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8. 婚約者と私




 結果、レオン様にも盗み聞きはバレていた。


「リリアーヌは俺を心配してくれていたんだろう。俺の話を静かに聞いてくれてありがとう」


 …と言ってレオン様が微笑んだ。優しい…好き。

先程の悲しい微笑みではなく、どこか肩の力が抜けたような表情に私も少し安心する。


そして一息ついたところで、兄は話を元に戻した。


「つまり、実家が見放された土地を買ってしまった状況でいきなり当主になり、アンナとの婚約も破棄されてしまった…ということだね」


「ああ…見放された土地を買って、婚約者にも見離されるなんて本当に笑える話だ」


レオン様はそう言うが、私達兄妹は一ミリも笑えない。

実際に、レオン様が抱える土地問題が重すぎる。そのうえアンナ様との婚約破棄で精神的ダメージは遥かに大きいだろう。


 さっきまで笑い合っていた私達だったが、また静寂な空間になった。黙って静かに考え込んでいた兄が口を開いたのは、しばらくしてからだった。


「レオン、僕の考えた提案なんだけど…」


「ああ、教えてくれ」


「まず、見放された土地に関してなんだけど…実は僕の父が数年前から独自で土地改革を計画していてね、色々調べていることがあるんだ。それに僕も加わっているから、僕から父にこの件の支援を頼んでみるよ」


…え、お父様が…?見放された土地を…?

目を丸くするレオン様と私に、兄は微笑んだ。


「実は、見放された土地で生活をしている人々がいるんだけど…貧しすぎるが故にその厳しい土地から抜け出せずに暮らしている。それを知って、どうしたらその人達が住みやすい豊かな土地になるのかを調べていたんだ。まだ調べている段階で動けていないのが現状だけれど…。我が父は無口で冷徹そうに見えるけれど人情に厚い人だから、現地の人達を放っておけないみたい」


「無力かもしれないけど、僕も何か役に立ちたくて父の仕事を手伝ってる」と言う兄に、私は瞳が潤んだ。


改めてバシュレ家、最高。最高の伯爵家だ。

私、この家の娘で良かった。血は繋がってなくても。


誰かの為に動こうとする父と兄を心から尊敬するし、私もそうなりたいと思った。

同時に、そんなことを知らずに平穏に暮らしていた今までの自分が恥ずかしくなった。


そしてレオン様に向かい合う兄が、とても頼もしく見えた。



「ただ…カバネル侯爵家がバシュレ伯爵家と手を組む理由が無い。バシュレ家が何の見返りも無くカバネル家に手を貸してることが知れたら、バシュレ家を利用しようと企む貴族が必ず出てくる」


「なるほど、バシュレ家に支援してもらう代わりにカバネル家が対価を支払わなければならないということか…しかし、我が家は見放された土地を買った事で損失が大きく、金銭的な余裕は無いんだ…」


申し訳ない…と頭を抱えるレオン様に、兄は意を決して口を開く。



「支援する対価として、リリィと婚約するのはどうだろう」



……………え、えええええ!


突然の話に驚きすぎて声が出ない。

レオン様も目を見開いていた。


「リリィと婚約関係になれば、バシュレ家がカバネル家を支援する理由になるから色々なことに協力しやすい。それからレオンの新たな婚約者候補を募らなくてもいいし…何せリリィに婚約者候補が一向に現れないから困っているんだ。一石二鳥…いや、一石三鳥なんだ」


真剣な顔でレオンを見つめる兄。

その考え…グッジョブ、グッジョブですわ…!


「いや、だけど…俺はまだアンナの事を諦めきれていないから、そんな俺と婚約させられるリリアーヌが可哀想だ…」


「全く!むしろ嬉しいです!」


私を気遣ってくれる優しいレオン様だったが、私は思わず声を上げた。


「だって私、ずっとレオン様の事が好きでした!レオン様にはアンナ様がいたから、諦めようと思ってましたが…どんな形であれ、レオン様と婚約できるなんてこの上無い幸せです!」


「そうだったのか…驚いた。リリアーヌの気持ちは嬉しいよ、ありがとう。でもそれなら尚更、君とは婚約できない。リリアーヌの気持ちを利用するようなこと…俺にはできない。俺は違う対価を検討したい」


レオン様は優しくて誠実だと実感する。

でも私も折れない。こんなチャンス、二度と無い!


「いえ、レオン様の弱みにつけこんでいるのはこちらです。レオン様の気持ちを無視しての婚約になってしまいますが、それでもレオン様の為に何か協力したいのです」


思わずソファーに座るレオン様に駆け寄る。


「こんな我が儘令嬢ですが、せめてカバネル家の財政が落ち着くまではレオン様の婚約者をさせてください」


「リリアーヌ…」


「財政が落ち着いてカバネル家を認めてくれたら、コルトー家がまた再婚約してくれるかもしれません。そうしたらレオン様はアンナ様とまた婚約関係になれますから、そのときは私との婚約を破棄していただいて構いません」


「…え!?」


私の一言に声を出して驚いたのは兄のフレデリクだった。


「そんな…婚約破棄したら、リリィはどうするの…」


「貴族社会でも人気のレオン様ですもの。その方の元婚約者という箔がつけば、私をもらってくれる人は今よりも格段に増えると思います。婚約破棄になってもバシュレ家には得しかありませんわ」


「でも…それではリリィの気持ちは…?」


「レオン様と婚約破棄になるのは寂しいですが、私はもともとレオン様を諦めようと決めていました。婚約破棄になっても後悔のないように、婚約期間中はレオン様に想いを全力投球するつもりです。なので私は大丈夫です」


 もともと叶わなかった恋だ。

我慢せずに堂々と想いを伝えられる関係になれるなんて、私にとったら夢のような話なわけで。


私のやれる範囲内にはなるけれど、レオン様をそばで支えることができる。私はそれだけで十分、それ以上の幸せは求めない。


 満足気な私に、兄は複雑な顔でたじろいだ。

今までレオン様に片想いをしていた私の気持ちを知っている兄だからこそ、心配してくれる。ありがたい。



「私も、レオン様を支えます。このお話を受けてください」


眉を下げているレオン様に向かって、私は頭を下げる。

すると兄も立ち上がって、私の隣に並び頭を下げた。


「リリィは一度決めたら曲げない性格なんだ…こうなったら言う事を聞かない。バシュレ家の我が儘だと思って、どうかよろしくお願いします」


 お兄様…ありがとう。



兄妹で頭を下げられて絶句するレオン様だったが、意を決したようにソファーから立ち上がる。


「…頭を上げてほしい。お願いするのは俺の方なのに…」


そう言って、レオン様も私達に向かって一礼した。


「二人には甘えてばかりで申し訳ない…これからも迷惑をかけるかもしれないが、リリアーヌのことは俺が守る。リリアーヌと婚約させてください」



 ーーこの日。

レオン様にとっては最悪な一日だった。


そんな日に、私とレオン様は婚約者となった。






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