1.二人と私
今から十七年前、侯爵家の勢力拡大の為にカバネル侯爵家とコルトー侯爵家は手を組んだ。
お互いの子供を婚約させ、十八歳の成人を迎えたら結婚させることを約束した。
カバネル侯爵家子息、レオン様。
コルトー侯爵家令嬢、アンナ様。
二人は産まれながらにして、親同士の決めた婚約者だった。
政略結婚というものはよくある話で、特に珍しくない。ただ、そこに愛があるかどうかは別だ。
政略結婚をしても、お互いに愛人を作る貴族はたくさんいる。
だけどこの二人は違った。
二人は幼馴染にして、幼い頃から両想いだった。
アンナ様は誰にでも優しく、微笑めば女神のような美しさで、スラリと長く細い手足を持つ女性に成長した。
そんなアンナ様を守るかのように、いつも隣でエスコートをしているのがレオン様だ。
レオン様も整った顔立ちで、背も高く、漆黒の髪が輝く。まるで絵本から出てきた王子様みたいだ。
やがて二人は十五歳になり、貴族の子息令嬢達が通う学園に入学した。お互いを想う気持ちは変わらなかった。
入学してから二年が経つ今もなお『美男美女でお似合いだ』と学園中から一目置かれている存在である。
…ここまでが、レオン様とアンナ様のお話しである。
私はバシュレ伯爵家の娘、リリアーヌ。
バシュレ家は、両親と二つ年上の兄フレデリクと私の四人家族。
両親は恋愛結婚だそうで、今でもラブラブっぷりがすごい。使用人も昔からいる人たちばかりで、みんな仲が良い。いつも和気藹々としていて明るい我が家だ。
そんな家で育った私は、元気にのびのびと過ごした。自由に過ごしすぎておてんば娘と言われるほど。
パーティーとお勉強の時間が大の苦手で、いつも使用人に捕まらないように走って逃げ回り、領地の領民達と泥だらけになって遊んだり…幼い頃は好き勝手に過ごしていた。
おてんばな私にも、好きな人がいる。
兄のお友達として我が家にやってきたレオン様に、当時五歳の私は一目惚れをした。
それからというもの、我が家に遊びに来るレオン様に会うたびに「すき!」の連発。
兄のフレデリクがレオン様の家に遊びに行く時もくっついて行って「けっこんして!」と猛アプローチ。
フレデリクにはいつも「しつこいぞ」と怒られたが、レオン様は苦笑いをしながら頭を撫でてくれる…というのが日常だった。
当時の私はレオン様に婚約者がいることを知らなかった。今思うと、まだ子供だから…と周囲からは特にお咎めもなく優しく見守られていたのだろう。
十歳になって初めて、レオン様に婚約者がいることを知る。その時の衝撃は大きく、今でも忘れない。
フレデリクの誕生日パーティーを我が家で開催した際、レオン様がアンナ様をエスコートして連れて来た。それで私は理解した。
二人は両想い。私は片想い。
二人の仲の良さに圧倒され、私はレオン様に好きだと言うのをやめた。
それでもレオン様を見るたび、やっぱり好きだと心で叫んでいた。
初恋から十年経つ今も、その恋は私の胸の中で熱く生きている。
十五歳になった私は、ようやくレオン様と同じ学園に通えることとなった。