13.帰省
入学してはじめての週末の早朝。予約した実家に向かう馬車に乗り、物思いにふけっている。馬車の窓から見える景色がゆったりとした速さでスクロールしている。
この一週間色々あった。密度の濃い学校生活だった。
武術の授業では初回の授業で皆の前で力を示すこととなった。あれ以来ギフトのことでとやかく言われることは、とりあえずは武術のクラスの中では言われなくなった。
翌日からは教官指導の下に授業前半は基礎体力作り、後半は素振りや基礎の型を練習するようになった。中央貴族の子らも文句を言いながらも平民と混じって真面目に取り組んでいる。
初日のガイダンスでは隣国の王女様を紹介され、初対面でいきなり粗品を贈呈されたときは驚いた。
それからその国のことを知ろうと資料を読んでは山積みの問題をどう解決したらいいか考えてはいるが一向に良い考えが浮かばない。
そんなことを考えながらゆったりとした気分で馬車に揺られ1時間。我が家が見えてきた。たった数日離れただけなのに懐かしく感じる。
「ヒューガ!」
「うぉっふ!か、母さん」
「すっごく久しぶりに感じるわぁー!ふふふ!」
馬車から降りるなり、フラウがこちらに駆け寄り抱き着いてきた。先立って帰る時刻を伝えるために手紙を送っておいてはいたが、まさか出迎えられるとは。
フラウは母親とはいえ一人の女性である。生前の俺と同じくらいの年齢なので中身の人間にとってはストライクゾーンど真ん中なのですよ。10年家族として過ごしてきて今更だがこの世界で出会った女性の中でぶっちぎりで魅力的な女性だった。なのでこうやって抱き着かれるとどうしても意識してしまう。
生前で全くやらなかった読書を始めたのもほとんどフラウの影響だ。フラウがギフトで授かった文字編みで描かれる文字の書体も繊細さがあり読みやすくて好きだ。
・・・だめだだめだ!フラウにはライガがいるじゃないか!
「こら、そのくらいにして家に入りなさい。ヒューガ、おかえり」
馬鹿なことを考えているとライガが玄関まで様子を見に来てフラウの拘束から解放される。ほとんど手ぶらだったが荷物を家の中に入れる。1日分の着替えと図書館で借りた本、それから寮の自分の部屋の鍵くらいしか持ってきていない。リビングのテーブルには3人分の朝食が用意されていた。
「武術の訓練はどうだ?学校では満足に剣を振れないだろうし、腕が鈍ってるんじゃないか?」
「それがさ・・・」
家族揃って朝食を食べながら授業であったことを話す。初回の授業で校長からの提案で剣術をクラスに披露したことを話した。
「そんなことがあったのか。昔は身分による差別が今よりも酷くてな。貴族の学生と推薦入学した学生とでクラスが分かれていたんだ。
そうか、あのリベルに教えてもらっているのか。なら色々学べるだろう」
「はい。良くしてもらっています」
朝食が終わってからは自分の部屋に腕章を取りに行き、入学するまでやっていたようにライガと剣の稽古をした。
稽古が終わって昼食を食べたあと、家事を手伝いながらフラウには魔道具の授業を選択授業に選ぶつもりだという事を話した。
魔道具というのは魔法を習得していない者でも魔石に触れて魔力を吸い取られることで目当ての属性の魔法の出力を手に入れることを目的とした道具の事だ。単なる魔石と違う点は出力される向きや強さが調整できるように設計されているというところだ。
この家ではキッチンのコンロや水道の蛇口についており、それぞれ火と水属性の魔石の力を利用して生活を便利にする目的で利用されている。
ただ授業を受けるだけではもったいないと思っているので、生前にあったものをいくつか魔道具で再現しようと思っている。
例えばドライヤー。生前にあった髪を乾かす道具だ。電気を動力とし熱を蓄積する機構と風を起こす機構を利用して温風を得ることで髪を乾かすアレです。この世界には濡れた髪を乾かす方法が未だに、火の側でじっとしているか乾いた布で乾かすという方法しかなかった。
それだと髪を乾かすのに時間がかかる。面倒だからと言って自然乾燥させたりすると生乾きになって不衛生だ。実家のリビングではフラウが冬場に暖炉に後ろ向きに座り本を読んで髪を乾かしている様子が見られ、そのときからドライヤーを魔道具で作れないかと密かに考えていた。
もし完成して間に合うのであれば今年のフラウの誕生日に贈ろうと思っている。喜んでもらえるだろうか。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
翌朝。いつもの時間に目覚めベッドから身を起こし、軽めの柔軟。寝巻から動きやすい格好に着替える。
靴を履き両親を起こさないように静かに家の外へ。今日も良い天気だ。
一歩二歩、歩き出す。そして駆け出してしまうかのように早歩きする。
お気に入りのコースをひとつ堪能しただけでは満足せずにふたつ目のコースを歩く。いつもならもうとっくに家に戻っている時間だが途中で座り込んでしまう。
帰省するまでの1週間、学校の敷地内という狭い範囲しか歩けないことに鬱憤が溜まっていた。
