9.レオン様とお弁当
私とレオン様の婚約に対し、父と母は反対しなかった。むしろ見放された土地に関して、色々な手助けができると喜んでいた。
コルトー侯爵がレオン様を当主と認め、アンナ様と再婚約をする際は、私との婚約を破棄する。
そこに関しても「リリィは一生バシュレ家で幸せにしてあげるから、お嫁に行かなくていい」と父は言い放っていた。
バシュレ家は基本的に、私の将来の事や婚約者候補が現れないことには今まで無言を貫いてきた。
”娘を溺愛しすぎて嫁に出したくないから〟という理由で。
だから今回、婚約破棄になったとしても父は大歓迎なのだそうだ。母も父の意見に賛成していた。
…結局、私の貴族令嬢としての将来を一番心配して焦ってくれていたのは兄のフレデリクだけだったらしい。
翌日、学園内はレオン様とアンナ様の婚約破棄の話題でもちきりになっていた。
全校生徒が憧れる美男美女カップルだった為、突然の別れはまさに大スクープ。
だからこそ、レオン様の新しい婚約者になった私には鋭い視線が飛び交った。
「あの子にアンナ様の代わりは務まらない」
「調子に乗るな」
…などなど、私を横目で見ながら陰口を言う貴族令嬢達。
ふんっ、そんなの関係ないね!だって私、誰にどう言われようと本当に婚約者になったんだもん!誰かに文句を言われる筋合いは無い!
…と、私は開き直っているので悪口は一切気にしない。
むしろ、誰かを悪く言うことでしか心の安定を保てない令嬢達が可哀想だとすら感じる。
クラスメイトのレベッカとアラン、そして隣の席のエリクには全ての事情を説明した。
もちろん心配もされたけど、三人は「ずっと好きだったレオン様と婚約者になれてよかったね」と祝福してくれた。
優しい友に巡り会えて幸せだなぁと改めて実感した。
ようやく、待ちに待ったお昼休憩の時間。
今日はレオン様とお昼ご飯を一緒に食べる約束をしている。授業が終わり次第、裏庭のベンチで待ち合わせだ。
婚約者になれば、こうして堂々と会える…。今まででは想像もつかなかったこの幸せを、静かにかみしめた。
裏庭のベンチにはすでにレオン様が到着しているのが見え、自然と頬が緩む。
声をかけようと口を開いたが、レオン様は一人ではなく、誰かと喋っていることに気づいた。
レオン様の隣に佇む人物が誰だか分かった途端、驚いて喉がヒュッと鳴った。声が出なかった。
ーーーレオン様の隣にいたのは、アンナ様だった。
私は咄嗟に、二人に見つからない木の影に隠れる。
その場から動けないまま、二人の会話を静かに聞いた。
「ねえ、私にはレオンだけなのに…どうして婚約破棄に同意したの…?私の父が勝手にやったことだけれど、あんな一方的な婚約破棄、間違ってるのに…どうして、」
アンナ様は涙をポロポロ溢す。泣く姿も綺麗だった。
「すまない…俺もアンナと別れたくなかった。でも…あの場ではコルトー侯爵に言い返す言葉が何も無かった。同意をすることしかできなかった」
「…バカ、レオンのバカ…私の事が好きなら、どうして反論してくれなかったの…」
「……すまない、」
アンナ様の気持ちも、痛いほどわかる。
両思いなのに、急に離れなくてはならないなんて…ましてやレオン様には政略的とはいえ新しい婚約者もいる。やり場のない気持ちでいっぱいだと思う。
……でも、レオン様だって苦しい思いをしている。
実の父が詐欺に遭い、倒れて、多額の財産も最愛の婚約者失って…気持ちの通じ合っているアンナ様ならば、レオン様の苦しみを理解できるはず。
なのになぜ、レオン様を責めるのだろう。
これ以上、レオン様に悲しい顔をさせないでほしい。
「父には〝学園でもレオンと関わるな〟って言われるの…だけど私、レオン以外の男の人と結婚したくない…!」
「……」
