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0.プロローグ

 遠く遠く地平線まで広がる海。朝日で照らされる海は燃えるように眩しく美しい。ザァー・・・ザァー・・・と押し寄せる波の音は朝の散歩における最高のBGMだ。


 ああ……今俺は…自由だ…。


 俺は日本のアラサーの会社員。どこにでもいるおっさんだ。趣味は一人旅と散歩。なにもじっとしているのが嫌いなわけじゃない。キャンプなんかも好きだ。

 外の空気とか、自然が好きなんだと思う。ストレス社会における労働に日々揉まれている自分を正常に保つため、朝の散歩は大事な日課だ。


 朝目覚めると、トイレに入りながら歯磨きをする。洗面台に行き口をゆすぎ顔を洗う。ついでにコップ1杯の水で水分補給する。それから動きやすい格好に着替え、軽いストレッチをする。朝目覚めていきなり歩き出すわけじゃない。体が目覚めていないまま歩き出して筋肉が吊ったりしようものなら最悪の一日のスタートになる。それは避けたい。


 お気に入りのスニーカーを履き玄関の扉を開ける。今日も良い天気だ。


 朝の散歩のお気に入りの散歩コースが3つある。

 家の玄関から出ると海が見える。海を遠巻きに眺めながら北へ歩くパターンと、南へ歩くパターン。それと砂浜まで降りて自由に歩くコースだ。

 空き家がちょくちょくある閑散とした風景で、バーやカフェなんかも無い。お世辞にもおしゃれな街とは言えない。

 この感じがちょうど良い。余計なものが目に入らない。頭を空にして散歩が出来る。

 これらの朝のルーティンをするためにわざわざ職場から車で1時間もかかるアパートに一人暮らししていると言ってもいい。


 一人は好きだ。他人に都合を合わせることなく自由でいられる。しかしたまにたまらなく人恋しくなる瞬間がある。

 衝動的に人に会いたくなって色々話をしたくなる。どうしようもない孤独感に苛まれ、不安になることがある。

 であればそんなときに会える友人や恋人なんかを作れば良いのだが。

 こんな奴に会ってくれることや俺なんかに時間を割いてくれることに感謝しなきゃならないとか、そうゆうことも考え始めると途端に面倒くさくなってしまう。

 それなら・・・今のままでいいか、とまた一人ぼっちの日々に戻っていく。元々の内向的な性格も相まって休日に会えるような友人はほとんどいなくなってしまった。


 学生のころはそうでもなかったんだけどな。クラスで席が隣同士だとか、距離感が近いもの同士で友人は自然にできた。

 その友人も学校卒業後は疎遠になり、大人になってからは打算で声を掛けてくる者ばかりだった。俺自身に興味がある者などいなかった。

 スマホの連絡先にはたくさんの名前が登録されていたが、用事もなく気軽に連絡をとれるものなどいない。

 最早登録した覚えのないものも中には入っていたりする。名刺を交換した際に空いた時間に登録しておいたものもある。

 自分自身に興味があって連絡を取ってくるわけでもないので、その皮肉さからか逆に孤独を感じていた。仕事もやりがいは無い。頑張っても頑張らなくても結果は同じ。

 でも給料に不満はなかった。住んでいるアパートの家賃も安価だったし物欲もそんなに無い。

 閑散としている町だが食べ物や生活雑貨を購入できる商店くらいはいたるところにある。便利すぎる世の中とも思う。


 そんなことを考えながら海辺のベンチで小休止していた。このベンチに座っているときいつもは頭を空にできるのだが、今日はやけに嫌なことばかり考えてしまった。

 朝目覚めて家を出てから30分ほど経っただろうか。そろそろ家に戻り熱いコーヒーでも飲もう。仕事に行く準備をする時間だ。


 もやもやする頭の中を払拭するように、柄にもなく勢いよくベンチから立ち上がった瞬間。立ち眩みだろうか、やけに視界が薄く白くなっていく。

 立っている感覚が無くなっていく。自分の体に触ろうとしても力がはいらず、手足の感覚を感じることができない。

 体験したことの無い感覚に不安になるが、妙に心地良かった。雲の上に浮いているような気分だった。


 意識ははっきりしているのでいままでに見た風景を思い出していた。

 見渡す限り、海。そのさざなみをBGMに頭を空っぽにして海辺を歩くのだ。

 よそむきの恰好ではなくラフな格好で、温かい季節は砂の感触を得られる裸足で歩く。さくさくという音と、さらさらとした砂の感触が心地よい。

 寒い季節はブーツを履いて歩く。防寒着を着込んでいるが耐えられないほどの冷たい風が吹くこともある。だがそれも季節を感じられるのでいい。


 海は四季によっていろんな顔を見せてくれる。

 何の報酬もねだることもなく、波が押し寄せさざ波の音を聞かせてくれたら、ただ引いていく。目立とうともせず、誰に言われたわけでもなくただそこにある。

 自然に対して俺は何もすることもなく、俺が俺でいられる。世のしがらみから解放される最も自由を感じられる時間だった。

 こんなときでも大自然や朝の散歩の風景なんかを思い出すのだ。自然のことがよっぽど好きだったんだな、と今になって思う。


 そして段々と意識も薄れてきた。

 自然との思い出と、今までの人生で上手くいかなかった事と。交互にフラッシュバックする走馬灯を堪能した後、意識が遠のき―――

 ついに世界が真っ白になった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ―…きて… 起きてください…―


