1.グロース家
むくりと起き上がり周囲を見渡す。成人した男性と女性の間で眠っていたようだ。今生での両親らしい。
意識がはっきりしているのでベッドの上で座ったまま今までに起こったことを思い出す。前世のこと、白い部屋を通って転生したこと、女神のことやギフトを授かったことなどを思い出した。
これからどうしようか、とも思ったがふと今の時間が気になった。自然に起きる時間と言えば・・・と思い耳を澄ます。
―――チュン、チュンチュン―――
鳥が鳴いている。朝だ!
朝起きて俺がまずやることと言えば、散歩である。家の外はどうなっているか確かめるため、隣で寝ている二人を起こさないようにベッドから抜け出す。
部屋の窓を開け、外の景色を確かめることにした。パジャマ姿のまま窓を開けようとするが体が小さいので手が届かない。椅子を窓の側まで持ってきてよじ登り、ようやく手が届く。
さあ、どんな景色が広がっているだろう。期待を込めて両手で窓を開ける。
強烈な朝日で視界が一瞬、真っ白になった後。そこには、草原が広がっており、さらに奥には雲にまで達するであろう雄大な山脈が広がっていた。
「うわぁーーー・・・!」
あまりにも見事な景色に思わず感嘆してしまった。一目惚れしてしまったと言っても過言じゃない。窓から見える景色を切り取るだけで一枚絵として完成されている。そのくらい素晴らしい景色だった。
モンテブルグ国辺境伯のグロース家。領土の範囲は国土の真ん中あたりから北の国境にあるモンテブルグ山脈まであるというから驚きだ。
「なんだ、眩しいと思ったら窓を開けて、どうしたんだ」
父の名前はライガ・グロース。身長は長身で190cmほどあるだろうか。筋肉質の体型をしておりかなりの大柄だが左腕を上腕の半ばから先を―――欠損していた。
寝巻が覆えていない肌には古傷が何層も重なっている。髪型は短髪で燃えるような赤髪で顔は厳つく眉が濃く、あごひげを蓄えていた。
声は大きくはっきりと喋り、渋い声をしていた。戦場でよく通りそうな声だ。
「ふふ、今日は早起きね。ヒューガ」
母の名前はフラウ・グロース。所作の一つ一つがゆったりとしており温厚な女性で、整った顔立ちをしていた。
髪は肩にかかるくらいの長さの茶髪で、肌は色白で傷ひとつなく手や指先は長く優雅で柔らかい印象を与えた。
それに加え二人の間に生まれた俺、ヒューガ・グロースの3人といった家族構成だ。
「おはようございます。お父さん!お母さん!」
俺は散歩に行こうと早速着替える。ぼんやりとした記憶の中から自分の着替えを探す。
「な、なんていうか急にはっきり喋るようになったな」「ねえ。昨日までぱぱー、ままーだったのに」
「え、そ、そうでした、かな~?」
俺はとぼけながら着替えを終え、靴を履き部屋から出て散歩に行こうとする。
「こんな朝からどこに行くんだ!?」「散歩です!10分くらいしたら戻ります!」
ライガに呼び止められつつ家から飛び出す。幼い体でまだ慣れないが力いっぱい駆けだした。さっき見た山脈に向かって舗装されていない道をひたすら走った。あまりにも気持ちの良い朝だった。澄んでいる空気を全身で思い切り堪能しながら走った。何より景色が良い。
家を出てから5分くらいたっただろうか、折り返して元来た道を折り返す。あの木造の家が我が家だ。
後から聞いた話なのだが、領主なのになぜこんな木造の家に住んでいるかをライガに聞いたことがある。グロース家は領主になるつい数年前まで身分中くらいの傭兵一家で代々この家に住んでいたそうな。国から正式にこの土地の領主に任命されたとはいえ、慣れ親しんでいるこの家からライガは離れられないとのことだった。
今住んでいる家から少し離れたところに立派な領主の邸宅があるが、ライガが執務室を使っているだけで他は全て空室らしい。家政婦を雇っているので埃はかぶってないそうだが。
広大なグロース領は素晴らしいのは景色だけで、特に産業を行っているわけでもなく土地を有効活用できているわけではないので、国からの評判はあまり良くないらしい。傭兵として剣を振るってきた後にいきなり貴族にされてしまったもんだから勝手がわからなかったのだろう。商才は無かったらしく、いくつか産業を興したことはあるが国内に既にある産業にかなわず赤字経営になった結果、白紙に戻ったとのこと。広い荒野のところどころに廃屋やばらされた木の柵なんかが散乱しており何かやっていた痕跡があり、もう長い間放置されている様子だった。
