16.サンブール街でデート③
「紹介します、私の親友のケヴィンです」
まずはレオン様にケヴィンを紹介した。
はじめまして、とレオン様は笑顔を作ってケヴィンに声をかけたが…ケヴィンは先ほどと同じようにレオン様をジッと見据えたまま軽く会釈をする。
レオン様に対して失礼な態度はやめてよね!
…と、心の中で叫びながら今度はケヴィンにレオン様を紹介しようとした。紹介しようとしたんだけど…私よりも前にケヴィンが言葉を放った。
「貴方がレオン様ですね、リリから話は聞いてます。婚約破棄前提の婚約者、なんですよね?」
「……」
…ああ!もう!なんでそんな棘のある言い方をするの!
心の声が出るのをグッと我慢して、私はケヴィンをジッと睨んだ。そんな私なんかお構いなしにすました顔をするケヴィン。
ケヴィンには逐一近況を報告していた。
私が婚約者になったと言った時は無表情で「ふーん、諦めなくてよかったじゃん」しか言わなかったのに…
一体全体、どうしちゃったのよ。
私の親友として、レオン様とも仲良くなってほしいのに…。
ハラハラしていると、ケヴィンは口を開いた。
「リリの親友としてこの際ハッキリと言わせてもらいますけど」
「ケヴィン…!」
何を言うのかわからないけれどもうやめて!…というつもりで名を呼んだけど無視された。
「婚約破棄前提の婚約なんて、俺は馬鹿げてると思います。そんな事する必要あるのかなって思います。でも俺は平民だから貴族同士の事情なんて知らないし、リリから話を聞いた時は〝よかったな〟って言いましたけど」
「…ケヴィンやめて、」
「リリは黙ってて」
ケヴィンが軽く私を睨んだから、私はグッと口を閉じるしかなかった。そしてまた真剣な眼差しでレオン様に視線を戻したケヴィンの声は…いつも聞く声よりも低い声だった。
「リリが幸せになるなら、俺は何だっていいんです。でもリリを泣かせるなら、俺は許しません」
「…っ」
思いがけない言葉と真剣な表情のケヴィンに、私は目を見開いた。
いつも飄々としていてあまり自分の感情を発言しないケヴィンが、まさかそんなことを言うなんて…。
ケヴィンなりに、私のことを大事にしてくれているのかもしれない。私が思ってるよりもずっと。
…家族のような、無償の愛のようなものを感じて、なんだか胸がじんわりと熱くなる。
感動して何も言えなくなった私は、プルプルと瞳と体を震わせた。それを見たケヴィンは、眉を下げてこう言った。
「…ま、このお転婆のことなんで、自分が泣くより誰かを泣かせることの方が多いかもしれませんけど」
「………ちょっと!その一言は余計じゃない?!」
レオン様の前で、思わずいつもの調子でケヴィンを怒ってしまった。ケヴィンはフッと白い歯を見せて笑う。その笑顔に私は「もうっ!」と呆れてしまうのだ。
そんな私達の横で、レオン様はずっと真剣な顔をしていた。
「…リリアーヌを、」
「…え?」
「リリアーヌを大切にする、泣かせない。約束する」
赤茶色の瞳は、真っ直ぐにケヴィンを見つめていた。
…いつか婚約破棄をする運命なのに。
そんなことを言うレオン様は残酷だ。
残酷だけれど…真面目で誠実なんだ、この方は。
そもそもレオン様の弱みにつけ込んだ婚約なのに、それでも〝婚約者だから”とレオン様は私に歩み寄ってくれている。
一緒にお昼ご飯を食べたり、一緒に私の領地に出かけ、領地の子供達にも優しくしてくれる…一緒にいてレオン様の思いやりは十分伝わってくる。
いつかアンナ様の元へ行ってしまうとわかっていても、レオン様と共に過ごせる時間があることが私にとっての幸せで…それ以上は望んでいなかった。
だからまさか、嘘でもレオン様が私を気遣う言葉をくれるなんて思ってもみなかった。
〝大切にする、泣かせない”なんて、恋人に言うようなセリフをレオン様から聞かせてもらえるなんて…こんな幸せなことがあっていいのか。
私の胸はドキドキが溢れて、爆発しそうだった。
「私は十分、大切にされてます」
胸の高鳴りを抑えてそう声に出すと、目頭がジワッと熱くなった。
「…でも、嬉しすぎてもう泣きそうです」
「…え!?」
目を丸くし、少し焦ったような表情のレオン様…そんなお顔もとっても素敵。
泣きそうな顔のまま、レオン様にとびっきりの笑顔を向けた。不細工かもしれないけど気にしない。
レオン様は一瞬目を見開いて、そしてまたあの優しい眼差しで、私に微笑み返してくれた。
ケヴィンはその様子を見て小さく笑い、レオン様に輪投げを渡した。
「はい、レオン様。輪投げ一回三投で300ルピーです。景品ゲットしたらそこで終わりですよー」
「300…?でもここには一回三投で100ルピーと…」
「レオン様は特別価格なんで、一投につき100ルピーです!」
「……わかった。やらせてもらおう」
「まいどー」
お金を渡すレオン様とそれを受け取るケヴィンは、またお互い見つめ合ったと思いきや、次の瞬間には二人してクスクスと笑い始めた。
私はなんでこの二人が笑ってるのかがよくわからなかったけど、さっきのケヴィンとレオン様の纏っていた真剣な雰囲気から一変したことに少しホッとした。
大事な二人が少しでも仲良くなれたらいいな、と思う気持ちは変わらない。
「…レオンさま、あれがいい!虫のえほん!」
レオン様が輪投げを持つと、子供達はワッとレオン様に群がり、ちゃっかり景品のリクエストもしている。
「わかった」と子供達に微笑むレオン様の瞳はキラキラと輝いていて優しかった。
そしてリクエストされた昆虫図鑑を一投目で手に入れてしまうレオン様はかっこよすぎた。
さっそく昆虫図鑑を開いて「わぁ〜!」と興奮する子供達と、その横で一緒に図鑑を覗き込む私とレオン様。
「みて!この虫きれい!にじいろだよ!リリちゃんとレオンさまも見つけたらおしえてね!」
そう言って無邪気に笑う子供達を見て、私はさらに幸せな気持ちになる。…それと同時に泣きそうになった。
見放された土地に住む人達は、こんな風に笑えているのだろうか。何もない土地で、住みにくい環境で、毎日生きることに必死な彼らに、私は何ができるだろう。
住みやすい土地にすることができたなら、みんなを笑顔にしたい。こんな風に、明るい笑顔で不安無く過ごせる毎日を送れるように。
〝リリアーヌを大切にする、泣かせない”
その言葉がどれほど嬉しかったか。
その言葉を、今度は自分が贈りたい。
大好きなレオン様や、見放された土地に住む人々へ贈りたい。
だから、自分にやれる事をやろう。
何ができるか考えよう。
改めて決意を胸に、目の前で屈託なく笑う子供達をギュッと抱きしめた。