そして帰省して今。眼前には素晴らしいモンテブルグ山脈の景色が広がっている。心地よい風が吹き、鳥の鳴き声が聞こえる。自然の声が聞こえてくる。
この景色を見ているとやはり気分が晴れるし落ち着いてくる。頭の中が整理され、いつもの落ち着いた自分の心を取り戻す感覚になる。
・・・やっぱり学校にいる間も、毎朝こんな散歩がしたい。
「出来るかな・・・?」
そうつぶやき、あることを決心する。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
週開けからまた授業が始まるので日曜の午前中にはもう校舎に戻っていた。
学校に向かう馬車に乗り込むときにこちらの心配をするフラウをなだめるのはもう恒例行事になっていた。
馬車が校門前に着き、校門に入る前に荷物を持ったまま塀の周りをぐるりと1週する。
校門の反対側、校舎の南側の1角で立ち止まる。急斜面の雑木林になっており人目があまりないことを確認する。それから校舎に入り塀を挟んで反対側、校舎の内側も雑木林になっていることを確認する。どうやらフリーデン養成学校はもともとあった急斜面を削り取ってその上に建てられたらしい。これからやりたいことには好都合だ。
「・・・これなら抜けれるな」
何をするかというと、校庭の隅の人目がないところの地面に入口を作り、そこから地下道を作ろうと思っている。
校庭の隅の地面から縦穴を掘り、その上に芝生をきれいに切り取って蓋をし、カモフラージュする。ある程度の深さまで掘ったらそこから南に向かって横穴を掘り、急斜面の雑木林に出るというわけだ。
何のためにこんなことをするかって?散歩するためだ!ただそれだけのためにだ!たかが散歩と思われるかもしれない・・・だが、我が心の平穏のためには欠かせないものなのだ!そのためなら俺は何だってする!
校則違反だの、悪いことをしているだの言われるかもしれないが学校規則のどこにも校舎の地面に穴をあけるなと明言されていない。こんなことをする学生を想定していないのだろうけど知ったことか。しっかりと止めさせる規則を明記しておかない方が悪い。それに朝食の点呼の時間は守るつもりだ。
・・・門限は破ることになるけど。そこは目を瞑ってほしい。
モンテブルグ国首都の南側は未だに戦後の復興が終わっていない。15年と年月が経った今もまだ手が付けられていない区域が広がっている。
復興が進まない理由としては首都西側や東側の中央貴族が住んでいた区画を再建することが優先されたためだ。また瓦礫を片付けたりだとか、家屋を建てる人員が不足しているのも理由のうちだと聞いている。
見る人が見れば悲惨な印象を受けるだろうが、コーラリアの国境まで続く開けた景色が広がっている。なので散歩する分には閉じられた学校の敷地内よりは幾分かマシだろうと踏んでいる。
現場の下見は完了したので、自分の部屋に戻って机に向かい早速準備に取り掛かる。
必要なものをメモに書き出す。測量するためのメジャー。縦穴を昇降するための梯子。地面を掘るためのスコップなんかも要るだろうか?しかしあまり大がかりなものを持っていると買い出しから戻った時に校門にいる衛兵に止められ、使用目的を聞かれるだろう。せっかく土魔法が使えるのだから作業はそれで進めることにする。梯子も土を固めて縦穴の壁を階段状にすれば必要ないかもしれない。土魔法のレベルが低いので中々作業は進まないだろうが、それは仕方ない。それに作業してればもしかしたらレベルもあがるかもしれない。
グロース領の自室の机や椅子を成長に合わせてDIYしたとき、正確に自分の身体や材料の長さを測ったことを思い出す。そのときの経験から、測量だけは正確にしておいたほうが良いよな、と考えた。
地下道の全体像なんかも書いておいた方が良いだろうか。紙に書けば実際の作業をするときのイメージが掴みやすくなる。測量した長さも書いておこう。できれば模造紙みたいなマス目がある紙が良いかもしれない。メジャーが置いてあるような店だったら両方共に扱っているだろう。早速買いにいってみよう。
実際の作業をするのはいつも散歩している時間帯になる。昼間は当然目立つし、夜は衛兵が校内を巡回している様子なので作業できない。魔力切れしたらどのみち作業を進められないので、朝食まで時間が余れば校内を散歩することにしよう。
これほど大掛かりな作業を自分ひとりで行うのは初めてだ。上手くいくのだろうか。大きな音を立てると衛兵にバレるかもしれない。早朝は校舎の反対側にしかいないようだし余程のことが無い限り大丈夫だとは思うけど。
もちろん途中で不都合が生じる可能性だってある。自分の土魔法のスキルレベルでは馬力が足りずに作業を進められなくなることもあるかも。穴を掘る範囲に堅いものが埋まっていて進めないということだってあるかもしれない。
まあ、上手くいかなそうだったら掘った穴をまた埋めて何事も無かったかのようにすればいいのだ。なんとかなるだろ。




