表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪盗Fと竜の花嫁  作者: すだチ
第一章・秘めたる想いは純白に染まりて
1/4

(1)

 王宮の警備は手厚い。

 近衛兵の皆さんが、夜も寝ずに見張りに就いている。

 加えて、姫様の寝室は何重にも結界が張り巡らされていて、到底辿り着けるものではない。


 そう。並の侵入者なら、ね。


 中の警備は厳重でも、外はどうか。

 幸いにも、窓の鍵は開いていた。

 私は音を立てないよう、そうっと忍び込んだ。


 暗い室内は、わずかに月明りが差し込む程度で視界が悪い。

 緊張する私の耳に、規則正しい寝息が聞こえて来た。

 部屋の奥に設置されたベッドで、誰かが眠っているようだった。

 ここからは離れていて見えないが。恐らくは、この部屋の主が。


 今なら盗み出せるかもしれない。

 否。必ず盗み出してみせる。


 必ずや──あの『輝竜の魂』を。



 怪盗Fと竜の花嫁

 第一章「秘めたる想いは純白に染まりて」



 初めに噂を聞いたのは、王宮の兵士達がよく来る町外れの居酒屋だった。

 私は一流の怪盗だ。情報収集に余念が無い。時折こうして、お店で働くこともあった。お宝の情報が容易に手に入るわ、ついでに賃金ももらえるわで、良いことづくめなのである。ホント、生活費が助かるわー。

「……でよ。竜の神様がよ、姫様に魂をくれたんだとよ」

「何だよ魂って?」

「知らねえよ! 俺ら下っ端に教えてくれる訳ねーだろ。けど、大層なお宝に違いねえって、城内じゃ噂で持ちきりだぜ?」

 酔っ払いは口が軽い。シラフでは言わないようなことも、平気で喋ってしまう。

「ねえ、お兄さん達。良かったらその話、詳しく聞かせてくれないかしら?」

 兵士達の前に黄金の液体がなみなみ注がれたグラスを置き、私はウィンクしてみせた。


 それから間もなく、私はお城のメイドに変装して城内に潜入した。

 居酒屋での話がどうやら真実であるらしいことは、聞き込みをしてすぐに判明した。

 竜の神様なるものが実際に存在するかどうかは、怪しい所だが。誰もそんなものを見ていないし、ひょっとしたら比喩表現か何かかもしれない。


 だが。間違いなく、お宝は姫様が持っている。

 輝竜の魂。

 伝説の竜族、輝竜シャイン・ドラゴンにあやかった名前のお宝だ。きっときらきらと七色に輝いて綺麗に違いない。想像するだけで胸がときめく。


 ただし。それがこの部屋のどこにあるかまでは、探してみないとわからない。

 部屋にあるものはベッドと、その脇にある、人の背丈程もある大きな本棚。

 それから、部屋の中央には銀のテーブルがあった。

 その上には、色取り取りの装飾が施された四角い物体が一つ、ぽつんと置かれている。どうやらそれは、蓋の付いた箱のようだった。宝箱のように、上にパカンと蓋が開くタイプだ。


 いかにも怪しい。


 怪しすぎて罠の可能性もあるか。

 右太腿に装着した鞘から短剣を抜き、箱に向かって投げてみる。

 カツンと音がして、短剣は跳ね返った。よし、特に何も起こらない。


「警戒し過ぎたかしら」


 箱に向かって歩き出しながら、私は独り苦笑する。

 念のため、先に床に刺さった得物を引抜き、再び鞘に入れ直した。

 それから、箱を手に取る。

 金属製の箱は硬く、見た目よりも重い。

 見たところ、鍵は付いて無さそうだ。私は箱を開こうとした。


 だが、口がぴったりと閉じていて、どんなに手に力を込めても、わずかな隙間すら開かない。奇妙だったが、すぐにピンと来た。

 魔法で施錠されているのだ。

 大方、城に張った結界術の応用か何かだろう。宮廷魔術師の中に腕の立つ奴が居ると見える。小癪な真似を。


 となれば、解除するしかない。


 一旦箱をテーブルに戻し、私は懐から紫色の結晶片を取り出した。

 手のひらに収まる程度の大きさのそれには、近所の魔法使いに頼んで光子を詰めてもらっている。光子とは、文字通り光の子供、赤ちゃんだ。その魔法使い曰く、天空より飛来する、星屑から取り出すことができるのだと言う。

