9.最初の授業
授業初日の早朝。まだ少し薄暗く、朝日が出るか出ないかといった時刻に目覚める。ベッドから出ていつものように軽い運動をし身体をほぐす。散歩用の動きやすい服装に着替えて外出用の靴を履く。
周りの部屋の学生の迷惑にならないよう部屋のドアを静かに開け静かに閉める。足音を出さないように渡り廊下を歩いていく。玄関まで2分ほど、結構距離があるが寮を出るまで誰にも出会わなかった。こんな時間に起きているのは俺くらいしかいないようだった。
「寒いな・・・」
春と言えば温かい陽気になり浮わついた気持ちになるものだが、この国はまだ寒かった。朝方は10℃以下と冷え込む。吐く息が白い。この国の気候は山から下りてくる寒気のせいで1年を通して肌寒い。夏場でも最高気温は25℃程度で、冬場は冷え込むと雪が積もる。
寒さを気にしていても仕方ないので歩き出す。初日はまずは散歩コースを見つけよう。限られた範囲でも気に入る散歩コースが見つかるかもしれない。淡い期待を胸に歩き出す。
まずは校庭を歩いてみる。校門が見え、衛兵が2人おり遠目に目が合いそうになるが目線を進行方向に戻し、声を掛けられないようにさっさと通り過ぎる。散歩中は誰かの目線を気にするのは嫌なのでやはりこのコースはナシだ。
次の候補は武術や魔法のクラスで使う訓練場。学年ごとに使う場所が分けられているのでかなりの広さがある。校庭との位置関係は校舎を挟んで反対側だ。校舎の正面側から裏側へとぐるりと回り込む。適性試験のときは40名ほどの学生がいたのでその時は狭く感じたが、誰もいないと意外と広く感じた。だが校舎と塀に囲まれているので景色に閉塞感がある。
しかし他に歩き回れそうな広さがある場所が無い。ここをぶらぶらする感じで我慢するしかないのか・・・。そんなことを考えながら歩いているとだんだんと不貞腐れてしまって、訓練場の隅の手入れされた芝生に座り込んでしまう。ふかふかとした感触をしており手を擦ってみると意外と肌触りが良い。朝日はとっくに上りそよそよと風が吹いており、周りの木々から鳥の鳴き声がする。
こんな閉鎖的で人工的な自然に囲まれているところを歩いていても、気分が晴れることなんて無い。お気に入りの散歩コースを見つける事は諦めて立ち上がり、暗い気分のまま部屋に戻った。
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フリーデン養成学校の学食はビュッフェ方式で好きなものを好きなだけ皿に取り食べるといったものだった。もともと食べている量と同じくらいで済ませ、部屋に戻ってもやることがないのでそのまま最初の授業がある大ホールに向かう。
大ホールは前のほうにいくにつれ段々になっており中央に教壇があるという様式だった。武術、魔法、知識のクラスごとに座る席の範囲が決められておりそれに従う。前の方の端っこの席で目立たないようにしているとしよう。始まるまで30分ほど時間があるが、着席している者はほとんどおらず、既に来ている者は立ち話をして交流を深めているようだ。
こうゆうのは初動が大事だ。だが一度着席してしまうと腰が重たくなってしまい、動けなくなってしまう。話しかけたところでこちらに興味を持ってもらえるだろうか。友達作りの仕方なんて・・・忘れてしまった。
「よう!お前がヒューガ・グロースってんだろ?ちょっとした話題になってるよな。朝ちょっとしか食べてなかったけど元気か」
周りの状況を見て卑屈になっているところに、誰かが高めのトーンで話しかけてくる。言いながらどかりと俺の隣に座る。
「俺はシルバ・ロックフィスト。ギフトは体術だ。地元の道場の大会で優勝して推薦で入学した。よろしくな!」
「よろしく。体調はまあ普通かな。もともとあれくらいしか食べないんだよ」
シルバは気さくに話しかけてくれた。ごつい拳や腕にいくつかの古傷があり手首に包帯を巻いている。入学前にかなりの鍛錬をしてきたていることが伺える。彼も入寮者で、朝食ではこちらの倍以上の量の食べ物を皿に取りがっついていた。
少し話しただけでもお手本のような陽キャで誰とでもすぐ仲良くなれそうな性格をしていることがわかる。俺とは正反対の性格で、こういう人を見ると羨ましく思ってしまう。
「マジか!好きなだけ食べていいってんだからたくさん食べないともったいないぜ。ところでさ、お前さんどの武器で戦うんだ?この前は剣を持っていたよな?」
「えっと・・・」
適性試験の時に挑発された時のことを見られていたらしい。俺の剣術レベルのことを言ったとして、信じてもらえるんだろうか。証明しようにも剣に触れることを止められている。
「体術とか、素手での戦いに興味があるんだ。いつも得意な武具が傍にあるとは限らないし」
「そうか!なら俺と同じだな!訓練が始まったらよろしくな!」
「うん。よろしく」
卒業までシルバには主に人間関係の方面でお世話になりそうだ。体術のことも教われるかもしれない。
そうして雑談していると、教官らが姿を現す。教壇の前にずらりと並ぶ。武術の教官以外も含めると20名ほどだろうか。談笑をしていた学生たちもあいている席に着席し、次第に静かになっていく。
ーカーン・・・カーン・・・カーンー
高い方の音の鐘が鳴る。授業開始の合図だ。
「はーい!みなさんあいている席に座って!静かにね!1年生最初の授業を始めます」