「フレデリクから聞いたわ、父がレオンを認めてくれるまで、私はいつまでもレオンのこと待ってるから…リリアーヌちゃんと婚約破棄になる日まで、待ってるから…!」
「レオンのこと、信じてるからね」そう言って、アンナ様はレオン様に静かに抱きついた。
レオン様は眉を下げ、今にも泣き出しそうに顔を歪める。
「ごめん、アンナ…俺……」
苦しそうにそう呟いたレオン様は、そっとアンナ様の背を撫でた。その光景を目の当たりにし、私も胸が詰まって動けない。
…誰もいない裏庭でよかった。別れた男女が抱き合ってるなんて噂になったら大変だ。
アンナ様がそっとレオン様のもとから立ち去り、しばらくしてから私はレオン様に声をかける。
「レオン様ー!お待たせしました!今日は私の特製お弁当です!」
お弁当を片手に、いかにも〝今来ました〟という風を装う。レオン様は私を見て目を少し見開いたと思ったら、赤茶色の瞳を細めて小さく微笑んだ。
「どうやったらこんなところに木の葉がくっつくんだ?」
そう言って、私の頭についた木の葉を優しく取ってくれた。
どうやら隠れてる時に木の葉が頭についてしまったようだ。そう気づいたのは、私だけではなかった。
「リリアーヌ…気を使わせてしまったな。変な所を見せてしまってすまなかった」
私が隠れて見ていたことは、木の葉一枚でバレてしまった。私は困ったように眉を下げ、レオン様をジッと見つめる。
「今は私が、レオン様の婚約者です。味方です。どんなレオン様でも丸ごと全部を受け止めます。アンナ様の代わりに私が隣でレオン様を全力で支えます。だからもう、謝らないでください。レオン様は悪くない、何一つ、悪くないんです」
そう言って、レオン様の左手をそっと握る。レオン様の手はとても冷たかった。私の手の暖かさが少しでも伝わればいい。
「リリアーヌ…ありがとう」
力なく微笑むレオン様を抱きしめたい衝動に駆られたがグッと我慢して、その分私はニカッと笑う。
「今日のお弁当、レオン様の好きな物ばかり作ってきたんですよ!グリルチキンやポテトサラダ、オムライスもあります!デザートにチーズケーキまで焼いてきました!召し上がってください!」
レオン様の好物を兄から聞き出し、早朝、誰よりも早く起きてお弁当を作った。渾身のレオン様専用お弁当。
オムライスの卵の上にはケチャップでハートを書いた。チーズケーキもハート型、お弁当の包みもハート柄。
「味には自信があります!愛情もいっぱい込めてます!」
満面の笑みでお弁当を差し出す私に、レオン様は驚いた顔をして、ジッとお弁当を見ていた…が、すぐに破顔した。
「ははは!ハートばかりだ、本当に愛情いっぱいだな。こんな可愛いお弁当は見たことないよ」
ふははっ、と声に出して笑ったレオン様につられて、私も嬉しくなって笑った。
「だって、私はレオン様大好きですもん!」
「ふふ…ありがとう」
優しく微笑んでくれたレオン様の瞳は、少しキラキラしていて。さっきまでアンナ様に向けていた悲しい眼差しはなくなった。
私がアンナ様だったら、淑女らしくジッと黙ってレオン様を待つことはできない。
父を何としてでも説得するだろうし、家を飛び出してレオン様と一緒にカバネル家を何とかしようと模索するだろう。
私だったら、レオン様にくっついて一緒に困難に立ち向かう。
アンナ様と比べると品のない令嬢だと思われるだろうけど…。
今のレオン様に必要なのは、謙虚にレオン様を信じて見守る淑女の美しさなんかじゃない。
今のレオン様に必要なのは、どんなにみっともなくてもそばにいてくれる味方、“心の支え”なんだ。
私にできることがあるならば何でもするし、いつでもそばにいたい。悲しい顔よりも、笑った顔が少しでも増えればいい。
私はアンナ様とは違うやり方で、レオン様を支えることを心に決めた。
一人でそっと決心して、レオン様と一緒に食べたお弁当は最高に美味しかった。