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20.従者アイリ

 魔道具の選択授業が無い日の昼下がり。

 週末が明日にまで迫っているのでグロース領に帰るための馬車を予約しに行く。

 どうせ毎週帰ることになるので毎週末の早朝に利用することを伝えても良いのだけど、買い物や図書館にいくといった用事があるのでついでに済ませようと思っている。


 最近はコーラリアの資料の他にフラウおススメの作家の文学作品も読んでいる。

 グロース領に帰った時にこの世界の両親との話題を尽きさせないためというのもあるが、この世界独自の印刷技術や本の質感にすっかり虜になっていた。


 図書館は商店街とは違って閑静な住宅街に位置し、俺にとって散策するにはうってつけの光景が広がっている。

 図書館の内部は静かなのは勿論、周辺も心を落ち着かせるにはちょうど良い。

 天気のいい日なんかは借りてきた本をそのまま道端のベンチに座って読むのも気持ちが良いだろう。


 まあ、集中して読みたいので俺は寮の部屋に帰って読むのだが。


 図書館から借りた本を手に抱え、学校に帰ってくると校庭にある庭園に人が集まっていた。

 

 この学校の選択授業のひとつである園芸の授業中らしい。

 学生の顔をちらほら伺っているとシルヴィアとその従者のアイリの姿が見受けられた。

 他にも武術の授業で見た事のある知った顔も何名か。


 冷やかしになるのも悪いと思い、声を掛けずになるべく速く横を通り過ぎようとしたところに、


 「ヒューガ!ヒューガさーん!」


 と声を掛けられる。声の主であるシルヴィアがこちらに向かって手を振っている。

 座って作業していたところを立ち上がり、こちらに笑顔で駆け寄ってくる。

 

 魔法を使って作業をしているのか服装は全く汚れていなかった。

 農作業をしているというのに服装は学校指定の制服で化粧も髪飾りもしっかりつけているという余所向けの完璧な格好だ。

 声は同じだが、朝の共同作業をしているときと打って変わってまるで別人である。


 公衆の面前なので丁寧な言葉遣いで話すことにする。


 「御機嫌ようシルヴィア様。今日は魔法の授業の後なんですよね?魔力のほうは大丈夫なんですか?」

 「えーっと・・・。庭のお世話をするくらいならそこまで魔力を使わないので大丈夫でございますのよ。オホホ・・・」

 シルヴィアはいつもの調子で話そうとしたのか、言葉遣いがぎこちなくなる。


 「ごほん。その本はどうしたんですか?ヒューガさん、読書するんですか?」

 「ええまあ・・・。今日は図書館に行った帰りなんですよ。それにいいんですか?話してて。授業のほうは大丈夫なんですか?」

 「今は自分で育てている植物の世話をしている自由な時間ですから、」

 などと授業に関係の無い世間話をしていたその時。


 「きゃあー!」

 授業を受けている他の学生から悲鳴があがる。何が起こったんだ、とその場にいた者は皆注目する。


 シルヴィアの従者、アイリが素早く学生の間に割って入っていく。


 「はぁ・・・ただのクモじゃないですか」

 「アイリさん!?そんな!」

 アイリは騒ぎの原因となった虫を嫌な顔ひとつせずに手袋の上から触り、優しく庭園の隅に放す。

 華麗な所作一つ一つに周りの学生は思わず見とれていた。


 「クモは見た目が悪いので不快に思われるかもしれませんが、衛生害虫であるハエや蚊を捕食する益虫です。人間に害はありません」

 「え、えーせい、がい・・・?」

 「あと、今貴女が踏みつけた赤茶色の細長い生物は虫の死骸や枯れ葉や植物の切れ端を分解してくれ栄養満点の腐葉土が生まれます。

 庭園の土を良いものにしてくれるので土の中に返してあげてください」

 「えぇ?ひゃあ!」

 立て続けに災難に遭い涙目になっている女学生は素早く片足をあげる。

 踏み付けにされた生物は土の上をにょろにょろと動き回っている。・・・あれはミミズかな。


 アイリは生物学者のギフトを隠して護衛を任されているようだが、そのギフトの知識を隠す気はなさそうである。

 彼女の話をちょっと横で聞いているだけでも面白かったし、勉強になった。


 「アイリってすごいんだよ。生き物のこと、なーんでも知ってるんだよ。私の護衛の仕事の傍らに勉強したって言ってたけど」


 シルヴィアが小声で朝会うときの口調で話しかけてくる。

 アイリのことを話す彼女はなんだか嬉しそうというか、誇らしげだった。


 「何でも?そりゃすごい」

 「うん。生き物のことならアイリに聞けばなんでも答えてくれると思う」


 シルヴィアはアイリの豊富な知識量を単に博識なだけだと思っているようだった。

 鈍いだけなのか、敢えて気が付かないようにしているのかわからないけれど。


 しかし知識のギフトを授かっていると言われても何の違和感もない。むしろしっくりくる。

 見る人が見ればすぐに見抜かれるだろう。

 

