるって。中に入ってもらっていいかい」

 「はーい」


 シルヴィアを連れて部屋に戻ると、アイリは椅子から立ち上がっており神妙な面持ちをしていた。


 「すぅー…ふぅ…」

 深呼吸をしながら息をしている。額からは汗がにじみ出ている。 


 「シルヴィア様」

 「な、何でしょうか」

 アイリのあまりの気迫に気圧されたのか、他人と接するときのように敬語になってしまっている。


 「私が授かった本当のギフトは、生物学者です。シルヴィア様を護衛するために体術のスキルを身に着けました」

 「…え?」

 相当な気合が入った告白を聞きシルヴィアはきょとんとした顔をしている。

 思っていたのと違う反応が返ってきた俺とアイリは困惑する。


 「それだけ?それがアイリが言いたいことなの?私ギフトとかスキルとか良くわかってなくって…」 


 …まじかよ。コーラリア王室の教育はどうなってるんだ。この世界で生きていく上で割と重要な事だと思うのだが。

 それから数分にわたって俺とアイリとでギフトとスキルのことを手短に説明した。


 「教えてくれてありがたいのだけど…。まだよくわかんない」


 ギフトはどうとか、スキルはどうとか説明するが首を傾げるばかりで理解できないようだ。

 俺も正直なところ本で読むまでは曖昧で、文字と図で見て理解を深めたので口頭で伝えるには限度があった。


 「そんなことでアイリは寝たきりになるくらい悩んでて、私にそれを隠してたの?」

 「…はい」

 「ふーん…。だとしてもね、コーラリアでは隠し事をしたら重罪だから!」

 「なんなりと。どんな罰でも甘んじてお受けいたします。護衛の任を本国の者と交代することも視野に」


 ふたりのやり取りを見ながら今更ながらコーラリアの国民性について思い出す。

 ああアイリが一番忌避していたのはこれだったのだ、と。


 〈夫婦間で隠し事をすることは何よりも重い罪である〉


 コーラリア国内で定められている制度に関する一文である。

 ふたりは夫婦ではないけど、前にコーラリアでは仲良い者同士でも隠し事は厳禁だとシルヴィアが言っていた。


 「アイリ・ナイトローズ。シルヴィア・ミア・コーラリアの名の下に、刑を言い渡します」


 コーラリアでの正式な口上だろうか。シルヴィアは真剣な面持ちだ。

 部屋の空気が重くなる。俺とアイリは目線を伏せごくりと喉を鳴らす。


 そんな、いきなり、今ここで?

 やめてくれよ。

 あんまり重たい刑なら怖いし、耳塞いでようかな。


 「この先、何があっても、ずっと側にいて欲しいな」

 シルヴィアは被告人の手を取り、目を見ながら満面の笑みで判決を言い渡した。


 「アイリがいない生活なんて想像できないよ。私を置いて帰るなんて言わないで」

 「シルヴィア様ぁ…。一生お供させて頂きます…」

 「心配したんだよ」

 「申し訳ありません」

 シルヴィアとアイリは目に涙を浮かべながら抱き合っていた。


 …ま、まあこのふたりのことだし?

 俺は最初からこうなるってわかってたけどね。

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