第四章 十三話 ~メンタルの管理は大切である~
「[ズザザザザ…]と~~~うちゃっく!」
「[ズシャァァ…]続いて到着!……ここですか?」
「[タッタッタッ……]ぜえ…ぜえ…げほっ………」
突如始まったランニングから数分、俺達は学院の学生寮に到着した。
……というか何だこの二人は、こちらは全力疾走で息も絶え絶えだというのに欠片も息を乱した様子が無いぞ?バケモノかこいつらは……ってバケモノか。
「……」
うん、そろそろ飽きてきたなこのネタ。新しいのを考えるか……
「さて、この中を案内しよう…結構広いから離れるなよ?」
「私の役目……うぅ……」
役目を奪われたゆめさんがコールティンさんの肩の上でがっくりとうなだれてた。
何か傍から見ると狩人と狩られた獲物みたいだな……
コールティンさんはそんなゆめさんの呟きを気にもせずにずんずんと寮の中に入っていた。
それに続き俺とレナは寮の中へと足を踏み入れた。
「……っと、これで寮の説明はあらかた終わったな。大体は分かったか?」
「分かったかレナ?」
「うん、分かった」
まあ確認する程の構造でも無かったしな。何と言うか一言で言うと高級ホテルのような感じだ。
まあ見た目が明らかにそれだったんでそうだとは思ったんだが……
まあ違う所といったら一部屋を数人で使う……何だっけ?あ、そう。ルームメイトのような形をとっている……って事ぐらいか。
「それじゃあ私の部屋にでも行くか。ゆめも持って帰らなきゃならないし」
「んにゅ……すぴー……」
肩の上では抱えられた状態だというのに穏やかな顔をして眠っているゆめさん。あ~あ、よだれまで…
てか放置されたからって肩の上で眠れるか普通?
「あれ?持って帰る……って事はゆめさんはコールティンさんのルームメイト?」
「おっ、察しがいいな。その通りだ……だからこそのちょっかいという奴だ」
あ~、それで、そう言う事か……でもこの人ゆめさんとルームメイトじゃなくてもちょっかい出してきそうだと思うのは気のせいか?
「ほらほら、何そこでぼさっと突っ立ってるんだ?置いてくぞ?」
「翔~早く早く~~」
「おぁ!?スマン!今行く!」
慌てて先に行っていた二人を追い俺は追いかけた。
そして暫く歩くとコールティンさんは一つの扉の前で止まると鍵を開けて俺達を中に招き入れた。
部屋の中は広々としておりキッチンとリビングが一つになったような部屋だった。
「それじゃあ私はゆめをベットに運ぶから二人はそこで待っててくれ」
そう言うとコールティンさんは右奥の扉に入って行った。
俺は近くにあった長椅子に並んで腰かける。うお!モフモフしてて気持ちいいな。
これはいい素材を使っているに違いない!
「……ってあれ?」
レナが居ない?何処行ったんだあいつ?
[ガチャン]
「……ん?そっちか?」
ドアが閉まるような音がしたのでそちらを向くとコールティンさんが入って行った方とは別のドアが目に入った。
……まさか持ち前の好奇心で人様の部屋に無断で……うん、あいつなら平気でやりかねない。
「やれやれ……問題になる前に連れ戻すか」
俺は椅子から立ち上がるとやれやれといった感じでドアの方に向かう。
叫び声や怒鳴り声が聞こえていないあたり部屋の住人は留守……だと思う。
「[ガチャッ]おいレナ!人様の部屋を……ってあら?」
扉を開けてみるとそこには一本の通路が通っていてさらに左右にはドアがあった。
「…………」
考えろ……考えるんだ俺!
この場合片方にはレナ、そしてもう片方には他人の部屋……という事になる。
さらに騒ぎ声の一つも無いという事はレナはどちらかの部屋、更にその部屋には誰も居ないもしくは睡眠中という可能性がある。それならば部屋に入った瞬間レナを確保→元の部屋へGOで事無きを済ませられる。
そしてもう片方はレナが居ないはずれの部屋。住人が居るか居ないかは全く判断出来ない。最悪の場合厄介事を起こさないよう探しに来た俺が部屋の中の人とご対面して厄介事の原因になるという事になりかねない!
