6.領地の親友と私
「は?レオン様を諦める?そんなのリリには無理に決まってんだろ」
肩にかけた手拭いで汗を拭いながら呆れた目で私を見る友人。そして無表情で畑を耕し始めた。
「そんなハッキリ言わなくても…」
私は拗ねた顔をして、畑に生える雑草をテキパキと抜いていく。
今日は休日。私は我が家の領地である、サンブール街にやってきた。
この街は活気に溢れていて、とても穏やかで平和な街だ。
治安が良い領地ということは、我がバシュレ家の当主であるお父様の管理が行き届いている証拠である。
そして何より、バシュレ家のことを慕ってくれる領民の皆がいてくれるからこそ今のサンブール街があるのだと感じる。
街のみんなは私が行くと笑顔で迎えてくれるので、それが嬉しくて時々街で働く人達のお手伝いなんかもしている。そのおかげで友達もたくさんできた。
中でも、今目の前で畑を耕しているケヴィンとは幼馴染のような関係である。男の子だけど、年も同じで、昔から何でも話せる私の良き相談相手。
〝ついにレオン様を諦める〟という報告をしに、今日はケヴィンに会いに来た。
「今回は本気で諦めるよ」
「ふーん、じゃあついにリリも婚約者を決めなきゃな」
街のみんなは私の事を『リリちゃん』や『お嬢』と呼ぶが、ケヴィンは幼い頃から私の事を『リリ』と呼んでくれる。
「うん…でもね、婚約者候補が一人も出てこないの。だから一生独身かも」
雑草を抜く手を止めずに真剣な顔で言う私を見て、ケヴィンはお腹を抱えて笑い始めた。
「ははははは!そりゃそうだ、こんな田舎の街で畑の雑草をブチブチ抜いてるお嬢様を嫁にしてくれる人なんてそうそう居ないからな〜」
「何よ、そんなに笑うことないじゃない!それに結婚できないなら、私はこの街に住んで働くって決めてるの!だから別に結婚できなくてもいいんだもん!」
「はぁ〜逞しいねぇ、リリは。そうなったら街のみんなは大喜びだけど、フレデリク様は悲しむと思うぞ。大事な妹が未婚で働くなんて」
私の事だけじゃなく、お兄様の事もよくわかってる…さすが私の親友。
「まぁ、リリの人生だから好きにしたら良いと思うけど…家族悲しませるのだけはやめとけよ」
「うん…」
「それに、もしかしたらリリを嫁にもらってくれる変人が今後現れるかもしれないからな、まだ希望は捨てんなよ」
「ちょっと!変人って何よ、失礼ね!」
ギロッとケヴィンを睨むと、睨まれた本人は楽しそうにケラケラと笑った。
そして被っていた麦わら帽子を私に投げつける。
「ほんと、リリと喋ってると面白い。でも日差しが強いから、日陰に行ってそれ被っとけ。雑草抜くのもほどほどにしろよ」
それだけ言って、ケヴィンは汗を流しながら畑を耕す作業に戻った。
…ケヴィンは優しい。
いつも周りが見えていて、気が使えて、そこらへんの貴族子息より紳士的だと思う時がある。同じ歳だけど、いつも頼りにしてしまう。
「ケヴィン、いつもありがとね」
「なんだよ急に、気持ち悪い。毒でも食ったか?」
…前言撤回。全く紳士的じゃなかった。
私はケヴィンの畑の横の木陰に入り、少し休憩をする。
じんわりと汗をかいていたが、木陰は涼しくて気持ちがいい。
そこから逞しく働く親友を眺めながら、穏やかな時間を過ごした。
もし結婚するなら、ケヴィンみたいに一生懸命お仕事をする人がいいなぁ…と思った。