16.私なんて
朝の散歩をするための抜け道を作る作業3日目。
土魔法のギフトを授かったシルヴィアが作業に加わり今日からは共同作業になる。
いつもの時間に起きてパジャマから動きやすい格好に着替え、軽いストレッチをする。
今日やることを頭で考えながら靴を履き、静かに部屋から出て部屋の鍵を閉める。
散歩するわけではないので早歩きで目的地に向かう。
校舎の隅、目的地に到着して準備を始める。カモフラージュされた地下道の入り口の蓋を土魔法で浮かせて空ける。
穴の中に入れておいた模造紙を広げて今日の作業の確認をする。
そうして準備が終わるころに今日から参加するシルヴィアがやってくる。
「おはようござ・・・おはようシルヴィア」「おはようヒューガ」
自分よりも遥かに高貴な身分の立場の相手に対し畏まった挨拶をしようとするが、シルヴィアが昨日と同じラフな格好をしているのに気付き急いで訂正した。
こうしてみると他の学生と変わらない普通の少女だ。言われないと王族だとは思わない。
「音が響かないように蓋をして作業を進めようと思う。蓋をすると暗くて何も見えなくなるからランタンで灯りを点けることにした」
「なるほど」
ランタンは昨日作業中に気付いて再度買い物に行き購入しておいたものだ。火魔法を使って人差し指の先に火を点ける。
「何でもできるのね・・・」「え?」「何でもない」
シルヴィアが何か呟いたようだが聞き逃してしまった。ランタンに火を移し、蓋の裏に引っかける。
「今日の作業を始めようと思う。どのくらい音が響くのか念のため聞きたいから、先に潜ってもらって試しに土魔法を使ってもらって良いかい?」
「いいけど、縦にはどのくらいの深さ?」
「あぁ、書いてある紙を見よう」
地下道全体が書かれた模造紙を広げ、作業前に縦穴の長さをもう一度確認する。
改めて頭の中のイメージを詳細に書いておいてよかったと思う。説明がしやすい。
まずは彼女の身長の3倍程度の深さを目標に掘り進むよう指示をする。
まあ適当に魔法を放ってもらっても大丈夫だ。どのみち作業してもらった後にメジャーで測るし、自分たちだけしか使わないので細かい寸法が違っていても支障はないと思う。
「それでは、お願いします」
「任せなさい!」
シルヴィアは元気よく返事をすると俺が昨日掘った穴に入っていった。彼女が入った後に静かに芝生の蓋をする。
縦穴は中に入るのにひとり分のスペースしかないので俺は穴の外で散歩をするフリをしながら周囲を歩く。
ズーン・・・ズーン・・・と響く音がするが意外と音は小さかった。あまり音を立てないよう魔法の出力を調整してくれているのかもしれない。
これなら誰かが通りがかったとしても気のせいで済むレベルだ。誰かが来たら作業を止めてもらう取り決めがあったら良いかと思っていたけども杞憂だった。早朝なので人が通りがかる様子も今のところ無い。
数分後、音が止んだ後に蓋が開く音がする。
「ふう!とりあえずはこんな感じで大丈夫かな?」
「見ても良い?」
「うん!」
シルヴィアが穴からひょこっと顔を出す。ランタンの熱が籠っているのか少し汗を掻いていた。這い出ようとする彼女の手を取る。魔法を使って作業したからだろうか、顔や服が泥で汚れている様子はなかった。
彼女を外に出した後に今度は俺が穴に入る。模造紙に書いた図をもとに穴の内径やどれくらいの深さまで進んだのかをメジャーで測って確認する。
下に向いて穴を空けるだけでは側面からの圧力で崩れてくるのに途中で気が付いたのだろうか、こちらが何も注文せずとも穴の側面が固められていた。昨日途中まで俺が掘った部分も同じことをしてくれたようだ。
土魔法は土をどかすだけでなく固めることもできる。縦穴は下に向かって垂直に真っすぐ、穴の内径も最初から最後までほとんど変わらずキレイに掘り抜いてある。
固められた壁を手の甲でノックするように叩くとカンカンと金属を叩いた時のような音がする。かなりの強度だということが伺える。
これだけの作業をものの数分でやってのけたのだから彼女の土魔法のスキルレベルは相当のものなのではないだろうか。
作業内容を確認できたのでシルヴィアの下に戻る。
「かんっぺき!」「本当!?」
「いやあ流石はシルヴィア様、土魔法のギフトを授かっただけの事はありますなあ」「もう!止めてよ」
「でも本当にすごいよ。側面を固めてくれたり、言わなかったことまでやってくれて想像以上だよ。ありがとう」「え?うん・・・」
考えながら作業してくれることも含め大げさに感謝するとシルヴィアは少し顔を赤らめてはにかんだ表情をしている。何やら照れている様子だ。
王族なんてどうせちやほやされる環境で育つんだから、褒められ慣れているもんだと思ってたけど・・・違うのか?