グロース家の取り巻く環境はこんなところである。
散歩から帰ってくるとリビングに朝食が並べられていた。フラウが朝食の準備しているらしい。フラウは先ほどの寝室でみた寝巻のままだった。朝弱いのかな。
「何か手伝うことはありますか?」「え!?いいのよ。ほら椅子に座ってて」
フラウを手伝おうとしたが驚かれ逆に手を止めてしまったので言われたとおりにテーブルの椅子に座る。湯気が上がる厨房を伺うと、4つ黒い石が置かれた中心に赤い石が置いてあるというコンロのような装置が二つあり、片方は赤い石から火が出ておりその上でフライパンの中の卵が素焼きされていた。目玉焼きを作っているのだろうか。
その横はシンクだろうか。管が上に伸びておりその根元に青い石が取り付けられている。
フラウが青い石に指で触れると管の先から水が出て、手を洗っている。もう一度石に手を振れると水が止まる。
色々疑問が浮かんでくるがあれが魔法というやつだろうか?ライガやフラウが暇な時に使い方を聞いてみよう。
「ヒューガ、さっきの話の続きだが」
寝巻を着替えたライガがテーブルのいつも座っている席に座りながら話しかけてくる。
「家族の3人でいるときは父さんと母さんでいいが、それ以外の人の前にいるときは父上、母上と呼ぶべきだ。えーと…わかるか?」
今朝のライガは自分の息子が寝て起きていきなり成長していて驚いていたようだった。俺のほうも3歳児らしく振舞うようある程度気を付けなければ。
「わかりました。ちちうえ、ははうえですね」「あぁそうだ」
その後フラウが目玉焼きを皿に移し元々置いてあったパンやホットミルクと一緒に食べ朝食を済ませた。
さて、朝食も済ませて手持無沙汰になった。
なので転生する際に女神から授かったギフト、読心術。どういったものなのかを転生した体で色々試してみることにした。
女神は制約があって使いづらいと言っていたが、こちらの肌が相手に直接触れることがギフトの能力が発動する条件のようだ。
手袋はもちろん服の上から触ってもダメ。またこちらが「触れている」と認識していないとダメ。ただぶつかっちゃったとか、知らずのうちに触っていたとかもダメ。
しかし触っている体の部分はどこでも良いらしい。手だけでなく肌が露出している腕や脚、顔でもOK。
相手から触れてくる状況、例えば抱きかかえられたりだとか、相手が直にこちらの肌に触っていたりすればOK。
以上が心が読める条件についてである。
そして心が読めるということはどうゆうことか。
これは考えていることが音声となり脳内に直接響くといったものだった。映像でイメージされるとそれがこちらの脳裏に投影される。
自分としては相手の心が認識できれば紙に書かれるとかそういったものでも良かったのだが。
音声の場合は思いに比例して音量が増減する。強い想いだと爆音である。
あまりにうるさい場合は「触れられていない」と思い込みこちらから意識を断ち切るしかないのである。
乳児のときにフラウに「今日もかわいいでちゅね~!おいで~!」と抱きかかえられた時は鼓膜の外からも内からも破られるかという思いをしたことがある。
あれは正直トラウマものだったが・・・。まあ、思っていることをそのまま声を大にしてくる場合は意識を断ち切っても無駄らしい。
そして予想だにしていない能力が判明した。
心を読みたい相手に直接触れれば心の声が聞こえてくるのに加えて、その者の所有物に触れていれば所有者の声が聞こえてきた。ものを大事にすると心が宿るといったところか。
現在進行形で聞こえる場合もあれば、メッセージというか、念じられた思いが聞こえてくる場合もある。
所持するという定義や条件も調べたほうが良いのだろうが、おそらく使用していたり、身に着けている期間が一番長い者ということになるのだろう。
また動物や植物に触れてみて何か聞こえてくるか試したが特に何も起こらず。対象が考えていることをイメージや言語化できない場合は能力は発動しないようだ。
試そうにもこの力のことを調べ始めたばかり。まだまだわからないことだらけである。