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4.巫女様のお披露目と不思議な呪文

 その日は朝から目の回る忙しさだった。


 まだ陽も昇らぬ内にリリーに叩き起こされ、まだ目が覚めないまま風呂に入り身を清め、リリーにされるがまま巫女衣装を身に付けた。髪を丁寧に編みこまれ結い上げられる頃には紅葉の目はすっかり開いていた。


 その頃にはいつの間に来ていたのだろうセラスが傍らに立っていて、紅葉の小さな唇にそっと紅を引いてくれた。その一連の動作が妙に魅惑的で、紅葉は密かに頬を赤らめた。


 「どうぞ」


 セラスが声をかけながら紅葉に白く花の刺繍が施されたベールを被せる。さながら結婚式の新婦のようだ。


 「お美しいですわ、クレハ様……」


 リリーは目をウルウルさせながら涙声で言った。


 (本当に嫁ぐみたいだからやめてほしいんだけど……)


 と紅葉は複雑な気分だった。結婚どころか彼氏もいないのだ。


 屋敷の扉を開けるとロンガンが黒い馬を連れ待っていた。紅葉は今日は突撃してこないんだな、と思ったが口には出さないでおいた。


 「乗れ」


 ロンガンに相変わらずの無愛想で言われるが、紅葉は生まれてこの方馬になんか乗ったことがなかった。馬の脇でもたもたしていると、見かねたロンガンが紅葉をひょいと軽々持ち上げ馬に跨らせた。そして自らも紅葉を後ろから抱き抱えるように跨った。


 「手荒な真似はよせ」


 セラスは馬の上のロンガンを見上げ苛立ちを隠そうともせず言った。そんなセラスを一瞥し、


 「出発する」


 とだけ言いロンガンは手綱を操った。この二人は相当深い因縁がありそうだ。




 しんと静まり返った大通りを、パカパカとのんびりと心地よいリズムで馬が進む。


 紅葉の腰にはしっかりとロンガンの左腕が巻きつき不安定な馬の上でも落っこちる心配はないだろう。薄着の背中にはぴったりとロンガンの体温を感じ、少し霧の出る早朝にも関わらず、紅葉は肌寒さを感じなかった。それどころか、頬が紅潮しているのさえ自分でも分かった。


 「今日の段取りはわかってるか」


 片手で器用に手綱を操作しながら、相変わらず感情の読めない声でロンガンは問う。


 「えっと……、街を馬で周ったら城で王に謁見して、それから夜広場で儀式の舞いを披露、ですか?」


 ドキドキしている事を悟られないように、紅葉は努めて冷静に答えた。


 「そうだ。今日は一日巫女として仕事を全うしてもらう」


 早朝だからか、そういう習わしだからか、外には人っ子一人見当たらない。しかし家々の窓、カーテンの隙間からこちらを伺う気配があった。紅葉はゴディバのシンボルマークに描かれた伯爵夫人のお話みたいだ、と思った。


 「もっと歓迎されると思ってました」


 紅葉が少し拗ねたように言った。


 「元々神に生贄を捧げる儀式だったからな。この時間は祭壇に向かう巫女に祈りと哀れみを捧げる時間だ」


 馬鹿馬鹿しい、と言いたげにロンガンはふん、と鼻を鳴らした。


 「神は誰も救っちゃくれない」


 紅葉はこっそりとロンガンを肩越しに見上げた。その深い緑の瞳はどこか寂しそうに遠くを見ていた。


 「お、お腹空いちゃいましたね! お昼は何かなあ?」


 少し気まずい空気を変えようとと紅葉が明るく言った。


 「何言ってんだ?今日一日何も食えねーぞ」


 ロンガンが片眉を上げ言う。


 「水くらい飲めるだろうが……。言ったろう、元々は生贄の儀式だって。神に捧げる生贄の腹ん中に余計なモン入ってちゃおかしいだろ」


 紅葉は今度こそ振り返り


 「ええぇぇええええぇぇぇ!?」


 と絶望と悲嘆の声を上げた。




 日暮れと共に街の街灯がポツリポツリと灯り始めた頃、塔の麓の広場にはざっと百人以上の人々が集まり、巫女の登場を今か今かと待っていた。


 舞台上には四本左右対称に松明が立っていて炎が灯り、月明かりも手伝って辺りはそこそこ明るかった。


 「いいですか? 打ち合わせ通りにお願いします」


 「本当にいいのかなぁ……」


 セラスは紅葉に耳打ちをし、背中をポンと叩いた。


 セラスの作戦は、街の人たちを騙している事にならないだろうか。紅葉はそんな思いを抱えながら舞台上に上がった。


 ピンと張り詰めた空気の中、太鼓や笛の音が鳴り紅葉は覚えたての舞いをたどたどしく踊った。会場では観衆が口々に「黒髪だ」「黒髪は厄災を運ぶ」と囁き合っている。


 紅葉はここぞと言うタイミングで右手を挙げた。そして「風よ!」と声を発すると何処からともなく風が観衆の間を吹き抜けて行った。


 「風だ……あの女が吹かせたのか?」


 観衆の一人がそう言うと、町民は口々に「本物だ」と紅葉を称え始めた。


 そこで止めておけばよかった。


 紅葉は人々にサービスするように「風よ!」と叫びその度に風が吹き歓声が沸き起こった。何回目かの後、塔の上からヒラヒラと蓮の葉が落ちてきて、観衆の一人が塔の上を指さした。