「あとは、できればこんなふうに手や足で捕まれるようにしたいかな」
こちらの言葉に舞い上がっている彼女をよそに次の作業の話をする。
滑らかで堅い壁が出来たので穴が埋もれなくなったのはいいが、このままだと穴に入った時に落下していくだけで昇降が出来ない。
土魔法でコの字が壁に埋め込まれている形の梯子を想像する。口で説明するよりも実際に見せた方が早いと思い、土魔法を使って試しにひとつを壁に作る。
「あ、そっか。そうしないと上り下りできないもんね。じゃそれもやっちゃうね。代わって」
「このくらいは俺がやるよ」
「あ、そんな事言って。いいもん。ここからでも出来るんだから」
彼女だけに作業させるのも気が引けるので穴の中に入ったついでに梯子を作ろうとする。
しかしシルヴィアは上から覗く体制のまま魔力を放ったのか、俺が試しに作ったものと同じものが上から下まで次々にせり出てきた。シルヴィアのレベルの高い土魔法を目の当たりにし俺は目を見開いた。
「おぉー・・・」
思わず感嘆の声をあげる。試しに足をかけて体重をかけてみるがびくともしない。昇降するのに十分な強度のようだ。
「すごいでしょ。でも今日はそろそろ魔力切れかな」
「それなら今日はこれで止めておこう。大分進んだしね」
ランタンは蓋の裏にかけたままで火を消し、作業で使う道具を全て穴の中に入れ蓋をする。
片付けが終わり、昨日やったのと同じように身を清めるために水魔法で清潔な水を生成する。
「わあ、冷たい。ありがと」
「他に汚れたところはないかい」
「どうかな」
手を洗った後、その場で右足を軸に一回転をする。白い服を着ているので汚れている箇所があればすぐにわかる。長い髪も後頭部で纏めてあったので大丈夫そうだ。
「問題ないね、散歩しながら部屋に戻ろうか」
「はーい」
朝食の点呼の時間まで余裕があるので寮に戻るまで並んで歩く。空が朝日に照らされ、そよそよと風が吹き、鳥の鳴き声が聞こえる良い朝だ。
塀や校舎に囲まれている閉塞感のある景色は変わらないが、ひと仕事を終えた後なのでいつもと違うすがすがしい気分で歩けた。
「今日縦には半分ほど進めたから、明日は縦穴の続きをして余裕があれば南に向かって横穴も掘り進めてみよう」
そう言うと彼女が立ち止まる。
「あの、今日は大丈夫なんだけど、明日は進められないかも」
「え・・・?どうして?」
「魔法の授業でなるべく限界まで魔力を使う練習をするから、いつもより魔法を使っていないと変に思われるかも。今日は魔法の教科書を読む座学の授業だから大丈夫なんだけど」
シルヴィアは毎日、魔法の授業を受けているので魔力切れには気を遣わないといけない。
しかし俺はというと必修は武術の訓練、選択授業も魔道具の授業を受けている。魔法の訓練をする学生のように魔力を日常的に使わないので他のところで魔力を使うことなど考えもしていなかった。
「あー・・・そこまで気が回っていなかったよ、申し訳ない」
「ううん!期待に応えられなくてこちらこそごめんね、土魔法なんてこんな使い道しかないのに」
「え?」
なにやら卑屈な様子になるが作業量的には俺が今日までやってきたことよりも1日だけ参加してもらった彼女の作業量の方が既に圧倒的に上回っている。
それにも関わらず期待に応えられなかったと言うので知らないうちにプレッシャーをかけていたのではないかと不安になる。しかし抜け道を作っていることを口止めしてもらっているのも、作業に協力してもらっているのもこちらだ。
その上ただ指示しただけのことをするのではなく自分で考えて作業を進めてくれている。土魔法を使うことが好きじゃないと出来ないことだ。
彼女の言った事を反芻する。
”土魔法なんて”とはどうゆう意味だ・・・?
自分の事にもっと自信を持っていいと思うんだが・・・。
「私ね、コーラリアの王城にいたときは庭の手入れをしたり、あと私の菜園の野菜や果物を育てるのが好きだったんだけど、ギフトを授かって魔法が使えるようになるまでは泥だらけになって怒られてたんだ」
「あ・・・そうなんだ」
「王家に生まれたんだから土いじりばかりしていても仕方ないのはわかるけどさ、好きなことしてる時くらい放っておいて欲しいよね」
シルヴィアは愚痴を交えながら表情を曇らせる。どうやらこの学校に来るまでの今までの生い立ちに負い目を感じている様子だった。
従者のアイリからは相当慕われているようだが、王族としての立ち振る舞いは周りからは良く思われていなかったのではないか。
もしもそうだったら、彼女の心の問題は相当根深いのかもしれない。
こちらは読心術で彼女のことを知ってしまっているが、直接話してもらえたのはこれが初めてだ。
彼女の内面の事まで知った気になっていたことを反省する。
「だから今日土魔法のことをヒューガが褒めてくれたのが生きてきて一番嬉しかったかも!」
「そんなに?」
「うん!」
しかしながら、土魔法の事だけじゃなく作業に対する姿勢や彼女自身のことも褒めたつもりだったのだけど。残念ながらそこまでは伝わらなかったようだ。
明日以降作業はまだ続くので、終わるまでに伝わると良いのだが。
「また明日ね」「うん、また明日」
寮の入り口に到着し、本日の朝活はこれにて終了。
お互い笑顔で別れた。