「出てきて良いよ」

 欠片に囁き、それを天にかざすと。

 ぼうっと、紫色の結晶は、白き光を放ち始めた。

 陽光よりは弱く、星の光よりは強い。


「これで良し、と」


 箱とは、ずっと蓋を閉めておくものではない。永遠に封印したいのなら、そもそも蓋付きの箱に入れる必要が無い。

 あくまで『中身』を長期間保管しておくためのものだ。

 であれば、施錠を解除する仕掛けがあるはずだ。恐らくは、この部屋の中に。あるいは、箱そのものに。


 そう判断して、灯りを点けてみたのだったが。


「──あら? もう朝かしら」


 突然上がった声に、私は震えた。

 恐る恐る、ベッドの方へと視線を向けると。

 寝惚け眼の部屋の主と、目が合った。どうやら、灯りが眩しくて起きてしまったようだ。まずいことになった。


 年の頃は私と同じ位だろうか。

 金髪碧眼の少女はベッドから上体を起こし、私の方を不思議そうに見つめている。

 あ、着てるネグリジェ可愛い。ピンク色。


 対するこちらは、引き攣った笑みを浮かべながら。

 この後どうすれば良いか、必死で考えていた。


 しかしそれにしても、何で起きた?

 万が一にでも起きないよう、わざわざ給仕係に化けて、夕食に眠り薬を盛っておいたのに。

 彼女には、薬が効かないとでも言うのだろうか?


「貴女、誰? 何をしているの?」

「お目覚めになられましたか。すみません、できるだけ音を立てずに済ませるつもりだったのですが」


 とりあえず、怪しまれてはいけない。

 大丈夫。こんなこともあろうかと、メイドの格好をしておいたのだ。

 ──もとい、フリルが可愛くてつい着て来てしまったのだが、それが功を奏した。

 平静を装い、私は姫様の問い掛けに応える。


「実は、お城に鼠が現れましてね。探している最中です」

「鼠? 物音等聞こえてないけど。貴女以外のは。

 ……まあ良いわ。手早く済ませて頂戴」

「そうします。では、部屋を調べさせて下さいね」


 姫様に見られながらではあったが、部屋の中を調査する権利を得た。胸中で安堵しつつ、私は視線を巡らせる。

 悠長に物色している暇は無い。一刻も早く仕掛けを見つける。


 灯りを点けて気づいたのだが、壁には一枚の絵が飾られていた。

 色とりどりの小鳥達が美しい女の子の周囲を飛び回り、女の子は彼らに向かって歌を唄っているようだった。その様子を、いかにも怪しげな黒づくめの男が、物陰からじっと見つめている。

 すぐにピンと来た。

 これは、この王国に伝わる昔話を表した絵だと。


「その絵、どう思う?」


 姫様の言葉に、我に返る。

 いけない、見入ってしまった。


「えっと、有名な昔話ですよね。悪魔が姫様を狙って、それを小鳥達がやっつけたっていう」

「ええ。悪魔の名前はトイフェル。そして、小鳥達は今の五大貴族のルーツになったと言われているわ」


 銀、緑、赤、青、黒。

 鳥達の五色は、貴族達を象徴する色になった。

 五大貴族、か。

 嫌な奴のことを思い出し、私は苦笑する。


「だけどね、私は思うの。

 姫は本当に、貴族に護られなければならない程に弱くて、愚かだったのかと。

 トイフェルだって、悪人だったのかどうか。本当は、純粋に姫を想っていただけだったのかもしれない」


 同じ姫のことだからか、姫様は饒舌だった。

 昔話の真偽はともかく、ヒントになるかも。


 視線を今一度、箱へと戻す。

 箱の蓋には、円を描くように宝石が配置されていた。

 銀、緑、赤、青、黒。

 それから、円の中央には金色の宝石が。


 ──ああ、なるほど。

 そういうこと、か。


 先程の姫様の言葉を思い出す。

 この箱が意味するものは、つまり。


「ところで、鼠を探さなくて良いの?」


 そこまで思考を巡らせたところで、不意に尋ねられた。

 はっとして顔を上げると、金髪の少女は、こちらをじっと見つめていた。

 青い双眼が、私を捉えて離さない。


「あ、はい。すみません興味深いお話だったものでつい。鼠、見つかると良いんですけど」

「それとも。鼠は貴女、なのかしらね」

「っ!」


 姫様は薄く笑みを浮かべていた。

 まさか、気づかれているのか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