ずらりとならんだ教官の中央にいるお年を召した女性の教官が大声で授業開始の音頭を取る。
「私は理事長のイザベル・スペルウッドと申します。校長のエドワードと学校の責任者を任されております。本日はガイダンスの進行を務めさせていただきます。まずは我が校が誇る教官の紹介を、と言いたいところですが」
理事長が不敵な笑みを浮かべる。
「今年は皆さんと一緒に入学するスペシャルな留学生がいます」
どうぞいらして、と教壇のすぐ傍の扉に向かって呼びかける。すると2人の学校指定の制服を着た女子学生が入ってくる。
「初めまして、シルヴィア・ミア・コーラリアと申します。こちらは従者のアイリです。よろしくお願いします」
まるで透き通るような声をしていた。後ろ髪が腰まであるサラサラとした金髪で顔立ちが整っており少し痩せた体系をしていた。宝石をあしらった髪留めをしている。となりの女子の方が少し背が高く、艶のある黒髪でスタイルが良い。二人とも立っているだけなのに上品で華やかさがある。
男子たちからは歓声があがる。女子たちはかわいいだの、お人形さんみたいだのきゃあきゃあと話をしている。理事長が紹介を続ける。
「名前の通り南の隣国コーラリアの王女様です。我が国との間に平和条約が結ばれているのはみなさんもご存じでしょうが、その条約の一項に国際交流の一環として互いの王家から選出し交換留学をするというものがあります。今年はこの御二方が我がフリーデンに来校されたという訳ですね。彼女のミドルネームには平和な世の中になりますようにという願いが込められているようです。素敵な名前ですね。この国での生活は慣れないとこもあるでしょう。皆さん気にかけてあげてくださいね」
紹介された本人は微笑みながら手を振っている。学生たちは相変わらずざわついている。
・・・いい気なもんだ。何が平和な世の中だよ。正直言ってコーラリアと聞いて良いイメージはない。
先の大戦でお互いに譲らなかったために、いたずらに戦火が拡大した。コーラリアが先に降伏したとはいえ、もっと早くに戦争が終わっていれば戦死したタイガ爺ちゃんに生きて会えたかもしれない。ライガの左腕の事もある。モンテブルグ国全体で見ても復興がまだ手付かずのところもある。まあ、たらればなんていくらでも出てくるし言い出したらきりが無いのだろうけど。
紹介されたふたりは魔法のクラスに混ざって着席する。王女のほうが土魔法、従者は体術のギフトを授かっているらしいが主人の身辺警護をするので共に魔法の訓練に参加するらしい。
その後各教官の名前と担当する授業の紹介があった。とりあえず関わりのありそうな武術の教官の名前だけでもしっかり記憶しておこう。続いて選択科目の説明もあり入学案内の字面だけではわからなかったところも聞けたので、どの授業を選択するかも大体決まった。
ーゴーン・・・ゴーン・・・ゴーンー
「あらちょうど良い時間。ガイダンスは以上です。明日からの必修科目や訓練には必ず出席するように!選択科目の用紙の提出は今週末まで。それでは本日は解散です。」
理事長が授業を締めくくり、最初の授業が終了した。
大ホールの出口に学生がいっせいに押し寄せ混雑している。前の方の席に座っていたのですぐ出れそうにない。仕方なくそのまま座って待機していると、
「あなたがグロース家の御子息ですね」
と声をかけられる。声の主は、なんと先ほど紹介されたコーラリア国の王女だった。側にお供もついてきている。名前を紹介されたときに魔法のクラスに編入すると聞いて関りが無いと思い、名前すら覚えようとしていなかった。
一国の王族は身近で見るとやはりオーラが違う。美貌も相まって眩しすぎて直視できない。しかし声を掛けられているので黙っているのも失礼だ。取り敢えず返答する。
「は、はぃぃ・・・そうですが何か御用でも」
「お近づきの印にこれを。どうぞ受け取ってください」
そう言われ、ジュエリーケースを手渡される。手作り感はあるが肌触りの良い材質だ。
「え、え?」
当然こちらは困惑する。
「開けてみてください」
言われるがまま指で箱を開けると中には純度の高い青の魔石が入っていた。宝石と言っても良いほど質が良いものだ。魔石はグロース領の実家のキッチンでも見たことはあるが形も透明感も比べ物にならない質だった。
なぜ俺にこんな大層なものを、と思い彼女の最初の言葉を反芻する。グロース家の御子息、と言われた。もしかしてノーギフトがこの国で生まれた情報が隣国まで届いているのかもしれない。それを聞いた彼女なりのねぎらいなのだろうか。もしくは俺の知らないグロース家とコーラリア王家の間に何か因縁があるのかもしれない。先祖が率いる〈ウォーデン〉が先の大戦で大きな戦果を挙げたのだ。禍根がのこっていてもおかしくはない。
もしやと思い、渡された品に触れ集中する。すると入れ物からは渡してきた本人の、中身の宝石からは側にいるお供の心の声が聞こえてきた。読心術が使えるほど思念が宿っているという事はやはりふたりの大事なもののはずだ。
「気に入っていただけましたでしょうか。ではまた会いましょう」
ふふ、と王女は含み笑いをした後に去っていく。お供が後をついていく。
その時に彼女の脳裏によぎっていた光景は・・・なぜかグロース領から見たモンテブルグ山脈の景色だった。見慣れた光景なので間違えるはずもない。
季節で言えばちょうど今頃の、山脈が雪化粧した俺も好きな光景だった。




