10.シルヴィアとアイリ
私はシルヴィア・ミア・コーラリア。今年で12歳を迎えます。コーラリア国王家の長女として生を受けました。兄2人と弟1人の4人兄弟の長女です。
ギフトのおかげで土属性の魔法が使えます。国政や食事マナーなど王族としてあるべき教養を幼い頃から教えられてきましたが、その時間の合間に土魔法を使って作物を育てたり、他国から輸入した花々が咲き乱れる庭の手入れをしています。
ギフトを授かる前までは手で直接地面に触っていたので泥だらけになってしまい、お母様や家政婦の方々によく怒られていました。土魔法を使えるようになってからは魔法で作業が出来るようになったので、服も汚れなくなりましたし作業の効率も良くなりました。使っているうちに魔法のスキルレベルも上がり、土を耕すだけじゃなく今では石を砕いたり土を好きな形に押し固めたりといろんなことができるようになりました。
正直なところ、国のことはお父様やお兄様たちに任せて私だけきれいな花やおいしそうな野菜や果物に囲まれて暮らしていきたいです。
毎朝の散歩が日課です。コーラル湾が見える散歩コースが特にお気に入りです。早朝に部屋からこっそり抜け出していました。
ずーっと続く海を見ていると嫌なことも忘れられます。なんにもなくても心が晴れやかになります。ザァー・・・ザァー・・・と押し寄せる、季節ごとに微妙に違う波の音も大好きです。
早朝の海岸には誰もいないので守ってくれる人たちがいなくたって自由に歩き回れます。お城でお世話してくれる人たちの事は好きですが、ずっと一緒にいたいわけでもありません。
あんまり長い時間部屋を空けていると抜け出していたことが明るみになってしまうので予め散歩コースを決めておいて、満足したら部屋に戻ります。何事も無かったかのようにベッドに戻って二度寝して、起床時間になったらアイリに起こしてもらっていました。
モンテブルグ国の学校に留学となると寮に入ることになると言われ、門限があるそうなので自由に出歩くこともできなくなるでしょう。あまりじっとしていたり部屋に閉じこもったりするのは好きじゃないですのですが。憂鬱ですが、仕方ありません。
初めてモンテブルグ国に来たのは5歳のころ、馬車に揺られ各所を回る視察に来た時のことです。国土の中央から北に広がる草原、その後ろにそびえる雄大な山脈の景色を見て言葉を失いました。
雲にまで届く険しい山脈に雪が降ったのでしょうか。その雪が太陽の光で照らされて輝き山肌が際立っていました。その前に大きく広がる草原も自然の雄大さを演出し、景色としてまとまっていてまるで一枚絵の様でした。一目見て、目に焼き付いてしまいました。この世にコーラル湾以外にも心を奪われる景色があったとは。
それ以来この国のことに興味を持ち、字が読めるようになってから本でたくさん勉強しました。
しかも、今年はその景色が見られる領地を治める一家の御子息が入学するとのことではありませんか!最初の授業でお見かけしたので早速ですが贈り物をさせていただきました。
箱のほうは細工職人に教わりながら作った私のお手製で、中身のコーラリア産の魔石はアイリが持っていたものですが〈従者の私が持っていても仕方ないから〉と贈ることにしたものです。
厚かましいかもしれませんが、少しでもこちらに良い印象を持っていただかないと。在学している間に良好な交友関係を築き、いつか領地のほうにもご挨拶に伺いたいものです。
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私はアイリ・ナイトローズ。今年で14歳になる。代々国の重役に仕える家系に生まれた。ギフトは生物学者を授かったが、身辺警護をするにあたって知識系のギフトなどあっても仕方のないので、表向きは体術のギフトを得たことになっている。稽古をつけてもらった甲斐もあり、おかげさまで体術のスキルを習得し素手で構えるときは身体が軽い。
シルヴィア様の従者としてフリーデン養成学校の寮に入寮している間3年間、身の回りのお世話をする。入寮する部屋は女子寮の2人部屋なのでつきっきりでお世話が出来る。
それにしてもシルヴィア様は今日もお美しい。生まれつきの顔立ちもそうだが身体の成長と共に優雅さと気品をも兼ね備えてきている。肌も白く透明感がありお世話という名目で何の後ろめたさも無くあの肌に触れらるので毎朝のお化粧をする時間が楽しみでならない。シルヴィア様がギフトを授かる祝福の日に国王様が贈呈された髪留めも高貴さを引き立てている。
先ほど全体に紹介された際、愚民どもが「かわいい」だの「お人形みたい」と言っていたが、シルヴィア様の美貌をそんな表現で表してしまうのは生易しい。もっと気の利いた言葉をかけられる者でないとシルヴィア様に近づけるわけにはいかない。