 「あれ、セラス様の使い魔じゃないか?」


 紅葉が慌てて振り返ると、塔の上からこちらを見下ろすダリアが申し訳なさそうに手を合わせていた。


 セラスの作戦とは、紅葉の合図でダリアが蓮の葉を使って風を起こす、という単純なものだった。


 「これはどういう事だ!?」


 「私達を騙したの!?」


 「やはり異世界の巫女なぞいなかったのだ!」


 民衆は声を荒げセラスと紅葉に詰め寄る。塔の扉まで追い詰められた二人は咄嗟に塔の中に逃げ込み扉を閉めた。


 「やっぱりダメだったじゃないの!」


 「クレハ様が調子に乗るからです!」


 醜い言い合いをするが、ドンドンと扉を叩かれそれも中断した。


 「どうしよう……」


 紅葉は扉を押さえながら思案を巡らせる。すると一つの解決方法が閃いた。


 「女神の力はともかく、私が異世界から来た人間だって証明はできる!」


 そう言うが早いか扉から離れ、衣裳部屋に走り、そして鞄を抱えて戻って来た。


 「何をするおつもりですか?」


 「いいから、扉を開けて」


 紅葉は言いながら鞄から二本のペンライトを取り出した。電池式で、特に強い光を放つものだった。


 「い、いいんですね?」


 セラスは躊躇しながらもそっと扉を開け放した。その瞬間ペンライトのスイッチを入れた。ペンライトは美しいピンク色の光を放ち煌々と紅葉の顔を照らした。その不可思議な光に民衆はたじろぎ、紅葉と一定の距離を取った。紅葉はペンライトをバッテンの形にしながらゆっくりと前へ進み再び舞台上に立った。


 そして、


 「あーよっしゃ行くぞー! タイガー! ファイヤー! サイバー!……」


 と声の限りコールを放った。コールとはアイドルのライブでファンが見せる独特の応援方法で、紅葉はこちらの世界にはない物だろうと踏んだのだ。そしてこの一際光るペンライト。炎とも光石とも違う、鮮やかで強烈な光はこちらの世界にはない物だ。


 髪を振り乱し光る棒を一心不乱に振り回す黒髪の女を、セラスや民衆たちはぽかんとした顔で眺めている。紅葉の動きに合わせペンライトは帯状に光をたなびかせ、さながら二匹のピンク色をした蛇を操っているようにも見え幻想的だった。


 「虎! 火! 人造! 繊維! 海女! 振動! 化繊飛除去!」


 何度目かのコールの後、紅葉が二本のペンライトを高く掲げると、舞台上の炎が一際大きくなり、火柱が上がった。


 「きゃあ!?」


 紅葉はそれに驚き尻もちを付いてしまった。


 炎は塊になり天高く飛び上がり虎の形になったかと思うと、一声大きく咆哮を上げると空に溶けて行った。


 炎の虎が消えた空をぽかんとした顔で見上げた紅葉は


 「な、何が起こったの……?」


 と呟いた。


 民衆たちは一瞬の沈黙の後、


 「奇跡だ!」


 「本物の巫女様だ!」


 「セラス様はこんな小細工はできない」


 と歓声を上げた。


 我に返ったセラスは舞台上に上がり座り込んでいる紅葉を立たせ


 「これが異世界の巫女様の力です! クレハ様のお力によって、このヒロセレウス国の安寧は約束されました!」


 と声を上げた。その瞬間紅葉を称える歓声が沸き起こった。


 紅葉の頭はまだ混乱したままだった。




 「あれは何だったの?」


 屋敷に戻った紅葉がセラスに問うた。


 「もしかしたら、クレハ様に本当に巫女の力が備わったのかもしれません」


 セラスは壁に寄りかかり少し思案した後リリーを呼びつけた。そして、


 「クレハ様の体に女神の紋章がないか探してくれ」


 と言って部屋を出た。リリーは嬉しそうな顔で


 「クレハ様♪そう言う事ですので、失礼致しますわ♪」


 と言い有無を言わさず紅葉の衣服を剥ぎ取った。


 数分後、部屋に戻ったセラスが見たのは、辛うじて薄手のワンピースを着て力尽きグッタリとソファに体を預けている紅葉と、何故かツヤツヤした顔でニコニコしているリリーだった。


 「どうだった?」


 「隅々まで確認しましたが、その様なものは見当たりませんでした」


 そう、紅葉は本当の意味で隅々まで、自分でも見た事がない様な所までリリーに見られたが、女神の紋章は見つからなかった。


 「ねぇ、やっぱりあれはセラスの仕業でしょ?」


 リリーと向き合うセラスに、紅葉は顔だけそちらに向けて言った。


 「以前にも言いましたが魔術師はその様な事はできません。私ができるのは呪いやらまじないやら、祭り事の指揮やら……」


 セラスはそう言いながら指を折り、ぐったりした紅葉の顔を見た。すると何かを思い立ったのか紅葉の両頬を手でサンドする様に固定して


 「クレハ様! 口を! 口を開けて下さい!」


 セラスの筋の通った形の良い鼻先が紅葉の鼻に当たりそうになる程の距離でそう言われ、紅葉は目を白黒させた。 


 「な、何!?」


 「いいから!」


 戸惑った紅葉の隙を突き、セラスは口にその長い指を滑り込ませ強引に開かせた。


 「あった……!」


 セラスは静かに、そして噛みしめる様に言った。


 慌てて紅葉はバネの様に立ち上がるとドレッサーに飛びつくと鏡に映った口の中を覗いて見た。


 ──薄いピンク色をした舌の奥の方には、あの時美咲の左手にあった痣の様な紋章が、確かに花開いていた。

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