【コミック6巻発売記念!】セーブ&ロードのできる宿屋さん 〜ロレッタと百物語〜
このお話は拙作『セーブ&ロードのできる宿屋さん』のコミック6巻が発売するのを記念して書いた短編です。
小説家になろうに掲載中の同作(完結済み)を読まないと意味がわかりません。
もしくは漫画買って読んでください。
夏の社交界にはかつてのアレクサンダー大王より広まった納涼の催しがあり、ロレッタもまたそれに参加する立場であった。
『百物語』と呼ばれるそれは、特に年若い貴族の男女のあいだで行われるもので、参加者それぞれが怪談を持ち寄るというものだ。
夜通し語り明かして行うその催しは、大王の死後五百年経ってなお消えず、今では貴族子女が家督を継ぐまでに一度はすべき通過儀礼のような位置付けになっていた。
王国が出来上がってからおおよそ五百年。
ロレッタの家であるオルブライト家が『中央貴族』……国政に口を出す貴族になってから、おおよそ三百五十年。
「というわけで、私が『通過儀礼』を済ませていないこともあって、中央貴族としては新参者の我が家がホストとなり、他の貴族のお歴々を招くことになったのだ」
「三百五十年の伝統があって新参なのか……」
「もっとも家格の高い家にいわく、『オルブライト家は冒険者のような暮らしをなさっているのですから、市井から怪談を集めてらしたらよろしいのではなくて?』ということでな」
「……で、あんたはどう答えた?」
「? それはまあ、『なるほど、おっしゃる通りだ。市井から怪談を蒐集してみましょう。御助言、感謝いたします』と答えたが」
「それな、皮肉だぞ、たぶん」
「うすうすそう感じてはいたが、皮肉にうまい返しも浮かばん。というわけで、本当に市井から怪談を集めた方が早いと思い、みなさんに協力していただきたいということで、ここにお集まりいただいたわけだ」
以上がロレッタの『銀の狐亭』訪問理由であった。
そこに集っていた宿泊客たち……ロレッタに集められただけなので、今は宿泊してはいないのだが……は、ニヤリと笑って、旧友の願いを聞き届けた。
そういうのが、ことの発端だった。
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怪談その一。
百物語本番のように、暗闇にロウソクだけという贅沢な(魔道具のランプがどこにでも普及しているので、ロウソクは生産数が少なく、高級なのだ)シチュエーションの中、真っ先に語り始めたのは幼い少女のような見た目の人物だった。
暗闇に溶けるような褐色肌の彼女は、真っ白い髪をわさわさと動かしながら、普段はどこか甘ったるいように聞こえる声を低くし、雰囲気たっぷりに語り始める。
「これは冒険者ギルドに伝わる話だ」
彼女自身が冒険者であることは言うに及ばず、ギルドマスターを祖母に持つ身である。
そういったギルドの裏話がその口から語られるというのだから、軽い気持ちだった聴衆は唾を飲み込み、身を乗り出し、聞く姿勢を作った。
「ダンジョン探索に行って帰ってこないっていうやつもまあ、最近は減ったがよく聞く話ではある。
そういう環境で仕事をしてるもんだから、『ダンジョンの入り口に不気味な影を見た』だの『暗い通路で手招きする女を見た』だの、そういう話は珍しくもなんともねぇ。
だから、それもきっと、そういう話の一つだろってことで、最初は笑い飛ばされてたんだ。
……ところがどうにも、目撃者が多い。
それは『消える冒険者』っていう名前で呼ばれてる怪談だった。
ダンジョンを探索する。
先行してる誰かがいる。
別に後を追う目的ってわけでもないが、まあ、目的の場所が同じだったんだろう。
その『誰か』と一定の距離をたもったまま、同じ道を歩いて行ったわけだ。
……奇妙な予感は、後から思い返せばあったのかもしれねぇ。
なにせ、そのダンジョンはやたらとレベルが高かったから、悪い噂には事欠かない。
現代に程近い時代だってのに、まだまだ調査は不十分で、不適切な調査でレベルが低く判断されていたころに、呑まれた連中がいるって話も聞く。
……それにしたって。
あまりにも、人が少ないな━━なんて。
そいつは思いながら、目の前を歩くやつのあとを追ったわけだな。
そして……
グワァッ!
