14.サンブール街でデート
我が領地、サンブール街には年に一度開催される〝感謝祭”というイベントがある。
お世話になってる人々に日頃のお礼を伝えようというこの催しは、大きな市場になるので街全体はとても賑う。私はこの日が大好きだ。
デートの日はたまたま感謝祭の日だったので、レオン様をサンブール街に招待した。
「ここがバシュレ家のサンブール街か…みんな笑顔でとても良い街だということが伝わってくる」
レオン様もそう言ってくださった。
私は嬉しくなって、ついついレオン様の腕にしがみつく。嫌な顔ひとつせず、レオン様は楽しそうに赤茶色の瞳を細めた。
街の楽器隊の路上演奏に足を止めて二人で聴き入ったり、路上の隅で手品を披露していた道化師には二人で感動して手が痛くなるほど拍手をした。
気になる露店にも顔を出した。
焼きたてのパンやキッシュ、それからお肉の串焼きなど…とにかく美味しそうなものをいっぱい買って、レオン様と二人でベンチに座って堪能した。
もちろん甘い物もしっかり食べた。
焼き菓子や揚げ菓子…色々あったが、特にレオン様はタルトが気に入ったようだ。食べ歩きしやすい小さめのタルトをペロリと平らげていた。
多忙のためにやつれていたレオン様がいっぱい食べてくれて、私はとにかく嬉しかった。
ほとんどの人は私の顔見知りなので、どのお店に行っても声をかけられた。
「お嬢、もしかしてそのお方がレオン様か?!」
「リリちゃん、そのカッコイイお方はもしかして噂のレオン様かい?なんで私達にちゃんと紹介してくれないのよ〜水臭いわ〜」
私が珍しく男の人(それもかなりの男前)と歩いているので、どこへ行っても街の人々は決まって「隣の人は誰だ、レオン様か」としつこく聞いてくる。
みんな、私がレオン様に片想いしていることを知っているからだ。
その度にレオン様を紹介すると街の人々は驚き、そして「デートできてよかったなぁ」と喜んでくれた。その様子に、レオン様は首を傾げる。
「この街の人達は、俺の事を知ってるのか…?」
「はい!私がずっとお慕いしているレオン様のことは昔からこの街の人々に話しておりました!サラッサラの黒髪で容姿端麗、運動神経も抜群、クールだけど真面目で優しく、笑うと目尻が少し垂れてとても可愛いい……そんなお方だと…!」
へへへ〜と笑う私に、レオン様は眉を下げて困ったように笑った。
「なんだか、照れるな」
そう言ってレオン様は私から目線を逸らした。その横顔が少しだけ赤くなっているのを見つけ、更にレオン様の可愛さが増した。可愛すぎてバシュレ家に連れて帰りたいと思った。
お腹も満たされ、レオン様の可愛さで心も満たされたところで「リリちゃ〜ん!」と声をかけられた。
振り返ると、孤児院の子供達がこちらに向かって手を振りながら一生懸命走ってくるではないか。
顔見知りの子供達に、私も大きく手を振り返しながら「みんな、転けないように気をつけて!」と声をかけたのだが…案の定、ひとりの男の子がベシャッと転けてしまった。
起き上がって、涙をポロポロ溢しながら「リリちゃーー!」と、今度は叫びながら走ってくる。
私はその子を受け止め、擦りむいた膝にハンカチを当ててあげた。
「リリちゃ、いつもの〝痛くないおまじない”して!」
「転けないように気をつけてって言ったじゃない…もう、仕方ないなぁ」
私はその子を抱っこし、クルクルと回りながら、大きな声でいつものおまじないを唱えた。
「バナナ、りんご、ケーキ、食べたーい!もうちっとも痛くなーい!」
「きゃはっ、ケーキたべたーい!いたくなーい!」
さっきまで泣いていた男の子はキャッキャと笑いながら私に抱きついた。
痛くないおまじないとは〝好きな食べ物を叫ぶと痛みが和らぐ”という私の自作のおまじないのことだ。
いつもこんな風に私が叫んだ後に、子供達も叫ぶ。
「えー!ずるーい!僕もやってー!」
「私もやってほしいー!」
他の子供達も駄々をこね始めた。わざと転けようとする子もいるので、私は慌てて「わかったわかった、順番ね!」と声を張った。
そのやりとりを見ていたレオン様は「はははっ」と声を出して笑ったあとに、
「よし、リリアーヌの手伝いをしよう」
と言って、子供達を一人づつ順番に抱っこしたり肩に担いだりしてくれた。
…子供達は大興奮。すぐにレオン様に懐き、私を見向きもせずレオン様の周りに群がる。
子供たちに囲まれて微笑んでいるレオン様を見たら、なんだか幸せな気持ちになった。
私が幼い頃、フレデリク兄様とレオン様の後ろをひっついて歩いていた。その時もレオン様はこんなふうに優しい眼差しで私の事を見守っていてくれたことを思い出す。
いつかレオン様と本当に結婚したら、産まれてきた我が子もこんなふうに愛してくれるのかな…と勝手に妄想をする。
…でも、私とレオン様が結婚する日は一生来ない。
レオン様は、アンナ様と結婚をするのだ。
ありもしない未来を想像して、泣きたくなるくらい心が切なくなった。