 例えば俺の手を見るだけで剣術の才を見抜くこの学校の校長なんかが見れば、だ。

 

 「授業の邪魔してはいけないので部屋に戻ります。それでは」

 「うん、またね」

 授業の妨げになると思い話を切り上げて立ち去ることにする。

 口調が定まらないシルヴィアも授業に戻っていった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「ヒューガ・グロース。そこで止まれ」


 寮の入り口に入ろうとした時。後ろから声を掛けられる。

 周囲が静まり返っていたところに急に声を掛けられたのでびくりと身体を振るわせ驚いてしまった。


 声の主はシルヴィアの従者、アイリだった。

 後をつけられてきたことに気が付かなかった。


 何の用なのだろうか、授業を勝手に抜け出してきても大丈夫なのだろうか等の疑問が浮かぶ。


 「シルヴィア様から好意に思われているようだが、調子に乗るな。これ以上関わり合うのは止めろ」

 彼女の言葉に呆気にとられてしまう。先ほど園芸の授業を受けていた学生たちと触れ合っていた時とは違い、神妙な面持ちだ。

 何か事情がありそうだが、せっかく出来た交友関係を崩されたくない俺としては反抗したいところだ。


 「・・・それは何故です?」

 「貴様には将来性が無いからだ」

 あまりにも辛辣な言葉を突き付けられる。


 俺には、将来性が、無い、ですと?何を根拠にそんな事を言えるんだ。

 しかもまだそこまで面識も無いのに貴様呼ばわりか・・・。


 「将来性が無いって言うのは、どういうことですかね」

 「聞くところによると貴様、ノーギフトらしいな。15年生きる前にあの世行きの」

 「うぐ」

 この数日、俺の事を指すその言葉を聞いていなかったせいで深く心を抉られる。

 授業初日に力を示したのは武術のクラスメイトに対してだけである。他のクラスの魔法や知識の学生には相変わらずノーギフトの烙印を押されたままだったのを忘れていた。

 ギフトのことでとやかく言われまいと前に考えたテンプレート文を必死に思い出す。


 「えーっと、その年になる前に死ぬつもりはなくて、今も身体は健康そのもので・・・」

 「そういうことを言っているのではない!貴様が15になる前に生きようが死のうがそんなことはどうだって良い!」

 彼女はそう言いながら寮の廊下の壁を力強く殴りつける。ダーンと殴りつけた音が周囲に響く。


 「ギフトを授かっていないということは生きていく能力が無いのと同じ!シルヴィア様はコーラリア王族の一員、生まれながらにして国の未来を担う崇高な使命を負うお方だ。周りの環境も能力が高い者の中にいるべきなのだ!」

 アイリは彼女なりに主人の人生設計を考えているらしかった。


 環境は人を育てるって言うし、その言葉の通りだとは思う。

 特にシルヴィアは王族、いわば国家の頂点が集う環境に身を置いてきた。


 しかし生まれながらの環境のせいで彼女の能力が霞んでしまっている。

 そのことが幼い頃からの彼女のストレスになり、他人と比べられ育ったせいで自己肯定感が低い原因になっていることに気付いていないのだろうか。

 

 毎朝の地下道を作るための共同作業をしている時の事を思い浮かべる。

 初日は緊張しながらも考えながら魔法を使っていた。次第に自信が付いて来たのか、こちらが詳しく言わずとも考えて作業してくれるまでになった。


 入学してからの短い間だけれども・・・。俺だってなぁ・・・。俺だって、彼女のことをわかってるつもりだ。 


 「お言葉ですがねぇ・・・!あんたらよってたかって彼女に重圧をかけるだけで、彼女自身を見ていない。本当のあの子の能力を活かせていない。

 彼女が自信無さそうにしているのはそのせいだと思うが」


 精一杯、言葉を選んで言葉を投げかける。


 今だって他人のギフトのことを云々言う前に、自分たちのギフトを最大限活かすべきだ。それくらいわかってほしい。


 「何だと?シルヴィア様の、コーラリアの何を知っているというのだ!」

 胸ぐらを掴まれ、後ろの壁まで追いやられ詰め寄られる。掴まれた細腕からは想像もつかない、ものすごい力だった。おそらく彼女が身に着けている護身用の体術のスキルを発動させている。

 睫毛の長い吊り目をした整った顔を近づけられるが、ここで気圧されるわけにはいかない。


 「あんたの生物学者のギフトだって、もっと・・・」

 「なっ・・・」

 アイリは表情を一変させ急にしおらしくなる。どうかしたのかと疑問に思いながら、あぁまたやってしまった、と気づく。

 読心術で得た情報なので、彼女は自分のギフトのことを口外していないのだった。

 また余計なことを口にしてしまった・・・。


 「そんな、なんで・・・」

 アイリは胸ぐらを掴んでいた手を放し、わなわなと手を震わせ後ずさりしていき、そのまま走り去っていった。


 俺は追いかけ、言葉を投げかけようとする。

 しかしまた余計なことを言ってしまうんじゃないかと怖くなってしまい、その場に立ち尽くしてしまった。

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