……っていう吠え声があって、そいつは思わず舌打ちをした。
ダンジョンレベルの高さの理由……たまに襲い来る、異様に強いモンスターと出会っちまったわけだ。
ただ、運がよかったのは、モンスターが襲ったのは、そいつの前を歩いていたやつだったってことだ。
目の前のやつが飛びかかられ、のしかかられ、食い殺される姿を見て、そいつは一目散に逃げ出した。
助けられる実力はなかったし、そもそも、どう見たって手遅れだった。
そいつの視界にははっきりと、前のやつが食い破られて、真っ赤な血溜まりを広げていく光景が見えたんだから……
……そいつは運良く背中から襲われずに、ダンジョン入り口にまで戻った。
そこで、思わず腰を抜かした。
なんでって……
ダンジョンの入り口に戻ると、たしかにさっき、食い殺されたやつが、そこにいたからだ。
『お、お前、さっき、中で……!』言葉に詰まりながら、そいつは思わず問い詰めようとした。
ところが死んだはずのやつは、生気を失った目でふらふらしながら、またダンジョンの中に戻っていくだけで、質問に答えようとしねぇ。
いったいなんなんだ……そいつが思っていると、気配も音もなく背後から近付いていたやつに、ぽん、と肩を叩かれた。
そいつが振り返ると、肩を叩いた男は、こう言ったんだとさ。
『あなたも、セーブなさいますか』━━」
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「いや、怖いが、ずいぶん聞き手を選ぶな!?」
宿泊客一同、体を抱いて震えるほど怖く感じたが……
今の怪談、たぶん広くは伝わらないものと思われた。
ようするに『先行していた人』は銀の狐亭の宿泊客であり……
ここの主人の『セーブ&ロード』とかいう異能を用いた修行の最中だったのだ。
『セーブしたら死んでも蘇生する』というのを活かした修行。
つまり、死亡前提の修行。
ロレッタ以下百物語の練習に集められた面々はみな修行を経ているので、その光景がリアルに頭に浮かび、過去の修行がフラッシュバックして恐怖したが……
一般の人は『セーブなさいますか』とか言われてもなんにもわからん。
すると話者であるホーは、長い白髪をウネウネさせながら、不満げな顔をした。
「いや、だってよ……ねーだろ、アレ以上の恐怖なんか、この世に」
「そうだけれども! ……いや、待て、待ってほしい。なんだこの空気は。……まさか全員、同じオチの話を持ってきたのか!?」
ロレッタが周囲の仲間たちにたずねれば、彼女らは一斉に視線を逸らした。
その後の聞き取り調査により、一人は『崖から上がり続ける叫び声』というタイトルの話を持ってきて、もう一人は『新豆袋』というタイトルの話を持ってきていたことが判明した。
「じゃあ、ロレッタはどうなんだよ」
ホーがたずねると、ロレッタは視線を逸らしながら、用意した怪談のタイトルを答える。
「……『初心者ダンジョンから人が消えた日』」
「オチが同じじゃねーか!」
しかもロレッタ自身がつけられた修行の話であった。
集まった四人は困り果てて考え込んでしまった。
この話は非常に身内向けというか、修行の内容を知っている人向けであり、これを知らない人に話すというのはアレンジが必要になるものと思われたのだ。
困り果てた四人がああでもないこうでもないと意見を出し合い、場がいい加減に煮詰まってきたところ、ロレッタの脳裏に天啓が降ってきた。
「そうだ。百物語で集まる貴族の方々にも『修行』を体感していただくのはどうだろう」
そうすればきっと、今の話の意味がわかる━━
……時刻はもはや、真夜中を過ぎ、明け方に迫りつつあった。
眠気と疲労と過去のトラウマが彼女たちの判断力を奪い、「いいな。それしかねーという気さえしてくるわ」「同じ体験をした方とは、絆が生まれますものね」「怪談は体験型の娯楽ッスよね」などと賛同の声が上がった。
かくしてかつてない大惨事が進行し、その結果としてロレッタは他の貴族たちから畏怖を集め、そのせいでとある婚約破棄事件に関わらせられることになるのだが……
それはまた別のお話である。