そんな中ただ一人、シルヴィア様の気まぐれで粗品を贈呈した男は平伏すような態度で敬意が感じられた。シルヴィア様の魅力にあてられ直視できなかったのだろう。名前はヒューガ・グロースといったか。辺境伯というこの国の貴族の中で最も低い階級出身らしいが一応記憶しておいてやろう。あの態度を他の者も見習うべきだ。
シルヴィア様の護衛もそうだが、モンテブルグ国に潜入するにあたり重要な使命を任されている。この国の軍部の動きを探り、侵攻するにあたり有力な情報があればコーラリア国軍部に書簡を送ることとの命を下されている。
コーラリア国の情勢は苦しい。戦争が15年前に集結し、平和になったは良いものの人口はいたずらに増え、貧困や治安悪化といった問題に晒されている。多夫多妻制が認められていることもあり人口爆発に歯止めが利かない。敗戦した際の領土の縮小によって問題はさらに悪化。食料、物資、住居等々、何もかもが不足している。
この動きは何者にも悟られる訳にはいかない。私がコーラリア国軍の関係者だと知られたら私は良いがシルヴィア様を危険に晒す可能性がある。もしそうなったら私一人では御守りできないだろう。逃亡しようにも本国までには馬車で1週間かかる距離だ。本国からの助力がなければ現実的ではない。慎重に動く必要がある。
情報を集めるやり方としては、養成学校にはモンテブルグ国軍の関係者の家庭から通っている者もいるので、その者たちと接触し関係を築くといったところから探りを入れることを想定している。
周囲に味方もいないし一人で動くのだから有力な情報を得られる望みは薄いが、敵国に何の警戒もされることなく3年間潜入できるのだ。「何の成果も得られませんでした」で終わるわけにはいかない。
コーラリアの繁栄はシルヴィア様の輝かしい未来に繋がると信じ、従者アイリは微力ながらお力添え致します。
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最初のガイダンスの授業は正午前に終わり、食堂でランチをして部屋に戻った。
隣国の王女様から粗品を頂戴したが正直ジュエリーには興味はない。転生前も気飾ったりすることに興味が沸かなかった。しかし元々彼女らの所持品だったものに触れることで読心術の発動条件を満たすことが出来る。これが大きい。大事にしまっておくことにしよう。部屋の鍵の掛け忘れにも注意しないと。
選択授業の用紙は既に書き終え、やることも無いのでギフトの能力を使ってふたりの心を覗いていた。
主人の方は大体了承した。自由奔放な性格をしていらっしゃるらしいが、自然が好きとのことで趣味が合いそうだ。どうやらグロース領に行くことをご所望のようだが、一緒に行くことはないだろう。馬車を呼べば誰でも行くことはできるんだし。俺も校門が開いている時間に週末に帰省するための馬車を予約しにいかないとな。うっかりで忘れてまたフラウを泣かせるわけにはいかない。
問題は従者の方だ。名前はアイリといったか。表向きは主人の護衛やお世話をしに来ている。だが所持しているギフトは虚偽の申請をしている上、水面下でこの国の情報を探り、国防の脆弱性を探る命を下されている。
終戦してからかなりの年月が経ったがモンテブルグ国軍はまだまだ人員が不足している。国境付近の辺境の拠点には数週間おきにしか十分な人員を配置していないというのが現状だ。例え話だが、もしそんな情報が漏れてしまい空き巣を狙われれば防衛ラインは簡単に突破されてしまう。
もちろんそんな事は軍部機密だ。読心術でライガが知っている機密を覗いてしまったことがあり、それ以上はまずいと思って自重した。一般国民で知っている者はほとんどいないだろう。常にライガの側にいるフラウも知らない様子だった。
アイリが命令されてやろうとしているだけじゃなく他のところでもこういった動きがあるのかもしれない。平和条約なんて名ばかりで仮初めの平和ではないのだろうか・・・平和が脅かされる一面を垣間見た。
しかしそれを知ったところで、俺一人で何ができるのだろう。当面は彼女自身、慎重に動くようなのですぐにこちらから手を打つ必要は無さそうだ。だが何かしらの情報を送る段階になれば流石に何もしないわけにはいかない。本人に詰め寄って脅迫して止めさせるか。主人を人質に取るのも良いかもしれない。今いるのはお前たちの敵国のど真ん中だ。
そんな事を考えていると、自分が恐ろしいことを考えているんじゃないかという事にふと気付く。実行に移してしまったらそれこそ平和を脅かしている者と同じ穴の狢だ。何の解決にもなりはしない。
そもそも・・・そんなことをしなくても良い世の中にする方が両国にとってもよっぽど建設的なのだから・・・。