この二択……俺は……俺はどうすればっ……
「くっ……お、男は度胸!勇気を振り絞ってぇ……」
俺は意を決し右のドアノブを握る。しっかりと握っている筈なのに自分の手がわずかに震えていた。
……勇気の使い所を思いっきり間違えている事については言及しないで頂きたい。
「[カチャ]……そ~っ」
俺は音を立てないよう限界まで神経を使いゆっくりとドアを開けた。そしてドアの僅かな隙間から中を覗く。はい、これ傍から見たら完全なストーカーだよね。最早勇気の使い間違え方を更に間違えたように取られるかもしれないな……
本当に何を考えているんだろう俺は……
そんなアホな事を考えつつも俺は部屋の中を一通り見回す。
……小部屋だな。タオル、洗面台、それに奥にはもう一つ扉……なんだ。洗面所か。
……ってか洗面所付きかよこの寮。無駄に現代的だなオイ。本当に文明レベルが理解できねぇ。ディアトリアの中世的な世界との差はなんだよ本当に……
この時間帯に奥の扉の中にあるであろう風呂からも水音が全くしないので俺は安心して中に入った。
……って誰も居ないって事は風呂に居るかどうか確認すれば終わりじゃん。
「という訳でレナ居る……」
俺は何の躊躇も無く風呂場へと入ったのがいけなかった。そう、俺は完璧に油断していた。
その浴室は意外と広く大人二~三人が入っても十分すぎるほどの広さがあった……のはいいのだが。
「………[ギロッ]」
「……………」
その浴槽一杯に一杯の巨大なイカが……いや生きてるから匹か。これはスベっちゃったかなHAHAHA!
……温かい目で見てくれ。いま必死に奇声をあげて飛び退くのを我慢するためにバカな事を考えているんだ!察してくれ!
「………[ザバァッ]」
そしてそんな事を必死に考え硬直している俺を前にイカが浴槽から出てきて触碗で俺の頬に触れ…
「あんぎゃうぇくあせふじこふぎょえぇぇぇ!!!!」
そのぬめっとした感覚で結局奇声をあげて飛び退いてしまう俺であった……
「あっはははははは!!!ごめんごめん!まさかあそこまで驚くとは……くくくっ……」
「………」
「あ、あの……ごめん翔……」
「王家のお目付け役は災難に見舞われるってジンクス………あれは嘘じゃなかったって事か」
あの後俺はあの巨大イカに絡みつかれて奇声をあげている所を駆けつけて来たコールティンさんとレナに救出された。
いくら化け物級の奴らと戦い続けて来た俺だって何の心の準備もなしに目の前に想定外の物が現れたら驚きだってするぞ。俺はそこまで神経は図太くない。
お陰でメンタルがごっそりと削られリビングの椅子でぐったりだ。
ちなみに俺を襲った……いやからかったのは只今俺の隣で爆笑しているクラーケンの少女でシュナ・エールドリヒ・エインズ。愛称シュナ。
今は人の姿をしてはいるが本来は人とイカを足して二で割ったような姿をしているそうだ。
体色や体の特徴等を自由に変えられるそうで先程俺が見たような完璧なイカの姿もお手の物……という訳だ。ちなみに俺を待ち構えてたとかそういうんじゃ無く単に水の中に居る時はそっちの方が気楽らしい。
陸上の活動は詳しくは分からないが多量の水分を体内に蓄積して活動を可能にしているらしい。その交換中に俺が入ってきたという訳だ。
「あっはは!まあ見ちゃったもんはしょうが無いしそんなに落ち込まないで!眼福だったでしょ?ねっ?」
「[バシッ、バシッ]……あ~、はい。シュナさん……」
言葉に出す気力が無いので心の中で言わせて貰おう。
……俺はイカを見て発情する変態じゃねぇ!
「お堅いな~シュナって呼び捨てでいいよ~……あ、裸見た事気負ってるなら呼び捨て強制で!これでチャラにしたげるから、ね?」
「[バシィッ!]ふぐっ!」
そう言ってケラケラ笑いながら背中から生えた触碗でビシビシと背中を叩いてくるシュナさ……シュナ。
フレンドリーにしてくれるのはいいんだがその高すぎるテンションのせいで俺のメンタルがマッハで下がっていく。もう止めてくれ、俺のMPはゼロだ!
何でだろう。レナに似てるんで扱いづらい……もしかして野生児タイプは俺の苦手なタイプかもしれん。
くそう、レナの扱い方は段々と慣れて来たけど微妙に違うからなぁ……
「しっかし来て早々シュナに絡まれるとは運が悪いな。二つの意味で」
「……誰がうまい事を言えと」
「おっ、反応したか。てっきり力尽きたものと……」
「勝手に殺さないで下さいコールティンさん……」
「ははっ……あ、後私はコールでいいよ。長ったらしいと呼び辛いだろ?」
「あ……はい……」
ああ、もう何か凄い疲れて来た、今すぐ店に帰ってふかふかのベットにダイブしたい。そして回復したい。
「な~にしけた顔してんの?男はもっとしゃきっとしてるもんでしょ!」
「[ビシィッ]うぐぉぉ……」
こいつ……酒でも入ってるだろ絶対……
「あはははは~」
この後小一時間程、外が暗くなるまで俺はシュナに絡まれ続けた………