選択
パチパチと手の甲を鳴らす音がオフィス街に響いた。その瞬間誰かの悲鳴と救急車っという声が聞こえた。スマートフォンには『 タスク完了』と表示されている
『 今日はひまわりを見に行きませんか?』たったそれだけ彼女から連絡が来ていた。
『 何時に待ち合わせ?』
そう返して返事を待ち僕はコーヒーを飲んだ。
蒸し暑い。太陽が忌々しく僕らを照らしている。それなのに彼女は楽しそうにひまわり畑を見ていた。
「死んだ母さんが私にひまわりみたいにいつも笑顔で周りをお日様みたいに照らせるようにって名前をつけてくれたの」
突然そんな話をする彼女。
「なんでそんなこと急に言うんだよ」
笑いながら僕は言った。少し考えて「何となく」と彼女が答える。
「何となくひまわりを見に行きたくなって何となくこの話をしたくなったの」
「ふーん」
「暑いね!そこにカフェがあったから入ろうよ」
僕らはひまわり畑の近くのカフェに入った。外装は白壁でオシャレだが中はアンティークな雰囲気に包まれている不思議なカフェだ。僕らはアイスコーヒーを注文した。
「あれ?みなとくんは紅茶派じゃなかったっけ〜」
「うるさいな。大体君が僕に美味しいコーヒーを入れてくれたのが始まりだろ」
そんな会話をしながら彼女は窓を眺めて再びひまわりを見ている。何かを探しているようなそんな目で。何故か僕は何かあったのの一言が言えなかった。
彼女と別れて疲れた体をソファーで休める。ピコピコとメールをスマホが受信した。彼女かなと思って見てみる
『 大神 ひまわり 決行日11月3日』
インターホンが鳴っている。だるいと駄々をこねる体を無理やりベッドから起こす。
「はい」
しゃがれた声でインターホンに言う。
「シャルル俺。開けて」
ガチャと玄関の扉が開く音がする。
「まだ寝てたのかよ。もう11時だぜ」
そう言いながら遠慮なしに入ってくる。
「来るなら連絡くらいしろよ。僕も暇じゃないんだ。」
「11時まで寝てたヤツが暇じゃないねぇ。よく言うよ。」
「何しに来た」
「彼女を捨てろ」
さっきまでヘラヘラしてたヤツが急に獲物を見つけたような鋭い目で言った。
「それを言いに来たのか?」
「残りは半月。どうしたんだよお前。前は人間なんて興味ない、愚かな生き物に情なんてわかないんじゃなかったのかよ。決行日を過ぎたらどうなるかお前も分かってるだろ?俺はお前がホントに心配なんだ。」
そんなこと自分でもよく理解している。自分はどう行動すればいいのかよく分からなくなってしまっている。
「俺がここに来たのはただお前が心配で来た訳じゃない。天神様からお前が必要だから決行させるように俺は命令されている。いいか、お前が決行しなければ俺も消えることになる。よく考えろ」
そう言って彼は出ていった。
「はぁ」と大きなため息が出た。そしてまたベッドの方へ足を向けた。
「どうしたの?最近元気ないよね。」
彼女が心配そうに僕を見つめている。元気がないのは君の方だろと言いかけてやめた。
彼女が元気がない理由が半月後に死ぬからなのか違うのかよく分からない。でも、関係があるのなら聞いたことを後悔するかもしれない。だから理由を聞けなかった。
「別に普通だよ。」
そう言うと彼女は微笑んだ。この事だけは彼女に悟られてはならない。いつも通りにしなくては。
「もうすぐハロウィンだね。みなとは私の仮装姿とか興味無いの?」
「なんだよ急に」
「赤くなっちゃってさては期待してるなぁ。ねっ何がいい?」
そう言って楽しそうにあれだこれだと興味がある衣装を見せてきた。楽しかった。この時間がただ楽しかった。
結局彼女は猫になった。しかも着ぐるみを着たガチモンの猫。いやもっとあるだろ。猫耳付けて肉球の手袋履くやつ。そう突っ込んだらちょっとは期待してたんだと笑われた。
「生まれ変わったら猫になりたいな。気楽に生きて、可愛かってもらって天寿を全うする猫に。」
少し悲しそうな顔をして言っていた顔が印象的だった。
ハロウィンの3日後、僕は彼女を殺した。
「みなとくんありがとう。49日も過ぎたしあの子のものを整理してたの。そしたらこれが。」
彼女の姉から貰ったのは一通の手紙だった。
「ひまわりは病気だったの。去年の8月に余命宣告されたの。もってあと1年だって。知らなかったでしょ?みなとくん。」
「はい」
とてもやるせない気持ちが襲ってくる。きっと彼女がいたら叱責していたところだろう。
「それなのに交通事故で死ぬなんてね。女の子を助けて死ぬなんてあの子らしくて...」
そう言って彼女の姉は言葉を詰まらせた。なんと声をかけたらいいのだろう。分からなかった。
『 みなとくんへ
これを読んでいるということは私はこの世に居ないのでしょうね。今これを書いている理由は段々と体が弱るみたいなので書けるうちに気持ちを言語化したかったのです。
沢山我儘聞いてくれてありがとう。余命宣告されてからやりたいことが増えました。多分みなとくんは優しいから全部聞いてくれるんだろうな。この間行ったひまわりまた見に行きたいな。来年も見れてたらいいな。
伝えたいことはいっぱいあるはずなのにこれくらいしか書けないや。だから全部引っ括めてこの言葉に込めるね。
みなとくん私を好きになってくれてありがとう
ひまわりより』
いつも辛いこと悲しいことを言わない人だった。だから全部隠していたのだろう。
俺は彼女を殺した。1番大切な人を殺した。
「シャルルやっぱりお前は死神だな。流石だよ。お前はこの先いい死神になると皆期待してるもんな。そんな奴のこと俺が心配しなくて良かったんだな。ゴメンな。」
「ジャンが消えたら他の死神に仕事が2人分も回ってしまうだろ。」
同僚の前では思ってもない事が言えるんだな。気持ち悪い。
そうだ。僕はこっち側だったんだ。心もない感情も感じない死神だったんだ。
セミの鳴き声と太陽の光が忌々しい8月。ひまわり畑で掟を破った死神が消えた。
誰もいないひまわり畑に猫が1匹、どこか悲しそうに空を見上げている。