三月三十日 お泊まり前編
夕暮れ空。今日も一日文芸部と風紀委員の仕事終わったし家帰ってゆっくりしよかな。
なんて思ってたのに。
「幸永」
「なんじゃい」
不意に呼び止められて、声のする方へスタイリッシュに振り向いた。
「今日鍋すんねん」
「おうよ。それで?」
「お前も来い」
「嫌や。家帰ってゲームするんじゃ」
そのまま帰ろうとしたら腕を掴まれて、謎のスプレーを顔面に吹き掛けられた。
「なんや……これ」
体が動かへん。催眠薬みたいなやつか? あかん……意識が飛ぶ……
「……はっ!!!」
気が付いたら先生の家のソファで横になってた。キッチンでは先生が鍋を作ってる。
「犯罪じゃんね」
「おはよう。もう出来るから器運んでや」
何も無かったかの様に振る舞う先生にため息を吐いてツッコむのを諦めた。
「あとお茶もやな」
冷蔵庫を開けたら創◯シャンタンのデカい缶と二リットルのやさしい◯茶でギッチリ埋まってた。マジで正気の沙汰じゃない。
「飽きへんの?」
「飽きへんよ?」
先生と鍋食う時いっつも創◯シャンタンで鍋作るからいい加減飽きて来た。ホンマに。別の豚骨とか水炊きのスープ買おうとしたら全力で止められるし。
「頂きます」
「はいどうぞ」
美味いんよ。うん。美味しいの分かるけどもうええでこれ。美味しいのは美味しいねん。でもたまには別の鍋も食いたいねん。具材もいっつも一緒。肉とラーメンのみ。美味しいねんで? 安いし腹一杯なるから得やねんけど。
「今日泊まって行こかな」
「帰れや」
「誘拐したんお前やないか」
先生の家にはわしの着替えも置いてあるし。理由を述べるなら、ゲームとか動画見てたら夜中になってる事多くて、いつしか用意するようになったんよな。
「風呂入ってくるわ」
「家主が先やろが」
「やかましわアホ」
なんて軽口を叩きつつ風呂へと向かった。先生の家の風呂は果てしなくデカいからめっちゃ好き。ちょっと小さめのスーパー銭湯想像してくれたらええわ。部屋の間取りは2LDKやけど風呂がデカすぎて部屋の面積の五倍はある。
この仕様になったのはつい最近の出来事やけど。あれは先生と仲良くなってすぐの頃。
「ジャンケンで負けた方が草むしりな」
「お前の言う事なんか聞いてられへん」
「負けるの怖いんや」
クッソ煽られたわしは安い挑発に乗ってしまった訳や。
「やったろやないか」
三点先取のジャンケンでわしがストレート勝ちしてしもたのが原因や。
十分ほど草むしりしてた先生が庭に火薬撒いて爆発させやがったんよな。そん時に温泉沸いて来た。ほんまビックリしたで。だってその水圧で先生吹っ飛んだもん。
で、今に至る。
「風呂デカいんやし一緒に入ったらええのに」
一人の方が独占してる感じがしてええんやけど。
「ん?」
風呂の色が段々と紫色に変色して来た。その発生源に細いチューブがお湯に浸かってた。そのチューブを辿ると風呂の外に繋がってた。
「何してん?」
案の定ドア開けたら居ったわ。想像通り。
「実験。まだ一の粉入れたばっかりや」
「お前これっ!!! ね◯ねるねるねやないかっ!!!! 体ベットベトになるやろっ!!!!」
「巨大なん作りたいやん? 早よ戻れお前が練らな誰が練るねん」
アホやこいつ。めちゃくちゃね◯ねるねるね買っとるやんけ。
「トッピングのアレよこせ」
「はい」
トッピング持って大人しく浴槽へと戻ることにした。めっちゃベタベタするし気持ち悪いし。わし言うほどね◯ねるねるね好きちゃうし。
「どんな感じや?」
「出来た。入って来い」
「おー」
めちゃくちゃデカい浴槽いっぱいにね◯ねるねるねが広がっとる。お湯で作ったせいでもったりしとるし。
「俺食うとくから出といてええよ」
「当たり前やろ。好き好んでね◯ねるねるねに浸かっとんちゃうぞ」
シャワーで体を流して風呂を後にした。髪の毛バッシバシやし体ベッタベタするし甘い匂いするし最悪や。
それから二十分くらいして先生が戻って来た。この短時間で全部食うて来たから流石に引いた。
「きっしょ」
「美味いもんはどんだけ食っても美味いわ」
「限度ってもんがあるやろ」
鍋食うて風呂いっぱいのね◯ねるねるね食うて、こいつの胃袋どうなっとんねん。てかわしがゆっくり風呂に入ってるのに、その風呂でね◯ねるねるね作る頭のおかしさどうにかしてくれ。
「わしもう寝るから」
「おう」
明日も部活と風紀委員の仕事があるんや。それといっつも配信で使ってる商業教室の掃除しやなあかんし。やる事いっぱいや。