 意識が覚醒し、目をあけるとそこは白い空間だった。大の字になって寝ていたようだ。

足元には何もないが足に床の感触があり、立つことはできる。

 ―転生するにあたって、ギフトを授けます---生まれながらにもつ才能のようなものです―

 目の前の女性が話しかけてくる。肩から足首までかけて白いドレスを身にまとっている。女性らしい仕草を取るたびに肩まで伸びた金髪はサラサラと流れている。

 見とれるような美しさだったが、美しすぎて逆に好みではなかった。まさしく女神ってやつだ。言われた言葉を反芻する。…ギフトを授けますだって?


 ―この中からひとつ選んでください―

 そう言われ、さっと目を通してみる。剣術や魔法など力を授けられるもの。火や水など属性に特化する詳細なものも記されている。

 錬金術や生物の知識を授けられるもの。これも専門分野に特化する詳細なものも記されている。

 流石に時間とか、空間を操作するようなものはない。多岐にわたり、大体50ほどの項目が記されている。

 全て目を通してみて―――会話が苦手な俺にとって、もしもこんな力があれば良いのにと思っていたまさにこれだという、目を引かれるものがあった。

 だが即決せずにここは慎重に、まずは質問をしてみる。生前から、世渡りをよくするために初対面の人には年齢関係なく、しっかりと相手の目を見て、敬語で話しかけると決めている。

 女神は目にやり場に困るような恰好をしていたが。意識して鼻のあたりを見るようにしていた。


 「そのいただけるギフトとやらを決める前に聞きたいのですが、転生先の世界はどのような世界ですか?」

 ―パラレルワールドというものは知っていますか?あなたがいた世界と似て非なる世界に転生します。ただ、全ての生き物に魔力が備わっており魔法というものが使えます―


 おー。最近忙しくてやってなかったけど幼いころにやったRPGゲームの世界みたいなものか。確かに魔法が使えないんじゃそれに関する力を授かったところで意味はないもんな。

 「このリストで選ばなかったという理由で後天的に身につかないということはありますか?」

 ―ありません。ですが選んだ場合とそうでない場合とでは歴然の差が出ます。戦う目的以外にも日常的にも、例えば家事や生産などにも便利なので使われています。なので努力次第で身に着けることはできます。

 もし戦うことになったら有利になるものや生活に役立つ知識が身につくものをおすすめします―


 良いことを聞いた。だとしたら―――やはりお金や力が得られるものは候補外だ。有事の際にはそれに間に合うように力をつければ良いだろうし、お金を稼ぐ力だってここで授からなくても働けばどうにかなるだろう。

 女神が言っている戦闘力をここで授からずとも転生していきなり最前線で戦うということもないだろうし、転生後の世界は平和で力など無用の長物かもしれない。

 初対面の者のいうことを聞いて鵜呑みにして思考停止すると大体失敗する。

 今まで多くの転生者を送り出したであろう女神さんには悪いがな。それに自分で考えて出した結果だ。失敗したなら考えを改めれば良いのだし、考える経験値にもなる。


 「これにします」

 ―あのー。話、聞いてました?―

 「はい」

 ―読心術、ですか。触れている間のみ相手の考えていることがわかるというものですが、それは―

 「力も富も得られないギフトだって言いたいんですよね?」

 ―そうです。―

 女神はそれから読心術のギフトの詳細を教えてくれた。

 ―過去にそれを選んだ者は他人に気味悪がられたり、読心術が使えると他人に公表し他人の言葉の真偽を見抜く仕事をする者もいましたが結局上手くいかなかったというケースがほとんどです。さらには触れている間しか使えないという制約もあり使いにくいギフトです。もう一度言いますが、おすすめは―

 「恥ずかしい話なんですが、俺コミュ障なんですよ。人と話しているよりも自然と触れ合ってる方が心が安らぐくらい。だから富や権力なんかより人間関係で失敗したくないんです。転生後の世界を自分で見たり人から話を聞いたりした上で必要な力やスキルを判断して身に着けていこうかと」


 それを聞いて女神は呆気にとられていた。

 ―そこまで言うなら、わかりました。―


 「最後に、貴女の名前は?」

 ―私の名前、ですか?生前はアテナと呼ばれていました。―

 アテナはそういって微笑んだ。

 ―幸運を祈っております―


 女神がそう言うと、ここに来た時のようにまた意識が遠のき始めた。

 ―あ、そうそう。今までに私が送り出した者は皆―


 視界が真っ白になっていく。

 ―ギフトの力を過信しすぎて15年以内に亡くなってしまいましたが、そうならないように頑張っ―


 最期まで耳を澄ましていたが女神が言い終わるうちに聞こえなくなった。


 気付くと、白いシーツで覆われたふかふかのベッドの上に横たわっていた。

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