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7.レオン様とミルクティーで大火傷な私




 レオン様を諦めると決めて、数日が経った。

今日は学園が休みの日。私は我が家の庭師の仕事を手伝い、穏やかな一日を過ごす予定だった。


作業着に着替えて庭に出ると、バシュレ家の門前に人影が。それが誰かわかってしまい、思わず飛び跳ねた。


「…レ、レオン様!?」


「リリアーヌ…こんにちは。いきなりごめんね、フレデリクは居るかな?」


駆け寄る私に、申し訳なさそうな顔をするレオン様。

いつものように笑顔を向けてくれているのだけれど…

少し、元気が無いような気がする。顔は笑っていても、なんだか悲しそうな…。


 私はレオン様を応接室へ通し、急いで兄のフレデリクを呼びに行った。

レオン様が約束無しで来たことは一度も無く、兄もいきなりの訪問に驚いていた。

そしてレオン様の様子がいつもと違うことを兄に伝えると、兄はとても心配な顔をした。


「お兄様…私に何かできることはある?」


「そうだな…じゃあ、温かいミルクティーとそれに合う甘いお菓子を持ってきて。レオンはミルクティーと甘い物が好きなんだ」


そう言って、兄は私を気遣うように頭を優しく撫でてから応接室へ向かった。本来なら使用人の仕事だが、あえて私に頼んでくれた兄に心から感謝をした。




 急いでミルクティーを淹れ、レオン様と兄の居る応接室へ。扉を開ける瞬間、レオン様の声が聞こえた。



「アンナとの婚約が破棄になった」


 思いがけない一言だった。

部屋に居る兄も、外で聞いてしまった私も、思わず動きを止める。


「なんで…二人は仲睦まじかったじゃないか」


「ああ…仲違いになったわけじゃない。アンナの父親が一方的に破棄を申し込んできたんだが…原因は俺の父親だ」


レオン様は深く息を吐いて、意を決したように口を開く。


「父が詐欺の被害に遭った。莫大な金を奪われ、土地を買わされた。その土地が“見放された土地”なんだ」



 ーー見放された土地。私ですら聞いたことがある。


見放された土地は、乾燥帯地域だ。

乾燥帯による水不足が原因で人が住みにくく、作物も育たない土地である。

その為、土地からの利益が得られない。ただ、国に納める土地税だけが奪われていく。そんな状況から数年前に管理していた領主は破産し、土地を手放してしまった。それからは誰も管理をしていない…いや、管理したくない土地となった。


「俺に領主の仕事を教える為に、父は土地を買おうとしたらしい。それがまさか見放された土地だと知らずに、詐欺集団にまんまと騙されたわけだ」


項垂れるレオン様を、兄は何も言わずにただジッと見つめる。こんなレオン様は見たことがないから…兄もどうしたらいいのか困惑しているのかもしれない。


「その心労で父の持病が悪化してしまって…今朝ついに父が倒れた。命に別状はないものの、仕事ができる状況ではなく…今日から俺がカバネル家の当主をすることになった」


「…」


「情けない話だが俺もどうしたらいいかわからず、アンナの父親のコルトー侯爵に相談しに行ったんだ」


自嘲するように笑うレオン様を、私は静かに扉の隙間から見つめた。


「そうしたらコルトー侯爵は大激怒。“勢力拡大の為にカバネル家と手を組んでいたが、我が家に相談もなく勝手な行動をした事は裏切りだ。ましてや見放された土地を買えば破産しかない。そんな所にアンナを嫁に出せない”と言われてしまって…言い返す言葉もない俺は、婚約破棄の書類を記入することしかできなかった」


 これが絶望というものなのか、と困ったように笑うレオン様を見ていたら胸が張り裂けそうだった。


「すまない、フレデリク…どうしたらいいかわからなくなって、思わず来てしまった。約束もせずに、すまなかった」


「何言ってるんだよ、僕達は親友だろ。そんなことは気にしなくていい、困った時は助け合おう」


「ありがとう、フレデリク…」


兄がレオン様の隣のソファーに移動し、レオン様の肩をポンポンと撫でて慰める。レオン様は少し泣きそうに小さく微笑んだ。


 私はその光景に、なんだか泣きそうになったが歯を食いしばる。そして気合を入れて扉をノックし、開けた。


さっきの話は聞いていませんよ〜という顔でテーブルにミルクティーの入ったカップとバタークッキーの乗ったお皿を置く。


…しかし、兄にはバレていた。


兄は目を細めて私をジッと見つめ、置かれたばかりのミルクティーを飲む。


「…ぬるい」


「…」


「僕は温かいミルクティーを頼んだんだけど…どうやらリリィが今の話を盗み聞きしていたから冷めてしまったようだね?」


「何のことでしょう」


「可愛くとぼけても無駄だよ?」


「とぼけてなんていませんわ、ぬるく感じるのはお兄様の口腔の温度がミルクティーの温度を上回っているからではありませんか?」


「僕の口の温度が溶岩レベルだとリリィは言いたいのかな?そんなことあるわけないだろう?」


「ぷふっ、溶岩…!大火傷ですわね…っぷふ」


兄の口から溶岩が出てくる想像をしてしまったらおもしろすぎて、思わず吹き出してしまった。


「…ああ、そうだね。大火傷だよ」


そんな私を見てニコリと微笑む兄のオーラが真っ黒い。これはまずい。

兄の怒りのボルテージが大噴火で、私が大火傷だ。

思わず肩をビクつかせたが、ここで引いたら盗み聞きがバレてしまうので、私も負けじと微笑み返す。



「…クッ、ククク…ハハハッ」


微笑みの冷戦が数秒続いたところで、兄の隣のレオン様が堪え切れずに笑った。


「もう、やめてくれ二人とも…クッ…おもしろすぎて、フフッ、お腹が痛い…ハハハッ」


お腹を抱えて笑うレオン様の目尻に、少し涙が滲んでいた。


なかなか笑いの止まらないレオン様に、私と兄は顔を見合わせた。そして笑うレオン様に釣られて私達も笑い合った。


さっきまで暗かった応接室が嘘のようで、三人の笑い声が響く部屋となった。




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